02.すれ違いの邂逅
村から離れた小さな民家。辺り一面森に囲まれているその場所は、夜になると静けさに包まれる。
森と家の境界線のように流れる小さな小川に架かる橋を渡ったところでコレットと別れたクラトスは、敷地の隅にある墓の前に膝をついた。
石造りのしっかりした石碑には女性のものと思われる名前が記されており、その文字にそっと触れて懐かしむように目を細める。
(では、やはりロイドは……)
今日出会ったばかりの赤服の少年を思い浮かべ、自分の中にあった疑惑が確信へと変わるのを感じる。
もう二度と、会うことは無いと思っていた。
ここに眠る彼女と同じように、その命は潰えてしまったのだと思っていたのだ。
しかし彼は生きていた。
自分の知らぬ間に成長し、あの場所から遠くないこの地でずっと。
クラトスは静かに目を閉じた。
あの状況でどうやって生き残ったのか、幼かったから自力では無理だろう。ということは誰かに助けられたのか。
自分と共にやって来た少女は此処がロイドの家だと言った、なら助けたのはこの家の持ち主だろうか。
そもそも何故こんな人里から離れた場所に住んでいるのか、ここまでロイドを育てたのはどんな人物なのか。
一度湧き出た疑問は次々と溢れ、クラトスの頭を埋め尽くした。
そうして思考の波に呑まれていた彼は背後から近付く気配に気付くことが出来ず、
「……何してるんだ?」
結果、静寂を破ったその声に心底吃驚して、必要以上に素早く振り向いてしまい、逆に相手を驚かせてしまった。
「……悪い。何か、驚かせたか?」
勢いよく振り向いた相手に吃驚しつつ、カーノはたどたどしく謝る。
窓から見えた人影を追って来てみれば、今日1日で随分見馴れてしまった背中が墓の前にうずくまっていたものだから、銃が入った袋を握る手を僅かに緩めて声をかけてみれば、返ってきたのが先の反応だった。
てっきり気付いていて無視しているのだろうと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
傭兵がその反応はまずいんじゃないのかと、自分には関係のない事でもカーノは少し心配になった。
「……いや、大丈夫だ」
そして自分が年下の青年に心配されているとは知らないおじさん、もといクラトスはカーノと全く同じことを考えていた。今の反応はちょっとまずくなかったか、と。
「そうか」
大丈夫って、大丈夫じゃないんじゃないのか。という言葉は心中に収め、カーノは自分達の間に流れる微妙な空気を消し去るべく話を進めた。
「……で、その墓に何か用か?」
聞きながら、自分でその答えを予想してみる。
いちいち見知らぬ人の墓に祈る程道徳心のある人間だというならまあ良いだろう。だがそんな人種なら傭兵などという、場合によっては人の命さえ奪う事になる仕事に就くとは考えにくい。
だとすれば考えられる事は、クラトスが墓の主と知り合いだという線だった。
そんな偶然があるだろうかとも思うが、世界中を歩き回っている彼ならばありえない事ではないのかもしれない。
確率は低いが、旅先で墓の下に眠る女性に出会って居たとしても不思議ではなかった。
まぁ本人の口から話して貰うのが一番正確だよなとカーノは思考を終了させ、解答の要求を目で訴える。
その視線を受け止めたクラトスは、数秒の沈黙の後口を開いた。
「……ここに眠っているのは、誰かの縁者か何かか?」
だがそれはカーノが期待したものとは違い、寧ろ質問に質問を返されるという事態に陥ってしまって彼は少し困った。
何でそこでそれを聞くんだろうか。せめてこっちの質問に答えてからにしてくれないかと、外灯に照らされ地面に伸びる影の1つが首を垂れさせた。
「……母親だよ」
誰の、とは敢えて伏せてそれだけを伝えると、クラトスは「そうか」とだけ言って、また話す事を止めた。
結局俺の質問には答えないのかと落胆しているカーノの前で、クラトスはまた新たな疑問を生み出し初めていた。
「……お前もこの家に住んでいるのか?」
割合踏み入った問いかけにもスラスラと答える相手に対し彼が気になったのはそんな事で、聞かれたカーノは相手が世間話を始めたと捉えて至極あっさりと頷きを返した。
やはりそうかと納得したクラトスは、もういっそのこと聞けることは全て聞いておこうとすぐに次の疑問文を吐き出す。
「この家の長男か?」
彼はこう考えていた。恐らくこの青年は、この家の主の実の息子か何かなのだろう。だから家の事にも詳しいし、一緒に住んでいるロイドとも親しいのだろうと。
だがカーノは首を縦には振らなかった。
代わりに口を動かし、言葉を紡ぐ。
「長男と言えば長男だけど、家主と血は繋がってないな」
血は繋がってない、という事はロイドと同じで拾われでもしたのだろうかと、クラトスは予想外の返答に途切れかけた思考を持ち直して考える。
しかしその謎の答えを知るのは、話を終えて此方にやって来たロイド達によって先送りとなった。
「あれ、兄貴?」
何してんだ? と家の角から顔を覗かせたロイドはまずカーノを見つけ、そして奥に居るクラトスに気付くとあからさまに嫌そうな顔をした。
「何でソイツと一緒に居るんだ?」
「ん? いや、別に。たまたま会っただけだよ」
ふーん? と訝しげに見てくるロイドの後ろから、コレットがひょっこりと姿を現す。
「さっきは突然お邪魔してすみませんでした」
「いや、いいよ。用事は済んだ?」
優しい声色で問うカーノに頷きを返すコレット。
そんな2人を見て、数時間前の光景を思い出したクラトスはそういえばと、さっきまでとはまた種類の違った質問をカーノに投げ掛けた。
「お前は同行したいとは言わないのだな」
何にと言わずとも殆どの人が解る筈のその言葉に、カーノは目を瞬かせた。
言葉の意味は解っても、自分にそんな事を尋ねる理由がわからなかったからだ。
だからこそ彼は素直に聞いた、「何で?」と。
それに対するクラトスの返答はこうだった。
「……恋人が危険な旅に出る事が心配では無いのか?」
「…………は?」
思わず声が出た。それくらい唐突な話だった。
恋人? 誰が? 誰の?
3人は顔を見合わせてからもう一度クラトスを見た。
一方、クラトスは「違うのか?」とでも言いたそうな顔をしていた。
こうして彼らは漸く、自分達の間に生じていた認識の違いに気付き、修正の為に再び討論を始めるのであった。