目覚め



「神宮寺先生失礼します、苗字名前さんです。」

総合相談室とかかれた、まあ所謂ドラマでよくみるレントゲン写真を見せられて『癌です。』といわれる部屋に来た。付き添いの看護師がドアをノックすると、中から『どうぞ。』とお返事が。ドアが厚いのかちょっと聞こえにくい。

「それでは私はここまでなので…終わりましたら、恐らく先生が病室まで付き添ってくれると思います。」
「成程、ありがとうございました。」

部屋の中に入れば、穏やかな笑みを浮かべたイケメンが座っていた。床につかないのか謎な長さと、ストレスや歳を増すことから来る灰色とはまた違うくすんだ色をもった髪。医療従事者としてはどうなんだと思うが、なんせ顔がいいからいい気がする。好印象が与えられればいいのだ、きっと処置なんかする時は結んでいるのだろう。
あとひとつ気になるんだけどなんで後ろにスタンドマイクがあるんだ?カラオケルームなのかここは?ちげえよ総合相談室だよ。無視しろ無視。

「一応確認として、お名前をフルネームで言っていただいてもよろしいですか?」
「はい。
苗字名前です。えーっと…神宮寺?先生、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。私の名前を知りませんよね、神宮寺寂雷です。」

随分低い声だな。
入る前に聞こえにくいと思ったのはドアのせいじゃあないらしい。このトーンだ。この人が校長先生だったら確実に講話で寝ている自信がある。

「先程お目覚めになられたと聞きましたが、体調の方でなにか違和感などはありますか?」
「いえ特に。よく寝たなーって感じです。」
「それは良かったです、少し長い間意識がなかったので。」
「そうみたいですね、自分でも驚きました。ケガもおもったよりも軽かったし。」

"割と大きい事故でしたよね?"
そう尋ねると、先生は1寸キョトンとした後、自分の顎に手を当てて『フム、』と考える動作をした。

「では、苗字さんが運ばれてきた時にどのような処置をしたのかお話しますね。」

目の前のイケメンが言うには、どうも私はだいぶ酷い状態だったらしい。
あまりにも酷いので具体的には言い直せないが、本来は助かる可能性もだいぶ低かっただろうと話された。まああんな音がすれば酷いわけだ。逆になんで今助かっているのか謎である、現代医療にも限界があるはずなのに。

「一刻を争う状態でしたので、とりあえず手術をしたのですが…。ええ、勿論成功です。
でも我々が驚いたのは貴方の治癒力なんですよ。」
「はあ。」
「まさか1週間でここまで治るとは思いませんでした。変なことをお聞きしますが人間ですよね…?」
「え、人間です。え、てか え?1週間?!」
「はい。」
「ええー…!」

いっ…しゅうかん…で…聞いたような怪我というか損傷が治るとは思えないというか確実にありえないのだが…。

「なのでこの後一応同意書を頂いた上で血液検査など受けていただいてもよろしいでしょうか。」
「私ほんとうに人間ですよ?!」
「一応なので…。」

先生の言うこともわかる。
だってこんなの、本当だったら新人類だ。異常なしだったら血液採取の上で色々実験と調査をして、世にも奇妙なバカ強い薬を作れる。映画かよ。ついてけねえ。
戸惑う私に先生は心配そうな顔を向ける。イケメンだ。

「すみません、混乱させてしまいましたね。大丈夫ですか?」
「…まあ、はい、なんとか…。」
「精神的に負担になるのは分かります。これからの事をお話させていただきたいのですが、お疲れになったらいつでも言ってくださいね。」
「ありがとう、ございます。」
「ええっと…。そうそう、今回ここにお呼び出しした理由についても一応お話します。
処置についての報告と現状の相互認識の他に、苗字さんの精神的ケアもできたらなと。」
「精神的。」
「ええ。だいぶ大きな事故だったので、精神的にもショックが大きいのではないかと思って。一応ヒプノシスマイクを使っての処置になるのですが…。」

何?ヒプノシスマイク?

「苗字さんのその様子ですと、必要ないみたいですね。心がお強いみたいだ。」
「す、すみません…ヒプノシスマイクってなんですか?
私も病院で働いているのですが、そんな道具?とか、処置法とか聞いたことないもので。」
「…ヒプノシスマイクを、知らない…?」

うっそだろ、私の働いていた病院はまさか限界集落だった…?いやでも都心だしな、そんなわけないだろ。
急患で運ばれたなら、ここも私のアパートのある神奈川県か、せめてでも東京のはず。どうも怪しい雲行きになってきた。
先生はまた細くて綺麗な指を顎に添えて1寸考える様子を見せる。すると何を思ったのか、先生の背後にあったオブジェを何故か手に取って、私と先生の間にある机に置いた。
それは、バンド映像とかでみるマイクだった。良く見ると点滴?がついている。謎のオブジェかと思って無視してたけど、そんな感じで扱っていいのかこれ。だいぶ気になってたんだが。
え、てか何?ロックやってますってこと?

「こういうものに、見覚えは?」
「??マイク…ですか?」
「マイクということは分かるみたいですね。では…」

問診票に何かを書き込んでから、先生はマイクのサイドに指を滑らせた。ブォン、と空気が震え、瞬間、とんでもない光景が目に入った。

「これは、どうでしょう。」
「…。」

何も言えねえ。てか、何これ?何…?!
スタンド?ジョジョで言うスタンド?でもこれものっぽいしな、いや物なのか?
幻覚かな。
そう思って目をゴシゴシ擦ってみるけど、やっぱりそれは存在していた。よく見ると真ん中の黒い丸のところが一定のリズムで動いている。うーん、それだけ考えて、周りのゴテゴテを除くとスピーカーみたいだけど…。
というか幻覚のはずないか。先生が見せてきたんだしな。ってことは本当にあるってこと?それマ?

「ショック症状は見受けられない、と…。」
「いやメモるのやめてくださいなんですかこれ、手品?すっご。」
「…本当に、知らないみたいですね。」

ヒュウン、という音をさせて、目の前の不思議なものは消えた。どうやら先生がスタンドマイクをいじったらしい。かと思えばまた背後に置き直した。不思議なオブジェに早変わり。

「あまり、信じられないが…信じるしかないのか。」
「なんですか?」

ただでさえ低い声なのに、もそもそ言われたらもっと聞こえない。聞き直そうとすると、先生は1度椅子に座り直して、私の目を真っ直ぐ見てきた。顔が真剣だ、イケメンのマジ顔だ。

「あなたの所持品は大変少なかったのですが、幸いにもお財布が入っていたので身分証明書等を確認させていただきました。」
「あ、よかった。」
「そこで気になった、というか…変な所がありまして。」
「?はい。」

先生は1度口を閉じて、私の様子をじっと観察してから再び開いた。唇の形きれいすぎない?くれよ。

「貴方の住所は、存在しません。」

絶句。