02.すれ違いの邂逅
「君、どこから来たの?」作業の合間に地面に座り込んでいた俺に、聞き慣れない女性の声がかかる。
人と関わる気の無かった当時の俺は、一瞬顔を上げて、すぐにふいと背けた。
しかし退散するかと思われた女性は予想に反し隣に腰を下ろした。
「私はね、ルインから来たの知ってる? ここからだと北西くらいにある町」
聞いてもいないのに自分の出生地を話し始めた女性を無視して、足元に生えた雑草をぶちぶちとむしりとっていく。
「この辺りじゃ結構有名なんだけどな。お店が沢山あって賑やかだから、希望の町とも言われてるの」
穏やかな声色で語る女性に相槌をうつこともせず、綺麗になっていく地面から視線を移そうともしない。
「近くに大きい塔もあるから、見たことくらいはあるんじゃないかな」
塔、と聞いて脳裏にいつか見た白い塔が映る。
だがそれも口に出すことなく黙秘を続けると、そこで漸く会話が途切れた。
やっと諦めたかと手を止めて横を見る。
きっと面白くないと思っているのだろうと、声から連想した顔が不機嫌そうに眉を潜めているのを想像した。
「……やっとこっち見てくれたね」
その予想は半分当たって、半分外れた。
想像通りの顔のつくりをしていたその女性は、怒っても呆れてもいなかった。ただ、優しく微笑んでいた。
こんな場所でそんな表情を見ることになるとは思っていなかったし、その笑顔が自分に向けられるとは夢にも思っていなかった。
だから目を丸くして数秒固まってしまったのは仕方がなかったと思う。
そんな俺の反応を見た彼女は笑って、次にこんな質問をしてきた。
「ねぇ、名前教えてくれないかな?」
「……何で」
こんな所で名前なんか聞いてどうするんだと相手を見ると、それをどう受け取ったのか、「あ、先に名乗るべきだよね」と何故か嬉しそうに言って、その名を口にした。
「私はね、アンナっていうの」
宜しくねと差し出された手をどうしていいかわからず見つめていると、彼女はその手で俺の手を握りしめた。
それは久しぶりに感じた、人の体温だった。
(………あれ、)
目を開けると、辺りは既に暗くなっており、自分がいつの間にか眠ってしまっていたのだと悟ったカーノは、上体をゆっくり起こした。
何か懐かしい夢を視ていた気がして、僅かに残る記憶を掘り起こそうとするも上手くいかず、代わりに夕刻交わした約束を思いだし、慌てて下へと降りた。
するとそこには既に帰宅していたロイドがダイクと話して、というより何やら口論になっており、またロイドが何かやらかしたのかと近寄ってみれば、此方に気付いたロイドは慌てて話を中断させた。
「あああ兄貴! 起きたのか!」
「連絡しろって言っただろ? まぁ寝てた俺も悪いが……で、何もめてるんだ?」
「な、何でもない!」
昼間といい今といい、つくづく隠し事が下手な奴だなと、必死になるロイドを見やる。どうやら自白する気は無さそうだ。
仕方ないなと聞き出す相手をダイクへと変更させる。
しかし、何時もならすぐに真実を話してくれるそのドワーフも、今日はロイド同様言い難そうに視線をさ迷わせた。
どうやらただ事ではないらしい。
2人の様子からそれだけを感じ取ったカーノは、なら尚更聞かない訳にはいかないとにじり寄る。
だがその時、場の雰囲気にそぐわない軽快なノックの音が響いた。
誰かと思えば、来客者はコレットだった。
窮地を脱出したかったロイドがその絶好の機会を逃がす筈が無く、ドアを引きちぎる勢いで開く。
「コレット! どうした?」
「わぁっ!? ご、ごめんねこんな遅くに……」
一方、コレットは突然部屋から飛び出してきたロイドに驚き思わず声を漏らす。
その様子を室内から見ていたカーノは、それ以上の詮索を打ち切りざるを得なかった。
流石に無関係の少女の前で喧嘩をするわけにもいかないし、彼女も何か用があって来たのかもしれない手前、そうするしか無かった。
上手く躱された、と部屋を出ていく赤色を引き留める事すら出来ないまま扉は閉じられ、カーノは肩を落とす。
残ったダイクを問いただす事も出来たが、まだ近くにコレットが居るかもしれないからとそれも却下した。
もういい、明日聞こう。半ば投げやりな判断だったが、彼はそれを選んだ。
そして再び眠りに着こうと体を反転させ、階段に足を乗せて重心をそちらに移動させようと前傾姿勢をとったところで、またもや足留めを食らった。
(……今何か、足音がしなかったか…?)
音がした方に目をやるとそこには窓があった。外部からの音が比較的聞こえやすいその場所から音がしたという事は恐らく外に誰か居るのだろう。カーノは再び頭を回転させ始める。
ロイド達だろうか? いやでも位置からするとその先にあるのは墓の筈。そんな場所に果たして2人は行くだろうか。
そこから巻き戻しのように数歩分下がって、窓から外を覗き見る。
すっかり暗くなっていたせいで視界は悪く、外灯が照らし出している箇所だけに目を凝らすと、人影が1つ墓石に向かって行くのが見えた。背格好からしてロイドやコレットでは無いらしい。
誰だあれはと素直な疑問が浮かび、考えても仕方がないので確認の為外に出る。
必要無いとは思うが念のために銃を肩に掛け、ずっとカーノの謎の行動を見ていたらしいダイクに適当に理由を話してドアノブを回した。