08.繋がりは離れ壊れ


「先生!コレットが…」

明るみに出た途端、いつものように崩れ落ちたコレットをロイドが支える。
最後の砦へ向かう前に付近で休もうと提案したリフィルに、大丈夫だと言おうとしたのだろうコレットは数音だけ発して黙った。
それがあまりにも不自然な途切れ方だった為どうしたのかと聞こうとして、相手が何度か口をパクパクと動かし、首に両手を当てて顔を青くしているのに気付き言葉を無くす。


「…コレットちゃん、まさか…声………?」


嘘だと言って欲しかった。あれだけ苦しんで、ここまできてその仕打ちはあまりにも酷すぎるだろうと、少女の身に起きた異変を信じられない思いで口にする。

「そんな!何で急に…」

「……急じゃない。」

焦って弁解しようにも声の出せないコレットの前に膝をつき、ロイドは最初にコレットと皆に謝ってから真実を語り始めた。最初の封印を解いた時に味覚や空腹感を、次の封印で睡魔を、更にその次の封印で感覚を失っていたのだと。
まるでそれは徐々に人間から遠ざかっているかのようで、封印を解くという事が急に恐ろしく感じ、これ以上旅を続けるべきではない、すぐにでも医者に見せるべきだと訴えた。

だが話せない少女はこちらの手を取ると、掌に指で文字を描き始めた。私なら大丈夫です、世界再生の為の神子ですからと。そして精一杯の笑顔を見せる。
この子はいつもこうして、辛いことも苦しいことも隠して1人で背負っていたのか。気付いてやれなかった自分にも、こんな事をさせているクルシスにも腹が立った。


その日の晩、その場で野営の準備をしていたカーノは、夕食の準備をしていたジーニアスに当番を代わって欲しいと申し出た。そして材料や調理器具を揃えて、夕涼みをしていたコレットを呼んだ。

「今から晩御飯作るんだけど、手伝って貰っていいかな?」

まだ疲れが残っているなら無理はしなくていいと前置いてから、レシピの書かれた紙と材料を見せると、少女は目を丸くして二、三回しばたいてから掌に文字を書いた。

言われる前から少女の言いたい事を理解していたカーノは、珍しく子供のような悪戯っぽい笑いと一緒に口に人差し指を乗せた。

「大丈夫、これの通りに作ればきっと上手くいくから。味見は俺がちゃんとするし、ジーニアスにも見てもらうよ。
アイツを驚かせてやろう。」

言ってちらりとロイドの方を見る。相手は気付かず未だに項垂れていた。
コレットは頷いて、気合いを入れて袖を捲り、材料を手に取った。



「お待たせ!!」

すっかり口数の少なくなってしまった皆に出来上がった料理を配る。湯気と良い匂いを上げるそれを無言で数秒間見つめて、ロイドはゆっくりと顔をあげた。

「…こんな時に飯なんか食えるかよ」

言うだろうと思った。そりゃあ大事な仲間が、ロイドにとってはその中でも特別大切なんだろう人間が食べる事が出来ないのに、悠々と食事など普通なら出来ないだろう。
だがそれでは困る、食べずとも平気になってしまったコレットと違い、ロイドは飲まず食わずでは生きていけないのだから。

「そう言わずに食えって。せっかくコレットちゃんが作ってくれたんだから。」

「……コレットが?」

眼球を半分ほど覆っていた瞼が僅かに持ち上がる。私は手伝っただけだよ!!と口を動かすコレットに耳打ちする。

「この方が喜ぶから。
それに嘘は言ってないだろ?」

2人で作ったんだから、と納得させて、冷めないうちにどうぞと食をすすめる。ロイドは置かれたフォークを掴んで皿の上に盛られたパスタを絡めとり、ゆっくりと口に運んだ。そして一言。


「……美味い!!」


平時と同じトーンで目に輝きを取り戻したロイドに、コレットもパッと笑顔になる。他の面々も美味しいと麺を消化していく。
重たい空気が少しは軽くなったかと、自分も出来上がった料理を食べてみる。流石にジーニアス程ではないが上出来だろう。
ものの数分で食べ終えた皆に、更にデザートを配る。透き通った赤色のそれは、皿の上でふるふると震えていた。

「ゼリー?」

「おう、始めて作ったけどどうだ?」

スプーンで角をすくって舌の上に乗せる。味わうように噛み砕き、ロイドは首を傾げた。

「ん?不味かったか?」

「いや、美味いけど…これリンゴ味?
何かちょっと違うような…」

「確かに不思議な味ね…、
何が入っているの?」

「まぁそれは食べ終わってからで。」

変な物は入れてないですからと冗談めかして言う。材料を知っているコレットとジーニアスは、カーノと顔を見合わせて微笑した。

「よし、食べ終わったな。」

空になった皿を確認し、満足気にうんうんと頷く。
食器を片付けながら、結局何が入ってたんだと聞いてくるロイドに、もう言ってもいいか?と手伝ってくれた2人を見る。首を縦に振った2人に、カーノは手を止めてネタばらしをした。


「トマトだよ。」


瞬間、ロイドの顔が凍る。そして彼らは気づかなかったが、輪から離れようとしていたクラトスもその言葉を拾って固まった。

「……兄貴、今何て、」

「だからトマトだって。」

「…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!」

騒ぎだしたロイドにリフィルやしいなは何だ何だとこちらを見る。ジーニアスは笑い、コレットは視線を向けてきたロイドに両手を顔の前で合わせてごめんねのポーズを取った。クラトスは顔を青くして口元を押さえている。

「味わかんなかっただろ?」

「わからなかったけど…」

それでも嫌だと言うロイドはもはやトマト嫌いというかアレルギーなんではないかと思った。まぁとりあえず食べさせる事には成功したから良しとしよう。
村に居た時は材料もレシピも揃わずなかなか上手く味を隠す事が出来なかったが、こうして各地を練り歩いていると色んなものが手に入り出来る事も増える。こういうところは旅の利点だなと苦労続きの旅を振り返った。

「騙すような真似して悪かったな。
お前の健康を思っての事なんだ、許してくれって。」

「…まぁ、いっか。
美味かったしな!!」

まだ少し膨れっ面だったロイドが、コレットにありがとなと笑いかける。コレットはそれほどまでに嫌だったのかと不安そうに下げていた眉を上げ、ロイドの倍の笑顔で、何度も頷いた。






「私も手伝おう。」

近くに水場もない為、使い捨ての食器をゴミ袋に詰めていると、1人トマト入りスパゲッティの事実にうちひしがれていたクラトスがやって来た。

「有難いけど、特にすることないぞ?」

ゴミ捨てるだけだしな、と手に持ったゴミ袋をがさがさと振る。

「いつも先陣切って戦ってくれてんだから、こんな時くらい休んでてくれ。」

皿やフォークを適当に袋に投げ入れる。クラトスは近くに座ってテキパキと動くカーノに言った。

「…あれは神子の為か?」

立ち去ると思っていたのにまた恒例の質問タイムかと、こういったやり取りにもすっかり慣れてしまったカーノは手を休めることなく答える。

「どれだ?多分さっき一緒に料理してた事だと思うけど、アンタは俺の行動にいちいち反応するからな。」

そこに皮肉や嫌味などは一切なく、ただ逐一聞いてくる相手が少し面白くてわざとはぐらかす。
するとクラトスは苦いとも気まずいとも取れる顔で視線を斜めにずらした。
その反応がまた分かりやすかったものだから、つい笑いを溢してしまった。
相手は笑われたことに不服だとでも言いたそうに眉を潜める。いつも無表情なだけ、こういう些細な表情の変化も新鮮に感じた。

まぁ日頃から良く見ていれば色んな顔があるんだと気付くことも出来るんだけどなと、近頃になって相手を“表情豊か”と評価するようになった自分に言う。

「別に誰の為とかじゃないよ。」

ロイドと笑いあう少女に、いつまでもあの風景が見られればいいけれどと、この先の安全を願った。

「ただ、あの笑顔が見たかっただけだ。」
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