毒を飲んで許された気になった
この船の船長であるルフィくんが、傷が治るまで船に乗っていて良いと言ってくれたので、ありがたくその言葉に甘えて療養させてもらうことにした。
「よし、ハル。そろそろ食事をしていいぞ。サンジに消化に良いもん作ってもらおう!」
その日、診察を終えたチョッパーくんが笑顔で言う。お腹に大穴を空けていた私は、しばらく絶食を言い渡されていた。
非常にまずい。
喰種の食糧は人間。それ以外のものは食べられない。つまり、人間の食べ物を食べても身体が受け付けず、吐くしかないのだ。
そんな私の焦りも他所に、チョッパーくんはさっそくサンジさんに声をかけに行ってしまった。傷はまだ治りきっておらず、体調は万全とは言えない。こんな状態で人間の食べ物なんて食べてしまえば、さらに体調を悪くしてしまうことはわかりきっていた。どうしたものか、と頭を抱えていると、医務室の扉がノックされた。
「チョッパーくん?」
「んんサンジです!ハルちゃん、もうメシ食っていいんだって?チョッパーに聞いたよ。腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね。」
そこには、とても嬉しそうなサンジさんがいた。彼はこの船のコックだと言う。
「サンジさん……」
「ちなみに、何か食べれないものとかあるかな?」
「……ない、です。」
「ん、了解。待っててね〜〜!!」
まさか全部ですとは言えない。目を合わせることができず、俯きながら答えた。サンジさんはそんな私の様子を気にすることなく、ハートを散らしながら部屋から出ていった。
「はあ……」
食べてすぐ吐き出してしまっても、まだ怪我人なので怪しまれないだろうか。食べ物を口に入れること自体、憂鬱ではあるのだが。なんとか誤魔化す方法がないか、考えを巡らせる。
「なんだァ、お前。心配すんな!サンジの作る飯はすっげェ美味ェからよ!!」
「わ、ルフィくん。そう、なんだ……楽しみだな、うん。」
扉が突然開き、ルフィくんが顔を出した。うんうん悩んでいる姿を見て、ご飯の心配をしていると思ったらしい。彼は私を安心させるように、飛び切りの笑顔で言った。ある意味、ご飯の心配で間違いではないんだけれども。彼の笑顔を前に、歯切れの悪い返事しか出来なかった。
「そういえば、ルフィくんって不思議な匂いがするよね。」
「へ、そーか?どんな匂いだ?」
話題を切り替えようと、ルフィくんの方を向いて、すん、と鼻を鳴らしながら言った。当のルフィくんは、自分の腕をくんくん嗅ぎながら、首を傾げる。
「なんか、人間じゃないみたいな。すこし、ゴムっぽいというか……あ、臭いわけじゃないよ!?」
「ししし!おめーすげえな!おれはゴムゴムの実を食った、ゴム人間なんだ!」
「ゴムゴムの実……?」
「そうだ、悪魔の実を食ったんだ。」
また出た。悪魔の実……能力者ってやつだ。
チョッパーくんも言っていた、この世界で不思議な身体の人間がいる理由。まさかルフィくんもその類であったとは。
「ゴム、なの?」
「おう!……ほら!」
「わっ……!」
すると、ルフィくんの腕が……伸びた。その腕は普通の人間では有り得ないような動きをし、ぐるん、と私の身体に巻きついた。驚いて思わず声が出たが、ルフィくんは相変わらず楽しそうに笑っている。腕を摘んでぐいーっと伸ばしてみると、本当にゴムのように伸びた。
「痛くないの?」
「あぁ、ゴムだからな!」
ルフィくんはにっこりと笑った。
身体がゴムになるなんて、本当に不思議だ。正直に言って、ルフィくんのお肉は不味そうだ。歯ごたえが悪そうだし、何よりも独特なゴムの匂いがする。と、あまりにも理解し難いものを前に、少し失礼なことを考えてしまっていた。
そうして、ルフィくんを引っ張ったりして遊んでいると、コンコン、と扉がノックされた。
「んハルちゅああああん!サンジの愛の治療食、できました!!!……って、クソゴムなんで主人公ちゃんに触ってやがんだ!てめーの飯はラウンジだ!!」
「んまほ〜〜!やっぱり治療食でもサンジの飯は美味そうだな!!良かったな、ハル!」
「当たり前だ!おれの手にかかれば、治療食だろうが絶品を作ってやる。」
「じゃ、おれはメシ食ってくるからな!」
部屋に入ってきたのは、食事を持ってきたサンジさんだった。サンジさんは、私の体に巻きついたルフィくんをみて、鬼の形相になってしまった。一方でルフィくんは、サンジさんの持っている皿を覗き込む。すごい量の涎を垂らしながら、目をキラキラさせて私を振り返って笑う。そしてサンジさんの言葉が聞こえているのか、いないのか、あっという間に走り去ってしまった。
部屋に残されたサンジさんは呆れたように息を吐き、その背中を見送ると、くるっとこちらを向き笑顔を見せてくれた。準備をするから、とテーブルがセッティングされていく。そして、私の目の前には、きっと人間にとっては、美味しそうと言われるであろうスープが置かれた。湯気が立ち、私にとっては猛毒の匂いが鼻の奥に突き刺さる。
「さあ、どうぞ、レディ。召し上がれ。」
「ありがとう……」
私がスプーンを持つと、サンジさんがニコニコとこちらを見ている。ここまで来たら、食べるしかない。見守ってくれているサンジさんの笑顔が、眩しい。ひやり、と背中を冷や汗が伝った気がした。
「……いただきます。」
パクリ。
「うっ……!おぇっ、うっ、」
「えっ!ハルちゃん、大丈夫かい!?」
やっぱりだめだった。口に入れた瞬間、酷い味が口の中に広がった。異物を流し込まれた喉の奥が、飲み込むのを拒絶している。まるで身体そのものが「違う」と悲鳴を上げているようだった。
飲み込もうとしたは良いものの、激しくえずいてしまった。それを見たサンジさんは、慌てて私の背中をさすってくれた。
「ひ、久しぶりの、ご飯だから……胃がびっくりしちゃったみたい。」
「そ、そうか。ゆっくり食べな、ハルちゃん。」
「うん、ありがとう。ごめんね……」
「謝ることねェさ。無理せずに、食べれるだけでいいからさ。俺、チョッパー呼んでくるから、待ってて。」
背中をゆっくりさすりながら話してくれるサンジさんの手が、心地よかった。罪悪感でまた胸がチクリと痛む。チョッパーくんを呼びに部屋から出て行ってくれたことで、思わず安堵する。
今のうちに、"これ"をどうにかしなきゃいけない。捨ててしまおうか、とも思った。でも、先程のサンジさんの笑顔を思い出したら、できなかった。
とりあえず、できるかぎり"これ"は飲み込んで、なるべく早く吐き出すことにしよう。どっちにしろ捨てていることには、変わりないかもしれないけれど。1度飲み込むという行為があることで、罪悪感は幾分か薄れるような気がした。
その後、えずきながらもなんとか半分ほど飲み込んだ。丁度、なんとか飲み込んで呼吸を整えているタイミングで、サンジくんに呼ばれて様子を見に来てくれたチョッパーくんが部屋に入ってきた。
「おい、顔色わりーぞ!大丈夫か?ハル。」
「う、うん。大丈夫だよ、チョッパーくん。それより、食事中だったんじゃ……」
「もう食い終わった!だから、診察するぞ!!」
私の顔色が悪いことに気づいたチョッパーくんが、心配そうにあれこれ診察してくれたが、「大丈夫」の一点張りでなんとか誤魔化せたはずだ。
チョッパーくんと一緒に戻ってきていたサンジさんは、は半分に減ったお皿を見ていた。心配そうに眉を下げていた表情は、安堵の表情に変わった様に見える。
頑張ったね、と私の頭をポンポンと撫でるサンジさんの手は、大きくて温かかった。
「……ごちそうさまです。美味しかったです。」
「あぁ。料理は任せて。」
スープを作ってくれたサンジさんが、満足そうに笑ってくれた。
だから私は、これから吐いてしまうことを許された気になった。
吐き出したスープは形も温かさも失って、ただの腐った水みたいにいつまでも口の中に残って気持ちが悪かった。
ごめんなさい。
本当は何一つ、味なんてわからないのに。