本当は泣いてしまいたかった





それから傷はどんどん癒えていき、サンジさんが用意してくれる食事はお粥へとレベルアップしていた。元々少食であり、食欲もあまり出ないことを伝えると、1日2食で様子を見ようとチョッパーくんが言ってくれた。助かった。

本当は人間を食べられればもっと早く治るんだろうな、なんて思いながら、毎食なんとか胃に流し込んでいた。そして、食後は決まってすべてを吐き出していた。

この船に乗ってから、1週間ほど経っているだろうか。私はあの島の住民でもなかったので、既にあの島から出航している。次の島までにはこの傷も治るだろうから下ろしてもらおう、と考えていた。

___次の島に着く頃には、"喰べ"なきゃ。

喰種の飢えは地獄だ。最後に捕食してからそこまで日は経っていないものの、傷を治すためにエネルギーを使っており、早めに食事を取っておきたいところである。



チョッパーくんから、ある程度動いていいと許可を貰い、せっかくなので甲板に出て海を眺めることにした。どこまでも続く青に、少し圧倒される。

「海ってこんなに広いんだ……」
「こんな広い海で出会えたことは、きっと運命ですね。レディ、おやつのゼリーです。」

誰となく呟いた言葉に、返事が返ってきた。驚いて振り返ると、サンジさんがゼリーの乗った皿を持ち、恭しく頭を下げた。にこりと笑ってゼリーを私の前に置く。

「さ、サンジさん。」
「レディ、飲み物は何にしますか?」
「コーヒー、飲んでも良いのかな。」
「ハルちゃん、コーヒーが好きなのかい?困ったな、まだドクターからの許可がまだ出てねェ。」
「そうだよね、お水でいいや。ごめんね、わがまま言って。」

眉毛を下げて申し訳なさそうに言うので、私も眉毛を下げ、大げさに手を振って答えた。
まだお粥を食べている状態なのに、カフェインの入ったコーヒーが許可されるはずもない。喰種として唯一楽しめるそれを、期待してしまった私が悪いのだ。彼を困らせてしまった申し訳なさで、いっぱいになる。

視線を海へ戻し、少し強引に話題を変える。

「こんなに広い海を冒険してるなんて、すごいね。」
「だろ?冒険って楽しいんだ。」

煙草を咥えたまま、サンジさんがにっと笑う。そして、少し海に視線を落としてから、優しく問うた。

「……。ハルちゃんは、夢ってある?」
「夢……?」
「そう、夢。おれは、オールブルーを見つけるのが、夢なんだ。」
「オールブルー……って何?」

オールブルーについて、サンジさんが大きく身振り手振りを付けて説明してくれる。その時の彼の顔は、今まで見てきた中で1番輝いており、楽しそうだった。ああ、素敵だなと素直に思う。

「サンジさんの夢が、叶うといいな。」
「えっ」
「夢を語るサンジさん、なんだか可愛くって。その夢、叶えて欲しいなって、思っちゃった。」

笑いかけると、サンジさんの顔がほんのりと赤みを帯びた。サンジさんは私から顔を背けて、「可愛いって……」とボソボソと呟きながら口元を抑えている。その耳は赤く染まっており、それがやっぱり可愛くて、私はクスクスと笑う。

「〜〜っ!今度はハルちゃんの夢、教えてよ。」
「私?」
「そう、ハルちゃんの夢、聞かせて?」

顔をのぞき込むように、サンジさんが目を合わせて問うた。その顔は少し悪戯っぽく笑っていて、ドキリと胸を打った。

夢なんて、考えた事もなかったな。

うーん、と顎に手を添えて考えてみるものの、思い浮かんだものは___

「……生まれ変わり。」
「へ?」
「生まれ変わりをすることかな。できれば人間がいいけど、家畜でも、魚でも、虫でも何でもいい。生まれ変わりをしたいな。」
「ハルちゃん……」

喰種以外の生き物に生まれ変わりたい、と何度願っただろうか。こんな人生は最悪だ、と何度思っただろうか。目を伏せ、祈るように夢を語る。

サンジさんの瞳が一瞬、揺れたように見えた。それでも私は言葉を止められなかった。

サンジさんが夢を語ってくれている時は、あんなにキラキラと輝いていたのに、私はどうだろうか。生まれ変わりなんて夢は、死があってこそだ。こんなものを夢として語るなんて間違っている、 そんな事はわかっていた。
改めてサンジさんとは違う世界に生きていることを実感し、喉の奥が熱くなるような感覚に襲われる。耐えるように、手に力がグッと入る。

ふと、手元に温かさを感じた。

「俺は、ハルちゃんは、そのままでも十分素敵だと思うよ。」
「そんなこと、ないよ。」
「いや、そんなことある。だって、こんなに可愛くて、いい子なのに。」
「……ふふ、ありがとう。」




自分の手に添えられたサンジの手を更に包み、ハルはやはり悲しげに笑って答えた。


サンジは息を呑んだ。

___ああ、そんな顔を見たい訳じゃねェのに。

笑顔で夢を語る主人公を見たかっただけなのに、悲しげな表情を引き出してしまったことに、サンジの中に後悔が押し寄せる。それと同時に、彼女の中に巣食う闇を感じ、守ってあげたいと思った。「君は君のままでいい」と、抱きしめて言うことができれば、格好良かっただろうか。

それをするには、まだ彼女と過ごした時間が短すぎるように感じた。








サンジさんは優しい。サンジさんが去った後、彼が作ったゼリーの皿を見つめながら考える。それは私にだけではなく、ナミ、ロビンはもちろんのこと、この世の女性全員に対してだ。サンジさんはこの世のレディ全員に恋をしており、愛していると豪語していた。そして、彼の行動はそれを見事に体現してる。それは素敵な事だし、凄い事であると思った。そして同時にどこか寂しい事だとも思っていた。



ふと気配を感じて振り返ると、緑頭の剣士が通り過ぎようとしていた。彼の名前は確か……

「ゾロ、さん。」
「あ?」

つい呼び止めてしまった。彼は機嫌が悪そうにこちらに視線を向ける。射抜く様な視線に、びくりと肩を揺らす。

「あ、ごめんなさい。これからトレーニングですか?」
「なんで謝んだ?昼寝だ。」
「え、と……ごめ、いや、そうですか。」

語気が強く、気圧されて思わずまた謝ってしまいそうになる。
挙動不審な私に、ゾロさんは怪訝そうな顔をしている。

「なんだ、用があったんじゃねェのか。」
「あ、その……ゼリー、食べませんか?」

声をかけてしまった手前、引くことはできず、ダメ元でお願いしてみる。ゾロは眉間に皺を寄せている。

「それはお前の為に、コックが作ったもんじゃねェのか?」
「そう、なんですけど……食欲がなくって。」
「ならコックにそう言えばいいだろ。」

ゾロさんの言うことは尤もだ。正論すぎて、何も返せず、しゅんと項垂れる。

「……チッ。寄越せ、丁度腹が減ってんだ。」
「ほんとですか?ありがとうございます!良かった、無駄にせずに済んだ……」

ホッと胸を撫で下ろす。ゼリーの乗った皿を渡すと、再び舌を打ちながら、ゾロさんが受け取る。パクパクと食べる姿を、ニコニコと見つめる。彼は無表情で食べ進めているけれど、どんな味がするのだろうか。

「美味しい、ですか?」
「あ?気になるならお前も食えば良いだろ。ほら。」
「え、と……」

最後の一口が、彼の口に吸い込まれる前に、ピタリと止まる。零れるように出た質問に、怪訝そうな顔をする。そして、最後の一口が乗ったスプーンを、こちらに寄越した。ここで断るのも不審だろうか。私は戸惑いながらも、覚悟を決めてそれを口に含む。

「ん……美味しい、ですね。」
「そうか。」
「ありがとう、ゾロさん。」
「フン、礼はアホコックに言えよ。」

油を固めた様な味に、思わず眉を寄せてしまいそうになるが、ぐっと堪えて笑顔を貼り付ける。つれない口振りではあるが、ゾロさんは優しく笑っていた。

ああ、消化が始まる前に、吐き出さなければ。





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