背景・みなとみらい
2年になってから初めての定期テストの最終日。2教科しかなかったから、珍しく午前中に帰れるし、明日から土日休みなのでクラス中湧いていた。まだ試験中の階もあるので〜なんて先生の話は右から左に流れていく。友達は彼氏とデートとか、人気で休日は長時間待たないと入れないお店に行くとか、もう色々考えているみたいだ。
「名前も行こうよ!この前話したヨコハマのパンケーキ屋さん。」
「さっき電話したけど、予約取れたし確実入れる!!」
「ん〜、ヨコハマ…。」
ふと過ぎるこの前の誘拐警察。また誘拐されるかもな…最近なんかでかい抗争?みたいなのあったってニュースでみたし。そういう時だいたい違法マイクが出てくるから、駆り出される恐れがある。…連絡しておこう。"今日はヨコハマに行きますが友達と遊ぶので攫わないでくださいね"っと、うわ既読つくの早…これ絶対同じタイミングで頼もうとしてたでしょ。え?"友達いたんですね、どうぞ楽しんで。"? 嫌味か、コラ!
「いく。」
「やったー!名前と遊ぶの久しぶり!」
「まじ、プリも撮ろうね。」
「はーい。」
プリクラか〜…苦手なんだよね。どんな顔したらいいかわからないし。でも友達が楽しそうならいっか。ピースしとけばいいでしょ、多分。
帰りのHRのために先生が帰ってきて、みんな喋りながら席に戻る。なんとなく隣の席のアイツにも予定を聞いてみるか。
「二郎はこの後どうするの?」
「いち兄の手伝い。普段部活あるし、三郎に先越されてっからな…。今日こそは俺が先だ!」
「ふ〜ん。偉いね。」
「な、なんだよ…。」
相変わらずの仲の良さと、不良という事実とのギャップにニンマリしてしまう。そんな私の顔を二郎はジトリと見てくる。なんでもないよ〜と言うと"うぜえ"。まーあ生意気だこと!一郎さんはそんな風に育てた覚えはないでしょうに!
◇
売り物のパンケーキ、両手で足りるくらいしか食べたことないけど本当に美味しすぎてびっくりした。美味しくて思わず店員さんに感想を言ってしまうレベルだった。ちなみにニコニコとお礼を言われた。こちらが言いたい。
あまりの美味しさに寂雷さんにも報告した。暇な時間…ないだろうけど、もしできたら連れてきたいな。寂雷さんこういうの好きか分からないけど…。パンは食べるしな、きっと嫌いじゃないはず。
あと銃兎さんにも勿論送ってやった。最初から既読無視されたけど10枚くらい連投したし、なんなら私がうまいうまいと言っている録音さえ送った。私は優しすぎるから位置情報も送ってあげたので是非来るといい。ヨコハマに住んでるくせにここのパンケーキを食べないのは損しているから。
友達とプリクラを撮って、すっかり人間らしさの消えた写真に驚いたり、全部同じポーズなせいで笑われたりした後、ゲーセンに長いこといた。当初、こんなに入り浸る予定はなかったが思ったよりみんなでやるゲームは楽しかったのだ。ダンスゲームとかリズムゲームは勿論、エアホッケーやバスケのシュートを決めるゲームなど結構体を動かすものまでやった。1番大人しかったのはレーシングゲームかな、シューティングでさえ1人どえらい下手な子が暴れまくったし。あれはめちゃくちゃ面白かった、動画サイトに乗るべきだと思う。ある意味天才だ。
そういう訳ですっかり夜になってしまって、補導とまでは行かないけど帰るのには十分な時間だった。なるべく早い電車に乗った方が、友人達も親に怒られなくて済むだろう。友達に駅に行くことを勧める。
ヨコハマは発展した都市だ。とても住みやすいし、海もあるのだ。住みたい場所ランキングでは毎年上位に上がる。
でもそれも全体ではない。ヨコハマにはヤクザが多いのだ。火貂組という組が大部分を仕切っているものの、こんなご時世…いくら武力が根絶されたと言っても争い事は耐えない。抗争とまではいかないが軽いドンパチは日々見受けられる。ヨコハマ警察庁に行くたびに色んな人が捕まっているのを見るが、大体ヤクザだ。怖い。そしてだいたいそういう事件が起こるのは、大通りと言うより少し人気がなかったりする小道や、時間帯で言うと夜だ。友達も夜遅くまでいる危険性をわかっているからであろう、私の提案に快く了承してくれた。
「う〜ん、おなかいっぱい。」
「最後のアイスまじ美味しかったね。」
「パンケーキも美味しかったしね〜。」
お腹を擦りながら友達と並んで歩く。前から今日まで港町であるヨコハマには、港に昔使われていた倉庫をモール化した有名な場所がある。軽いレジャー施設も近くにあって、メインで行ったパンケーキ屋さんみたいなグルメもたくさんあった。勿論ファッションや機械ものまでの最新が並ぶ店もあって、また今度来ようねと約束をしながら道を歩く。しかしさすがヨコハマ、星も眩むほどのライトアップでこんな時間になっているとは全然気づかなかった。楽しかったのもあるけど。
「名前本当に大丈夫?一緒に帰ろうよ、危ないよ。」
「平気平気、仕事で来慣れてるし。」
「ちゃんと家着いたら連絡してね。」
「心配性だなあ。」
駅の改札口で友達に手を振った。二人とも心配そうにしていたが、すぐに終わる用事だと伝えたたらしぶしぶのんでくれた。私もうっかりしていたもので、明日作業にどうしても必要な部品を買うのを忘れていたのだ。救いなのは、駅から近い大型のチェーンでも買えるということ。ありがとうヨコハマ。
友人たちの背中が見えなくなってから、私も踵を返す。寂雷さんにもう少し遅くなることを伝えて、リュックに携帯をしまって小走りになった。明日は一日作業に没頭したいからぐっすり寝たいのだ、早く用事を終わらせるぞ。
◇
しかし、こういう時ほど運がない、ということがだれにしもあるのではないだろうか。昔の人は良く言ったものであう、“急がば回れ”!まさかこんな裏道で事件が起こるとは。悲しいことにそのことわざを実体験中だ。
「おう、ジョーチャン…俺は今虫の居所が悪ィんだ、そんな俺と会って運が悪かったと思いな。大人しく金を出せ。」
「・・・。」
絶賛絡まれている。
しかも不良とか甘いものじゃない、その半袖の派手なシャツの袖口からは見事な刺繍が手の甲まで伸びていた。道をショートカットしようとしたのが間違いだった、まさか喧嘩負けしたであろうヤクザとばったりしてしまうとは。
相手の手にはヒプノシスマイクらしきものが握られている。よく見ないとわからないが、こういう輩は違法マイクを持っている可能性が高い。違法マイクは本来法で規制された威力の一定のラインを超えるような改造をされたものだ。精神干渉を起こすマイクのシステムを構築するのは難しいが、土台ができていればオプションを変えること、コードを書き換えることは簡単である。多少プログラムに自信のある人間ならこなせるだろう。嫌なものだ。そういうマイクは持ち主が大した力量がなくてもパワーが強かったり効力が強くなる。早く対処しなければ・・・。
「ジョーチャンどうした、早く財布出せって言ってんだよォ俺たちは!」
「・・・いやです。」
「ンなこと言って、いいのかなァ!!」
ブォン、と空気が震えて相手のマイクに電源が入ったのがわかった。本当に虫の居所が悪かったんだな、思ったより短気だったぞ。
面倒なのは複数人いることだ。一斉に攻撃をされてはたまったもんじゃない。こちらも対抗しようと、リュックからマイクを取り出した。
私のマイクは攻撃に特化したものじゃない。でも相手の攻撃を避ける・・・いや、鎮める分には十分だ。何とか頑張りたい、気持ちではいる。
「ヒャハハ!こいつ、マイクを持っていやがる!」
「女のくせに、いっちょ前に対抗してくる気か!」
「俺たちのマイクは違法マイクだ、女のテメェになんか負けないと思うぜ?」
“女なのに”。
「うるさ「テメェら、何してンだ。」ッ誰、アッ」
「んだテメェ、ヒィッ」
ムカついて私も電源を入れようとした、その時。背後から声がした。
警察か?帰る時間が遅れるな、と思いながらとっさに後ろを振り返ると私の予想は見事に外れる。みなとみらいの夜景を背後に、逆光のはずが何故かその紅い目が光る長身の男。
「このハマで俺様を知らないって?じゃあその脳ミソに刻んでやるよ、」
__左馬刻様だ、ばあろう。
◇
「煙草変えた?」
「あ?よく気ィ付いたな。」
「前と匂い違うから。」
ボコボコに伸されたヤクザたちを目の前に、最後の一人に一発かまして地面にたたきつける目の前の男。旧知・・・というほどではないが、昔からよくしてもらっている。碧棺左馬刻、火貂組の中でも強い人で組長からの信頼も厚い。ラップも上手く腕っぷしも強いので当然のことだろう。
相手のことを殴って血まみれになった彼に、助けてもらったことへの礼を述べながらティッシュを数枚抜いて渡す。ポイ捨てしようとしたところを注意したら舌打ちをしながらもその拳の中に握りこんでくれた。実はいい人なのだ。
並んで歩きながら、久しぶりに会ったものなので適当な会話をする。ちなみに彼には溺愛している妹さんがいるのだが(私も彼女と仲良くさせてもらっている)、元気で過ごしていると聞いている。SNSでやり取りはしているが、実際はわからない。会いたいなあ、合歓ちゃん…。
路地裏を抜けると黒塗りの高級車が目の前に止まっていた。もしかしてと隣の男を見上げるとスタスタその車に向かっていった。やはり彼のものらしい。そのまま見ていると、助手席の窓が開けられて”乗れよ。”と言われた。寄るところがあるので遠慮をしたが、いいからと言われたので大人しく乗った。すげー、シートがこの車はいいやつだと物語っている・・・。
「にしても、すごい偶然だね。近くに用でもあったの?」
「あ?何のことだ。」
「さっき、助けてくれたじゃん。」
「あー・・・銃兎が連絡よこしてよ。」
「銃兎さんが?」
話を聞くと、どうやらあのヤクザたちのしていた喧嘩は少し大ごとだったらしく警察が出てくるほどだったらしい。ヒプノシスマイクが使われていたので、その管轄である銃兎さんも現場にいたそうだ。しかし数人が警察を掻い潜って逃走し、同時に私からのありがたいありがたいパンケーキ布教連絡が届いていた彼は、一通り対処が終わってもしかしてと一応確認した私の送り付けた位置情報によって、その現場と私たちが遊んでいる場所が近かったことに気がついた。そこで万が一を思い左馬刻さんに連絡したらしい。普段は無茶ぶり警察官だが感謝だ。後でメールしとこう。
「ウチのシマでお前に何かあったら、先生にも色々言われっし・・・。」
「ハハ、あり得る。」
「笑い事じゃねえよ。」
お目当ての店についたのでいったん車を降り、速足で部品を取りに行く。よかった、先に取り置きの連絡をしていて。ネットに感謝感謝。
買ったものを大切に鞄の中に入れて、再び左馬刻さんの車に乗り込む。私がいない間に煙草を吸っていたのか、車内は独特なにおいと煙で満たされていた。吸い殻入れに中途半端に吸われた煙草が火を揉み消すようによれた状態で入れられていた。昔、まだ4人が組んでいたころに寂雷さんに言われたからだろう。私は別にいいのにと言っているが、さっきのように寂雷さんに何か小言(?)を言われるのがいやらしく毎度私の前では吸わないようにしてくれている。でもこのように空気をこもらせていたら意味ないと思うのだが・・・。
私がシートベルトをしたのを横目に確認して、左馬刻さんは車を発進させた。私は車の窓を開け、みなとみらいの夜景と、夏に向かって少し寒さの抜けた夜風を吸い込む。
「あれ?駅こっちじゃないよ。」
「ばーか、家まで送る。」
「えっ、ありがとう。」
「逆にここまで一緒にいて送らねえほうがマズいだろうが。」
「アハハ、寂雷さんに告げ口なんかしないよ。」
「そうじゃなくて、なんつーの・・・別に先生に言われなくてもよ、お前になんかあったら心配だしな。」
左馬刻さんは顔もいいし強いから多くの女性にモテる。だから左馬刻さんの女性経験は多いし、以前彼の子分と名乗っていた人と少しお話した時も手に入らない女なんかいねえ、って聞いた。女性関係がこじれることも多少あったことだろう・・・と思ったが、でも彼は絶対に女子供には手を上げない。それは明るいとは決して言えない彼の過去もあると思う。それに、普通にお話しする分にはこんな風にやさしい一面もあるのだ。昔何故だと聞いたときは、”俺には妹がいるから”と返ってきた覚えがある。彼の妹と私は歳が近いので、重なって見える部分があるのかも・・・優しくしてくれるのも頷ける。じい、と運転中のその横顔を見ていたら”何だよ”と顔を顰められてしまった。再び窓の外に顔を向ける。
・・・一郎さんも左馬刻さんも、同じように兄弟を大切に思っていて、以前はあんなにも仲が良かったのに何が原因でこんなに仲が悪くなってしまったのだろう。私はみんな好きだから、またみんなで仲良くできたらいいのに。
マンションの前について、車を降りて今一度お礼を言う。『たまには俺ンとこにも顔出せよ。』と私の頭を乱雑に撫でてから、彼はアクセルを踏んだ。寂雷さんに会わないのかと聞いたが、一報を入れているし別にいいらしい。夜の闇に消えていく車を最後まで見送っていると、運転席の窓から白い腕が出て適当に振られた。こちらも振り返すとそれはすぐに車の中に引っ込んでいった。
部屋に戻ってから、お礼と称して例のパンケーキの店を左馬刻さんに教えてあげる。彼は普段甘いものを好んでいるわけではないが『合歓ちゃんとどうですか』と一言添えておくと、寝る前には短くお礼が返ってきていた。合歓ちゃんにも送ろうかな、今度遊ぼうよって。にしても、妹に関しては素直だよなあ…相変わらずの溺愛っぷりに一人で笑ってしまったが、どうか二人がこれからも仲良く平和に、そして幸せでいてくれることを小さく祈った。
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