01.「初めまして」の再会
そんなこんなで、気持ちも新たに聖女の奪還に向けて再び歩き始めた一行の前に、ほどなくして広大な森が姿を現した。鬱蒼と木々の生い茂る森の入り口に足を踏み入れるなり、何かを感じ取ったコーダがイリアの肩に飛び乗り、ヴィスも不可解そうに周囲を見渡す。
「なななんだ、ここは。ヘソがピリピリするんだな、しかし。これは危険が危ない証拠なんだな、しかし」
「……スパーダくん、これが言ってた憂いの森って場所?」
「ああ。実はここで昔、兄貴の部隊が全滅しかけた事があるんだ。この霧のせいで慣れた奴でも迷うから、行方不明者が多く出ることで有名な場所なんだが……その上、ここだけ生態系が違うらしくて。普通に戦ってちゃあ勝てない敵も出るらしい」
「でも、ナーオス基地への道は他にないんだよね?」
「……行きましょ。きっと何とかなるわよ。それに、軍が全滅しかけるような場所だもの。追手だってそうそう来ないだろうし」
「まあ、それは一理ある……けど、でも、危なくなったら引き返そうね?」
「んだよヴィス、戦場に行く時は余裕綽々だったのに、今回はえらくビビってんじゃねーか」
「うーん、だってこれさぁ……」
戦場はともかく、此処は明らかに普通じゃない。
スパーダの挙げた懸念事項も気にはなるが、ヴィスの気がかりはそれらとは違った。
上手く言葉では言い表せないが、恐らくコーダが感じているピリピリとやらと、今の自分が抱いている違和感のようなものは同じなのだろう。
スパーダ達は特に何も感じていないようで、怯えるルカを従えて迷いなく進んでいく。
引き留める術を持たないヴィスも渋々それに続いたが、道の途中で突如周囲の空気が一変したことで、その警戒はより強まった。
「雰囲気が変わった……?」
「これがこの森のカラクリってわけか」
「えーっと、まだ進むの? 俺、すっごく嫌な予感がするから、帰らない?」
「何言ってんのよ。今のところ問題なく進めてるんだから、行けるところまでは行くわよ」
と、強気の姿勢を崩さなかったイリア達だったが、スパーダの言っていた通り攻撃の効きにくい敵との遭遇に、皆の気力と体力は徐々に削られていく。
「こんなに戦いにくい敵ばかりなんて……」
「まったく、おたんこルカじゃなくても音を上げそう……」
「……ッ! またピリピリだぞ、しかし! ピンチをキャッチなんだな、しかし!」
「おいおいおいおい……冗談じゃねーぞ、なんだありゃあ……!?」
剣の柄に手を乗せて臨戦態勢をとるスパーダの視線の先には、これまで戦ってきたものとは別格の巨大な魔物が蠢いていた。
有無を言わさず襲い掛かって来るその魔物に皆はそれぞれの武器で挑んだが、どの攻撃もまるで効いた様子がない。
「こんなのアリ!? ズルいじゃないのよ!」
「なんでこっちの攻撃が効かねぇんだ!?」
「……それはね、この世界と彼らの世界の物理法則が違うからだよ」
突如、後方から知らない声が聞こえて、皆の視線がそちらを向いた。
そこに居たのは、本を携えた中性的な顔立ちの青年。
一行の警戒を解こうとするかのように、彼はにっこりと微笑む。
「やあ、また会ったね、ルカ・ミルダくん」
「ルカ、こいつのこと知ってるのか? 誰だよお前?」
「ボクなんかのことより、彼のことほっといていいの? 続きが待ち遠しいみたいだけど」
と、青年が指した先には、未だ健在の魔物。
とは言え攻撃が通らないのではどうしようもない。スパーダの口からそれを聞いた青年は、一人前に出て本を掲げた。
その手から離れ、ひとりでに宙に浮かんだ本から眩い光が溢れる。
その光は無数の束となって、稲妻のように魔物に降り注ぐ。
何をしているのかは分からない。
が、ヴィスには一つハッキリと理解出来たことがあった。
「これは……天術!? じゃあ、貴方も転生者……」
「違うよ」
ルカの言葉を遮って、ヴィスは彼を庇うかのように、青年との間に割って入る。
「……これは天術なんかじゃない」
「……へぇ? キミには分かるんだね、どうしてかな?」
「質問ならこっちが先にしたいな。君は──」
「お、おい、何か知らねぇけど、今は話してる場合じゃねーだろ!? 今のでどーにか出来たのかよ!?」
剣呑な空気を漂わせていた二人は、スパーダの言葉にそれもそうかと一時睨み合いを中断して、敵に向き直る。
「彼の世界の物理法則と、この世界の物理法則が複合化出来た。これで、キミ達の攻撃が効くようになった筈だよ。──でも、これだけじゃ興が無いから、もう少し手伝わせて貰おうかな」
そう言って、青年は己が手に戻った本を広げた。
共闘してくれる気らしいというのは分かるのだが、一体その本でどうしようというのか。
その疑問に答えるかのように、青年は見覚えのない術を次々と披露してくれた。
先の言葉に嘘は無かったようで、ルカ達の攻撃も問題なく通っている。
そうして、なんとか手強い魔物の討伐を果たした皆は、やっと一息を吐いた。
「──で、あなた一体何者よ? 転生者なの?」
「残念ながら違うよ。ボクの名はコンウェイ。コンウェイ・タウ。ここでキミ達を待ってたんだ」
「待ってただぁ!? じゃあ、オレ達があいつと戦ってたの、最初から見てたのかよ!? さっさと助けろよ!」
「まあまあ、そう尖がらないで。キミ達なら、手助けが無くても何とかするんじゃないかと思ってね。……そもそも、キミ達がボクの知っている人達なら、今ここで死ぬ筈がない。必ずボクをその時≠ワで導いてくれる筈だから」
「はあ? お前、何言ってんだよ?」
「それに、多少ピンチになってくれないと、ボクのお願いを聞いてくれないだろ?」
「なるほどなるほど、そういう魂胆かぁ。じゃあ、この人は放っておいて行こっか〜」
と、ヴィスはルカの手を引いてさっさと歩きだした。
コンウェイの話を聞く気のあったルカは、珍しく強引なヴィスの態度の理由がわからずに困惑。
コンウェイは特に焦った様子もなく、その背に声をかける。
「話も聞かずに行っていいの? 決めるのはキミ達だけど、ボクを置いて行って困るのはそっちだよ」
「何それ、どういう意味よ?」
「先ずはお願いの内容について話そうか。──ボクも一緒に連れて行って欲しいんだ、キミ達の旅に」
「転生者でもねぇ、今初めて会った奴と、何で一緒に旅しなきゃいけねーんだよ?」
「さっきの敵は、ボクのお陰で倒せたわけでしょう? また似たような敵が現れたら、困ると思うんだけどなぁ」
「そういうのはお願いじゃねぇ! キョーハクって言うんだよ!」
「やれやれ。キミはボクが想像していたのと違って、随分沸点が低いなぁ、スパーダくん」
「……ッ!?」
名を呼ばれたスパーダは驚き声を詰まらせた。
コンウェイとは今が初対面だ。
そして、彼と出会ってから今までに、仲間達がスパーダの名を呼んだこともない。
「なんで、オレの名前知ってんだよ!?」
「そんなことより、結局どうするのかな。ボクは一緒に行っていいのかい?」
皆、不信感を完全に払拭出来た訳では無かったが、コンウェイが居なければ先のような魔物に太刀打ち出来ない、というのは事実だ。
故に、選択の余地は殆どなかった。
「……僕は、いいと思う」
「……あたしも、いいわ」
「〜〜っわかったよ! いいよいいよ、一緒に行こうぜ!」
半ばヤケになっているスパーダも承諾して、ルカとイリアも含め三人分の承認を得たコンウェイは満足気に微笑んだ。
「さて、彼らはこう言ってくれてるけど、キミは?」
「反対」
「そう。まあ、ボクは別にそれでも構わないよ。ルカくん達とさえ居られれば、それでいいからね」
「ルカくん達と一緒に行っていいなんて、俺は一言も言ってないんだけど?」
「本人達が良いって言ってるんだから、キミの許可なんて必要ないよ」
再び睨み合いを始める二人に、他のメンバーは円になってコソコソと話す。
「なぁ、あの二人、さっきからなんであんなに険悪なんだ?」
「さぁ? 前世でなんかあったんじゃない?」
「でも、コンウェイさんは転生者じゃないって言ってたし……」
「じゃあ現世でなんかあったんでしょ」
「お互いのリアクション見てる限りじゃあ、知り合いって風には見えなかったけどなあ……」
「あ〜もう、そんなのはどうでもいいっての! それより、さっさとこんな森抜けて、早く聖女を助けに行かないと!」
「ま、それもそうだな。──おいヴィス! とりあえずその話は置いといてよ、先にこの森から出ようぜ。コンウェイをどうするか決めるのはその後でもいいだろ?」
「…………」
「ボクはそれでもいいよ。まさか利用するだけ利用してサヨナラなんて、悪役も真っ青な非道な行いをキミ達がするとは思わないけど」
はぁ、とヴィスは盛大な溜息と共に怒りを吐き出した。
確かに、ここでいつまでも言い争っていても時間の無駄だ。
「それじゃあ行こうか。ちなみに、キミの名前はなんて言うのかな?」
「……スパーダくんの名前を知ってるなら、俺の名前も知ってるんじゃないの?」
「いや。彼らのことはよく知っているけれど、キミのことは知らないんだよ、全く。だから、さっき見かけた時は驚いたんだ。この森に来るのは三人だけの筈だったから」
「……さっきも待ってた≠チて言ってたけど、何でルカくん達がここに来るって知ってるのかな。ナーオスで嗅ぎ回りでもした? もしかして教団の関係者──いや、それは無いか」
「まあ違うけど、推理としては悪くないのに、どうして違うと思うんだい?」
「それは君自身が一番よく分かってるよね」
ヴィスは冷え切った目でコンウェイを見下ろした。
コンウェイは臆することなくそれを受け止める。
「君は──この世界の住人じゃない。さっきの魔物も、この森も、この世界にあっていいものじゃない」
確信を持って言い放つヴィスに、コンウェイは少しだけ目を見開いた。
きっとスパーダが聞けば、ヴィスまで頭がおかしくなったのかと思うことだろう。
多世界解釈、多元宇宙論──異なる世界が存在するという認識。
それらを行き来している自分にとっては常識ではあるが、この世界の人々にとってはそうではないのだろう事は、先のスパーダ達の反応を見ていればわかる。
『……もしかして、キミはボクと同郷なのかな? だとすれば、恐らくは敵国の人間だろうけど』
確認の為に母国の言葉で尋ねたコンウェイに、ヴィスはきょとんとして眼を瞬かせた。
通じていない。という事は、少なくとも彼はトライバースの民では無い。
他の世界からの漂流者という可能性もゼロではないが、異世界人が学ぶ機会の無いこの世界の言語をここまで流暢に喋れるとも思えない。
であれば、彼はこの世界の住人なのだろう。
だが、自分は彼のことは知らない。
この世界については知っている。
予習が不十分だったとは思わない。
それなのに、自分の知らない人物が今確かにここに居る。
その上、ルカ達でさえ気付けていないことを──今相対しているのが異世界の住人なのだという事を見抜いている。
一体どうして? 彼は何者だ?
まさかこの世界で、こんな未知の存在と遭遇出来るとは思わなかった。
文献にすら載っていなかったものが、トライバースの人々が知らない新たな発見が、今目の前にある。
驚きと興奮を感じながら、コンウェイはなるべく平静を装って、今一度問う。
「それで、キミの名前は?」
相手は敵意を全く隠そうともせず、簡潔に答えた。
「……ヴィス。ヴィス・クレアーレ」
「ヴィス・クレアーレ……ね。覚えておくよ。まあ、色々と思うところはあるだろうけど、一先ずは宜しく」
そう言ってコンウェイが差し出した手をヴィスは無視して、先に歩き始めていたルカ達に合流する。
──ああ、この遠征は、思っていたよりもずっと有意義なものになりそうだ。
コンウェイはそう思いながら、握手を拒絶された手を下して、その後に続いた。