01.「初めまして」の再会
「えーっと、それで、基地ってどこにあるんだっけ?」翌朝。ハルトマンに見送られてルカ達と共に屋敷を後にしたヴィスは、ナーオスから出るなりそう言った。
スパーダは呆れ顔でその疑問に答える。
「屋敷を出る前にハルトマンから聞いただろ? もう忘れたのかよ。南東にある憂いの森を超えた先だよ」
「憂いの森って言うのは?」
「別に、そのまんま普通の森だよ。まあ、ちょっと厄介だって噂だけどな」
細かい事は行けばわかる、とのことで、スパーダの先導のもとヴィス達は街道を歩き始めたのだが、その最後尾をとぼとぼと歩くルカが何やら思いつめた顔をしていることに気づいて、誰ともなく足を止める。
「どうしたルカ? 元気ないんだな、しかし」
「ハルトマンさんとスパーダ見てたらさ、父さんと母さんが僕のこと心配してるんじゃないかって思ってね」
「そりゃしてんじゃない? あんた家出同然だったし」
「え、そうだったの?」
「うん。マティウスのせいで、僕が異能者だって事が何人かにバレちゃって。捕まる前に逃げなきゃって、そのままイリアと一緒に街を出てきちゃったから……イリアは家に帰りたいとか思わないの?」
「思わない。あたしは決めたの、帰らないって。前世の記憶で嫌な目に遭う人生なんて、もうまっぴら! あたしはあたしの人生を歩くの」
「で……でも、軍や教団相手にずっと逃げ回るんだよ? 僕らじゃ手に負えないと思わない? 前世のことだって、出会うのは敵ばっかりだし……」
「じゃあ、あんたは家に帰ればいいじゃない。あたしは……もう帰るに帰れない。帰りたくても帰れないんだから……」
──ああ、そういえば、マティウスに故郷を焼かれたって言っていたっけ。
今戻れば、再び村にマティウスがやって来て、今度はより惨い手を使うかもしれない。
彼女はそれを危惧しているのだろうと、ヴィスはイリアの悲痛な表情から推察する。
「あたし、あんたを巻き込んじゃったね。ごめんね、ホントごめん。迷惑かけるつもりはなかった……んだけど……」
レグヌムでの事の詳細を知らないヴィスには、自責するイリアを庇うことも、慰めることも出来ない。
当事者であるルカが一言「イリアのせいじゃないよ」とでも言ってくれれば助かるのだが、ルカは何も言わずに俯くだけ。
否定しないということは、イリアの言っていることは少なからず事実なのだろう。
巻き込まれたルカは気の毒だが、だからといって同じ境遇に在る今のイリアに、その責任の重さを思い知らせて追い詰めるようなこの流れは、あまり気分が良くない。
同じように思ったのか、黙って聞いていたスパーダが口を開く。
「なあルカ、お前の言う通りだよ。オレ達は軍や教団を相手にしてんだぜ? 家に帰ったところで、どの道すぐにお縄さ。だったらよ、もうちょい頑張ってみねぇ?」
「……やっぱり、帰ったら捕まっちゃうのかな?」
「間違いないね。身元はバレてんだ、実家は確実に監視されてるだろうな」
「スパーダのお家の人は心配してないの?」
「いい厄介払いが出来たって喜んでるさ。それに元々、親父や兄貴達とは折り合いが悪いしな。でもルカ、帰りたいならお前は帰っていいんだぜ? イリアの事はオレに任せとけ」
「おお、スパーダくん男前だねぇ」
「おい、今は茶化すなよ」
「……ねぇスパーダ、帰りたくないってだけじゃないでしょ? どうして、僕達と一緒に来てくれたの?」
「ダチとつるむのに理由なんかねぇよ。お前達と一緒に行くのが正しいと思ったから来ただけさ。正しき道を正しく歩め≠チてな。これはウチの士道訓五箇条だけどよ」
「わ〜、かっこいい」
「だからいちいち茶化すなって! お前はちょっと黙ってろ」
合いの手のように挟まれるヴィスの感想を封じたスパーダは、煽られた羞恥心を咳払いで鎮めながら続ける。
「まあ、オレの場合はそういうことだよ。お前はお前が正しいと思う選択をすりゃあいいさ」
「……僕が、正しいと思う選択……」
ルカはそれが何なのかを胸の内で考えて、その答えを見つけた。
「ごめんね、イリア」
「ううん、あたしの方こそ……あんたも元気でね」
「ち、違うよ! 帰らないよ! 僕も皆と一緒に行く」
「……ホント? ホントにいいの?」
「僕、ただ何となく嬉しいってだけで、イリア達に付いて来てた。自分がアスラだったこと、自分に仲間が出来たこと……ただそれが嬉しくて、それだけで。──でも! これからは違う。僕は付いて行くんじゃない。皆と、一緒に行くんだ」
「? えーっと、それってどう違──痛っ!?」
ルカの言わんとしている事を、その気持ちと覚悟を正しく理解したイリアは、涙ぐんで頷く。
一方、スパーダに拳骨を喰らわされたヴィスは、そのまま彼にずるずると引き摺られて行った。
「バッカお前、いい加減空気読めよ! せっかくルカの野郎が良いこと言ってんのによ!」
「ええ? 今のが? 俺よく意味が分からなかったんだけど。付いて行くのも一緒に行くのも同じことじゃないの? スパーダくんは違い分かるの?」
「普通は分かるだろ……お前ってよ、最年長のくせに全っ然頼りになんねーよな。さっきだってお前が仲立ちしてくれると思ってたのに、何にも言わねぇしよ」
「うーん、まあ記憶喪失だからね。多少は仕方ないよね」
「いや、なんかもうそういう次元の話じゃねぇんだよな……つーか、自分で言うなよそういう事は」
などと話しているうちに、イリアとルカの話し合いは終わったようだ。
幾分晴れやかな顔になった二人を見て、スパーダが満足そうに笑う。
「オッケーオッケー、もう何も問題ねぇな」
「うん。心配かけてごめんね、スパーダ。ヴィスさんも」
「いいってことよ。こいつは本当に心配してたかどうか怪しいけどな」
「俺だって心配はしてたよ? でも詳しい事はわからないし、イリアちゃんとルカくんの問題だから、おいそれと口出し出来なかっただけで。だからせめて場を和ませようとしたんだけど……」
「お前、あれで和ませてるつもりだったのかよ……」
「えーっと、でも、その気持ちは嬉しいよ。有難う、二人とも」
「まぁヴィスはともかく、こうやって同じ記憶を持つ三人が集まったんだ。オレは、きっとこれには何か意味があると思ってんだ」
「何か意味が、かぁ」
その意味とやらが、皆と世界にとって悪いものでなければ良いのだが。
再び巡り合ってしまった三人。
仲睦まじく笑い合うその姿は、かつての彼らとよく似ている。
それを微笑ましいと思う反面、やはりヴィスはその道行に不安を抱かずには居られなかった。