07.君が望んだ世界

「コンウェイくんの嘘つき!!」

シアンから聞いた情報通り、サニア村から遥か北にある雪の孤島で、リカルドはヴィスを見つけた。

相手はだだっ広い雪原の中で、何やら怒り心頭な様子で叫んでいる。

「ゲートなんて何処にも無いんだけど!? 帰る時に消したとかならいいけど、まさか最初っから嘘の場所教えたんじゃないよね!?」

これじゃあ確かめ様が無いと嘆くヴィスに、まだコンウェイに固執しているのかと、リカルドは至極うんざりとした顔で近付いていく。

足音に気付いたヴィスは、それがコンウェイのものであると思い込んでその名を呼んだ。
だがそれがリカルドであることを知ると、面食らった顔で固まる。

「……コンウェイじゃなくて残念だったな。そんなにあいつが好きか」

「え……いや、あの、違くて。あのね、コンウェイくんが前にここにゲートがあるって言ってて……それより何でリカちゃんがここに居るの?」

「それはこっちの台詞だ。どうしてお前がここに居る? 俺はお前に言われた通り、ちゃんと創世力の消滅を願ったんだが」

「それが俺にもよく分からなくて……リカちゃんのその願いは叶えた筈なんだけど、気が付いたら黎明の塔で倒れてて。俺が何か失敗したのかなって思ったんだけど、ほら見て」

ヴィスはいつものように、指をパチンと鳴らして見せた。
が、特に何かが起こる様子は無い。

「創世力が使えなくなってるんだ。だから、リカちゃんの願いは叶ってると思うんだけど……でもそれならどうして俺は残ってるんだろうね? リカちゃん何かした?」

「いや、俺は創世力を消してくれと願っただけだ」

「じゃあどうしてだろうね〜? まぁでも、とりあえず動けるみたいだから、まずコンウェイくん達がちゃんと帰ったかどうか確かめようと思って、事前に聞いてた帰り道に来てみたんだけど……見ての通り何にも無いんだよね、ここ。嘘教えられたのかなぁ」

「……知らん。そんなことはどうでもいい」

「どうでもよくないよ〜! キュキュちゃんはともかく、コンウェイくんに至っては、勝手にチトセちゃんの魂まで持って行っちゃうし……取り返すつもりで来たのに、創世力も使えないんじゃ、もう何も出来な――――」

と、喋り続けていたヴィスは、リカルドに抱き竦められて静かになった。
リカルドは寒さで冷えたヴィスの肌の奥に体温を感じて、相手が生きていることを実感し涙ぐむ。

「……リカちゃん? 泣いてるの?」

どうして、と、問おうとしたヴィスの目からも涙が溢れた。
ヴィスは自分が泣いていることを自覚して狼狽える。

「え、なんで? 何これ。別に悲しいことなんて無いのに、なんで…………」

リカルドはヴィスの目から流れ続ける涙を指の腹で拭って、そのまま頬に手を添えて口付けた。
暫くしてから離して、再び強く抱き締める。

手違いだろうが、神の気まぐれだろうが、この奇跡の理屈などどうでもいい。
リカルドは、ヴィスが今目の前に居ることを、こうして触れられることを、声が聞けることを、ただひたすらに噛み締めた。

ヴィスはそんなリカルドにされるがままになりながら、ポツリと呟く。

「……夢だったりするかな?」

「……今回ばかりは、そうかもしれんな」

リカルドはそう言いながら、ヴィスの両頬を引っ張った。
いひゃい、と言いながら、ヴィスもリカルドの頬を抓る。

「どう?」

「力が弱すぎる。もっと本気でやれ」

「そんな本気でやったら痛いよ?」

「痛くしないと意味が無いだろう」

馬鹿だな、と、リカルドは涙を溜めた目を細めた。
ヴィスは指先の力を緩めて、その頬を撫でる。

「……リカちゃん」

「何だ」

「どうしてここに居るの?」

「シアンに聞いた」

「そういう事じゃなくて。どうして来たの?」

「…………お前が、寂しくて泣いているんじゃないかと思ったんだ。だから捜していた」

「消えたと思ってたんじゃないの?」

「ああ。だが、まだ何処かに独りで居るような気もしたんだ」

「何それ」

変なの、と言いながら、ヴィスも泣きっ面でへにゃりと笑った。
リカルドは「笑い事じゃない」と叱ったが、声色と表情がどうにも締まらない。

「俺は泣いたりしてなかったよ。塔で願いを叶えた時だって、怖くも寂しくも無かった。なのに……なんで今更泣いてるんだろ。よくわかんないや」

「安心したからじゃないか? お前は本当は怖かったんだろう。その恐怖心を、皆の為にという使命感で押し殺していただけで……」

創世力だろうが何だろうが、その心は、人と何も変わらない。
リカルドはそれを改めて実感して、ヴィスの頑張りを優しく褒め称える。

「だが、もう一人で格好付けようとするなよ」

「……うん。格好付けたくても、もう付けれないしね。創世力が使えないんじゃ、本当にただのでっかい置物だし。これからどうしよう……」

「……ちなみに、俺は丁度それが欲しかったところなんだが?」

悪戯っぽく言って、手を差し伸べるリカルドに、ヴィスはいつもの癖で断ろうとして――――しかしもうその誓約に縛られてはいないことに思い至ると、嬉々としてリカルドの手を取った。

リカルドがその手を引っ張って、そのまま雪原に縺れ合いながら倒れ込んだ二人は、雪にはしゃぐ子供のように笑った。







『ヴィスがリカルドに渡した手紙って、どんな内容だったのかしら』

トライバースゲートの中。故郷への帰路を辿りながら、キュキュは隣を歩くコンウェイに尋ねた。

コンウェイはゲートが見つからないと怒っているのであろうヴィスを想像しながら、それに答える。

『恐らくは遺書じゃないかな。あの状況で、リカルドさんが手紙を受け取っていた事をルカくん達に明かさないのは不自然だ。彼らには知られたくない内容で、かつ彼がリカルドさんに頼みそうなことと言えば、これ以上悲劇が起こらないよう、創世力を消してくれ≠ニいったものしか思い浮かばない』

『なら、ヴィスはもう居ないんじゃないの? 彼が追ってくるだろうから、入口は隠しておかないと≠チて、さっきわざわざ工作していたのはどうして?』

『創世力は無くなっただろうけど、彼は多分まだ生きているよ。ルカくんが創世力に捧げた願いを思い出してご覧。彼は全ての人々・・≠ナはなく、誰もが皆≠ニ言ったんだ』

『……ああ、そういう事ね。なら良かったわ』

『キミ、本気で彼のことを気に入っているんだね』

『少なくとも貴方よりはね。でも彼の事といい、神話の記述と実際の世界は、随分と違ったわ。帰ったら修正しないと……』

『修正の必要なんて無いさ。解釈が少しズレていただけで、神話に書いてあったこと自体は何も間違ってはいないんだから。それに、自分の目で見て初めて分かることがあった方が面白いだろう? 実際そのお陰で、ボクは楽しめたからね』

『それは……そうね。意見が一致するのは癪だけど』

『最後くらい仲良くしようって気は無いのかな?』

『イ・ヤ・よ!』

プイと顔を背けるキュキュに苦笑しながら、コンウェイは故郷に繋がる扉の前で、歩いてきた道を振り返った。

「そうして、創世力は願いを叶え、地上は豊かさを取り戻した。一つとなった平和な世界で、は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし=v

――――ほら、何も間違いは無いだろう?

無垢なる絆の神話を締め括る最後の一文を暗唱したコンウェイは、キュキュと共に扉を潜り、二人はそれぞれの故郷へと帰って行った。







「リカちゃんのお手伝いするのはいいんだけどさ、俺本当に何の役にも立たないよ?」

ゲート探しは諦めて、リカルドと共に飛空挺に乗り込んだヴィスは、操縦桿を握るリカルドに不安げな顔で言った。

ここに来るまでにもう何度もそれを聞かされたリカルドは、「いつまで言っているんだ」と嘆息。

「だって、これまでずっと創世力に頼りきりだったんだもん。リカちゃん達だって、もう天術は使えないんでしょ? そんな状態で大丈夫なの? 生きていける?」

「お前は過保護すぎる。確かに創世力や天術が使えなくなると不便はあるだろうし、神と比べれば人間は無力に見えるかもしれんが、その分逞しい。特別な力など無くとも、それなりにやって行けるさ。――ほら、翼が無くとも、人はこうして空を飛ぶことだって出来る」

「うーん。まあ、そう言われると確かにそうかも知れないけど……俺は創世力無しじゃこんなの作れないよ」

「飛空挺は無理でも、そのうち簡単な道具くらいは作れるようになるさ。作り方なら俺が教えてやる」

「それで出来るようになるかなあ?」

「根気強く練習を続ければ、誰でも上達はする。お前が人並みになれるまで、俺が責任を持って指導してやるから安心しろ」

「えっ、リカちゃんの指導って……」

戦場でのリカルドの鬼教官モードを思い出したヴィスは、これからの日々を想像して震え上がる。

「や、やっぱり俺、シアンくんのとこに行こっかな〜。リカちゃんの負担にはなりたくないし……」

「遠慮するな。グリゴリの奴らを鍛え直すついでだ」

「いやでもほら、他の皆にも会いたいし……」

「そんなものは後でいい。まずはお前が自分の世話を自分で出来るようになれ」

「それってどれくらいかかるの?」

「お前の頑張り次第だな」

「う〜、創世力があったらこんな苦労しなくていいのに……」

「何だ、今更惜しくなったのか?」

「そうじゃないけど……やっぱり不安にはなるよ」

今後またこの世界が何らかの災難に直面した時、自分はこの世界を護ってやる事が出来るのだろうか。
飢餓に見舞われても、寒さに凍えても、指を鳴らすだけではもう解決出来ない。

リカルド達が怪我をしたり、病気になったりしたらどうしよう。助けられなかったらどうしよう。
先の不安に押し潰されそうになっているヴィスの頭を、リカルドが撫でる。

「お前はもう創世力じゃ無い、俺達と同じただの人間だ。一人で全てを背負い込む必要も無いんだぞ」

「でも、俺は皆のこと護りたいし、役に立ちたいんだよ」

「なら頑張れ。地道に努力を続ければ、お前の望みは叶うかもしれん。創世力のように直ぐに実現、とはいかんだろうがな」

「むぅ……じゃあ、頑張ろっかなぁ……」

と言いながら、ヴィスは危なげなく飛空挺を操っているリカルドの横顔を見詰めた。
最初はあれほど怖がっていたのに。その上達ぶりを見ていると、彼の言葉には説得力がある。

「……リカちゃん頼もしいね」

「何だ急に」

「ふと思っただけ。前はなんかこう、俺が護ってあげなきゃ〜って思ってたんだけど……今はリカちゃんの方が強いだろうし……今後は俺が見守られる側になるのかなぁ……」

「そうか。それは良いな」

「え、良いの?」

「ガキ扱いされるよりはずっとな。……これでやっと、俺はお前の恋愛対象か」

「えっ」

「なんだ違うのか?」

「いや……わからないけど……恋愛感情とか、俺まだよく知らないし……ど、どうだろうね…………?」

少し慌てた様子で、ヴィスはしどろもどろに目を泳がせた。
その頬がほんの少しだけ赤くなっていることに気を良くしたリカルドは、相手の顎を掴んで、強引に自分の方を向かせる。

「……これからは本気で口説き落としにかかるからな。覚悟しておけよ」

「…………お、お手柔らかにお願いします…………」

気圧されて敬語になってしまったヴィスは、恐怖からか、はたまた別の理由なのか、バクバクと高鳴っている胸を押さえた。







――――どんな願いも叶えてくれる、万能の力は無くなった。

それでも、人は自らの手で、新しい世界を創っていけるだろう。


崩れた楽園の瓦礫を集めて、彼らが望む理想郷を。






this story is the end,

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