クラトスの話を聞いてから幾日が経ち、ついに別れの日がやって来た。
あれだけ言われてもやはり離れたくはなくて、その間はどうするべきかを考えるのに手一杯で何も手につかなかったが、それを責める者は居なかった。単に皆忙しくて、自分を気にするような暇がなかっただけかもしれないが。
「…じゃあ、本当にいいんだよな?」
家を出たロイドはエターナルソードを携えて、カーノを振り返った。
「ああ、もう決めたよ。」
「そっか、…んじゃ、行くか!」
ロイドはロイドで今日までに答えを出していた様で、今や瓦礫の山となった救いの塔に向かう足取りに迷いはなかった。
待ち合わせの場所ではクラトスが既に待っていて、じっと塔の先を見据えていた。
「本当に…行くのか、
デリス・カーラーンへ…」
先に切り出したのはロイドで、クラトスは驚くでもなくゆっくりと振り替える。
「この騒ぎの責任はクルシスの生き残りとして私たちが負うべきだ。
ユアンもまたレネゲードと共に地上に残り、責任を果たす。」
「…俺は、この大地に残されたエクスフィアを回収する。」
「そして私が…クルシスの所有していたエクスフィアたちを宇宙に流す。
結局…最後までおまえを巻き込んでしまったな。」
ロイドは俯いて、剣を握る手に力を込めた。
「…そんなのは、いいけど……」
今にも泣き出しそうなロイドにこっちまで泣きそうになって、クラトスをひき止める言葉を発しそうになる己を叱咤して、こちらに目配せするクラトスに自分の答えを告げた。
「……俺は、残るよ。」
言うのに随分勇気がいったそれは、吐き出してしまえばもう取り返しのつかないことだったから。
「ホントは昨日まで、一緒に行く気だったけど、」
皆に別れの手紙まで書いて、最後にアンナさんの墓前で手を合わせている時に気付いた。
自分の選択はこれで正しいのかと、急に不安になった。愛しい人を追いかけていた過去の姿が甦る。
追いかけて、結果はどうだっただろう。あの時ああしていればとつい最近思ったことがなかったか?
成すべきを成さなかったことを、酷く後悔していなかっただろうか?
「分かったんだ、追いかけるだけが、側に居ることだけが、必ずしもその先の幸せに繋がる訳じゃないってこと。
本当に幸せになるには、辛いことも寂しい気持ちも、不安も痛みも乗り越えなきゃいけないんだってこと。だから、」
震え出した声を飲み下して、ハッキリ伝える。
「皆が幸せに暮らせる世界で、アンタを待ってる。」
今のこの世界はまだそれには少し遠いけれど、その為に自分が出来ることはある筈だ。
上手くいかなくて、この選択を後悔する日がいつか来るかもしれない。
それでも、また同じことを繰り返すよりは。
「前に進むよ、ちゃんと。」
ニカッと笑うと、クラトスも静かに目を伏せて笑った。
もう見れない、もう話せない、もう触れない、そう考えてしまいそうになる思考は無理矢理頭から押し出した。
「…もう行かねば。
ロイド、その剣で我らをデリス・カーラーンへ運んでくれ。」
「……っ、
…わかった。
エターナルソード!クラトスをデリス・カーラーンへ運んでくれ!」
《承知した。》
剣が光を放ち、クラトスの周囲に風の渦が起こる。
光り薄れ始めるクラトスに、ロイドは力なく腕を下ろした。
「…さよなら、…と…う」
「ロイド、」
声を振り絞ろうとしたロイドに、クラトスが懐から何かを取り出す。
そしてそれをロイドに手渡し、空になった掌でその頭を撫でた。
「おまえは私より先に死ぬな、ロイド。
…私の息子よ。」
走馬灯のように移ろいだ記憶に、ロイドが顔を上げて相手を見る。
「…父さん、」
譫言のように発せられたその言葉はちゃんとクラトスに届いたようで、嬉しそうに微笑む姿は光となって消えた。
「と…うさ…、父さん…父さん…っ」
塞き止められていた思いが溢れたのかその場に泣き崩れるロイドに、黙ってその背中を緩く叩く。
ポンポンとリズムを刻むその手に、ロイドはぐしゃぐしゃになったその顔をむくれさせた。
「…あ、兄貴だって、泣いたっていいんだからなっ」
普段泣かないのはこの顔を見られたくないからなんだろうなぁと、自分ですら数年ぶりに見た弟の泣きっ面に笑いを溢しながら、光が昇っていった空を見上げた。
「もう、泣かないよ。」
だってもう、泣いたって慰めて貰えないだろ?
いつにもなく晴れ渡った空にそう言って、溢れそうな涙を押し戻すように笑顔を向けた。
「兄貴!もう行くのか?」
昨日のうちに用意しておいた荷物や久々に整備した銃を背負い家を出ると、墓前でダイクと話していたロイドが慌てて見送りにやって来る。
「善は急げって言うしな。
そういうお前だって、もう旅立つつもりだったんだろ?」
自分と違ってほぼ手ぶらな辺りが不安だが、もうロイドのことにとやかく口を出すつもりはなかった。
ロイドはロイドでちゃんと考えて動いているのだと、長い旅でちゃんと分かったからだ。
「兄貴は復興を手伝いに行くんだっけ?」
「ああ、それくらいしか今は浮かばなくてな。
とりあえず最初はルインに行こうと思う。
楽しみにしてろよ、ロイドが来る頃にはピッカピカにしといてやる。」
「へっへーんだ、俺だって次会う頃には世界に名を馳せる凄腕の剣士になってて、兄貴の身長だって抜かしてるんだからな!」
生意気言いやがってと自分よりまだ数センチは下にある頭を両の拳でぐりぐりと挟んで懲らしめていると、ダイクに何か軽いもので頭を叩かれた。
「ったくおめぇらは何歳だ?
カーノ、おめぇ宛に手紙を預かってる。」
「手紙?俺に?」
一体誰からだろうと思い飾り気のない封筒を開けてみると、そこには懐かしい女性の名が記されていた。
「これ……」
「ロイドの父親から託されてたもんだ、カーノが戻ってきたら渡して欲しいってな。」
手紙の宛名欄には自分の名ではなくクラトスの名があった。その下に続く文も明らかにクラトスに向けられたもので、中身を間違えたのではないかと不安になる。
だが最後数行のところで突然自分の名が出てきて、速読状態になっていた目が止まった。名前の少し前に戻ってみると、「この前話した」と書かれている。自分の知らないところで2人は自分のことを話していたのかと思うと不思議だった。
そこから先は今までにないくらいゆっくりと文字を辿った。書かれていたのは当時の自分のことで、最近やっと普通に話してくれるようになっただとか、笑顔が増えてきただとか、当時の自分のふてぶてしさを思い返すと恥ずかしくもあったが、自分をちゃんと見てくれていたのだということが嬉しかった。
歳を聞いたらやっぱりまだ全然若かっただとか、妹がいるらしいとか、そこから話が脱線して妹が欲しいやら弟が欲しいやらという話になっている。結局そんな話で埋められ残る行数はあと1行になってしまった。書いた本人もそれに気付いたのか、まだ続きそうだった話を消した痕がうっすらと残っている。
そしてその黒ずんだ1行に書かれていたのは結局その話のオチで、きっと当時のクラトスにとって非常にどうでもいいであろう内容だった。
「……っ、」
「…え、兄貴?
どうしたんだよ!?」
目線を手紙に固定したまま泣き出したカーノに、ロイドがあたふたと所在なく手を動かす。ダイクはそっとしておいてやれと、自ら家の中に戻って行った。
滴が落ちて滲んだその文面が、それを書いた彼女の楽しそうな笑顔と一緒に頭の中で肉声で再生された。
『ロイドにお兄ちゃんがいたら、あんな感じだったのかもね。』
「もう泣かないんじゃなかったのかよ、兄貴!?」
しっかりしろよと背を強く叩くロイドに「明日からな!!」と宣言し直して、色褪せた手紙を握り締めた。
例えこの身に流れる血が違っても
例えきっかけが憎しみや嫉妬だったのだとしても
共に過ごし、笑い、泣いた日々の中で生まれた気持ちに嘘はないだろう
その末に互いを認め合えたのならそれはもう
きっと1つの家族のカタチ
this story is the end,
Thank you for reading!
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