04.砂塵舞う道中

オレンジの空は黒に染まり、気温は昼間の暑さが嘘のように肌寒い。

トリエットで宿をとる予定だった一同は、体調不良を起こしたコレットが砂漠を越えるのは無理だと判断し、まだ砂の少ない遺跡付近で野宿する事にした。

寒さを和らげるために枯れ木を集め火を焚き、それを囲むように円になって座る。
コレットの隣にはロイドが陣取り、何度も「大丈夫か?」と訊ね、コレットも何度も「だいじょぶだよ」と返す。銀髪の姉弟は僅かな食材で空腹を満たす為に腕を奮い――と言っても、料理をしていたのは専ら弟の方で、姉は遺跡で拾ったエクスフィアに目を輝かせていただけなのだが、とにかくそうして晩飯の用意をしていた。

カーノも最初はそれを手伝っていたのだが、途中クラトスに呼ばれ席を外す。

「こんなとこで寒くないのか?」

1人輪から離れノイシュと戯れていたクラトスに、剥き出しの肩をさすりながら言う。
クラトスはそれに反応を示さず、真剣な面持ちで静かに言った。

「……お前が魔術を使える理由は、アイオニトスか?」

会話のキャッチボールが出来ない奴だなと、カーノは険しい顔をする男に微笑する。

「だったら?」

「それを何処で手に入れた?」

妙に重苦しい空気で質問を繰り返され、訊問のような雰囲気が形成される。
だがそれに気圧される事なく、カーノ平時と変わらぬ様子で一言。

「言いたくないな」

簡潔的にそれだけ言い放った。
勿論それで相手が納得する筈もなく、何か言おうとしたのか口を開くが、そうはさせまいと反撃に出る。

「アンタこそどうなんだ? 何でただの傭兵がアイオニトスの事を知ってるんだ」

答えないだろうな、とカーノは思った。今は自分の素性を暴こうとするクラトスを止める事が狙いなのだからそれで別に構わないが。

そしてその狙い通り、クラトスは開いた口から出かかった言葉を下に沈めた。
だが代わりに別の、内容としては非常に今更な話題を持ち掛けた。

「……まだ名前を聞いていなかったな」

そうだったか? とは聞かれた方に浮かんだ文字だった。
そういえば自分はこの男に名前を呼ばれたことが無かったなと今までの会話を振り返る。

此方は相手の名前を知っているが、それも本人に聞いたのではなく周りが呼んでいたのを聞いて勝手に覚えただけであって、お互い未だ自己紹介すらしていなかったのだと、出会ってから2日目の夜になって彼は漸く気付いた。

「……人に名前を聞くときは」

「自分から名乗るのだろう?」

ちょっとした悪戯心で弟のお決まりの台詞を真似て言えば、それはもう聞いたと言うようにクラトスが言葉を被せてきたものだから、カーノは思わず笑ってしまった。

「クラトス=アウリオンだ」

律儀に名乗った男が次はお前の番だと目で訴える。
青年はそれに反旗を翻す事なく、己の名を示した。

「カーノだ。カーノ=アーヴィング」

しかしそれは、和やかに変わりつつあった場の空気を再び凍りつかせてしまう呪詛へと変貌した。

「……アーヴィング、だと?」

鋭い眼孔がカーノの体を貫く。
急に顔色の変わった相手に困惑するが、ああもしかしてロイドと同じ名前だから驚いているだけなのかと思考を転換した。

だが事態はかなり深刻だった。少なくともクラトスからしてみればロイドが生きていたのと同じくらいの衝撃だ。

何故ロイドと同じ名を、兄と呼んでいたがそれは本当の兄という意味だったのか?いやそんなまさか、あり得ないだろう。
アーヴィングという名を冠す人間はこの世界で2人しか居ない。1人はロイドでもう1人はその母親だ。

だと言うのに、目の前に居る男はアーヴィングを名乗った。
自分が知らなかっただけで、実は他に子供が居たのだという可能性を完全に否定出来る訳ではないが、彼女からそんな話は聞いた事がない。敢えて隠していたとしても、あの場所から逃げた時に子供の元へ帰るのが普通だ。

だが彼女は最期まで自分と共に居たし、だからといって子供を見捨てたとは思えない。何せ自分の命が消えかかっている時に子供の心配をしていた様な奴だ。

となれば、だ。どういうつもりか知らないが、この男は血縁関係で無いにも関わらず勝手にその名を語っている事になる。
大事な者の名を悪用されている気分になって、クラトスは底から沸き上がる怒りに任せ相手を睨んだ。

と、そこまできて彼の中にまた1つ、ある可能性が浮かび上がる。
そうだ、従兄弟なのかもしれない。其なら納得出来ると、クラトスは真相を確かめるべく口を開いた。

「傍系の親族か?」

「いや? 直系だけど」

そしてその希望は無惨に砕け散った。
勿論言った本人に悪気は無いのだが、クラトスはまたも言葉を失う。

頭痛までしてきて無意識に頭を押さえると、痛みの原因である青年は何も知らずに大丈夫かと聞いてくる。
現在メンバー最年長であるクラトスはそれに対し「お前のせいだ」などとは言わなかったが、大丈夫だとも言えずに黙り込む。

そんな状況に今度はカーノが困った。
最初の難関を乗り越えたかと思えば、名乗った瞬間また何やら探りを入れるかのような質問をされ、それに答えれば何故か「頭が痛い」というポーズをとられる始末だ。読心術など体得していないカーノにクラトスの考えは読めない。

神子が最初の封印を解いた記念すべき日の夜、20代後半を生きる2人の男は「御飯早く食べないと冷めちゃうよ!」とジーニアスに呼ばれるまで、周りからすれば親睦を深める為の会話にしか見えない水面下の攻防を続けていた。

そしてそんな2人を含む一行の様子を、聳え立つ断崖の上から見下ろしていた影に彼らが気付く事は無いまま、砂漠の夜は更けていった。
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