07.君が望んだ世界
ホワイトアウトした世界が、少しずつ色を取り戻していく。夜の闇に包まれていたはずの空は、創世力を溶かしたかのような澄んだ青空へと変わっていた。
平衡感覚を失って倒れてしまっていたルカ達は、立ち上がって塔の縁へ。
そこから見下ろす世界は、荒廃とは無縁の、緑豊かな美しい大地。
「綺麗……これが、この世界の本当の姿なの……?」
「下に居る奴ら、急にこんな風になって、吃驚してるんじゃねーか?」
「そうね。様子も気になるし、見に行ってみましょうか」
「待って、その前に、創世力をどこかに隠した方が――って、あれ……?」
先程までここに在った筈の青き光は、忽然と姿を消していた。
どこに行ったのかと探すルカを、リカルドが呼び止める。
「あいつは人の手が届かない所へ行った。これでもう、誰かが創世力を悪用するようなことは無い」
「人の手が届かない所って……? リカルドは知ってるの?」
「ああ。お前達に教えるつもりは無いがな」
「ええ? じゃあ、僕達もうヴィスさんに会えないの? まだお礼も何も言ってないのに……」
「会えなくとも、きっと何処かでお前達のことを見ているさ。天上界に居た時もそうだったんだ。だから、礼がしたいのなら幸せになれ。あいつがお前に望んでいるのは、きっとそれだけだ。……その為には先ず、お前は家に帰るべきだな」
「でも、僕が帰ったらまた兵士達が……」
「何を言っている? マティウスはもう居ないんだぞ」
リカルドに言われて、それを失念していたルカは「あ、そっか」と納得。
「もう僕達、逃げ回らなくていいんだ……家に帰ってもいいんだ……!」
「そういう事だ。ここで解散にしてもいいが……どうせなら王都まで送ってやる」
「いいの? 有難う! イリア達にも伝えてくるよ!」
と、元気を取り戻したルカを見て、リカルドはその切り替えの早さに小さく笑った。
全く羨ましい限りだが、彼らはそれでいい。ヴィスもルカ達が暗い顔になる事を望んでは居ないだろう。
仲間達は来た道を引き返す形で、塔を降りていく。
最後尾のリカルドは、去り際にほんの少しの期待を込めて振り返ってみたが、そこには役目を終えた祭壇があるだけだった。
そうして、ルカ達の旅は終わりを迎えた。
創世力が無くなった影響なのか、皆天術は使えなくなってしまった。
だがそのお陰で異能者捕縛適応法も完全に無くなり、ルカ達は晴れて自由の身になった。
ルカとイリアとスパーダはそれぞれの家へと帰り、アンジュは壊してしまった大聖堂を再建すると言って、迎えに来たアルベールと共にナーオスへ。エルマーナは預けていた孤児達の元へと向かった。
コンウェイとキュキュは、レグヌムに着いた時には既に居なくなっていた。
手紙の言伝は必要無かったなと思いながら、リカルドも一人レグヌムを去る。向かう先は、グリゴリの里だ。
指導者たるガードルが居なくなり、頼みの綱のオズバルドも居なくなった今、残されたグリゴリの民達は途方に暮れている事だろう。
そんな彼らに救いの手を差し伸べることが、遺された己の使命であるとリカルドは感じていた。
他の仲間たちは「自ら貧乏くじを引きに行っていないか」と呆れていたが、ここまで来ればそれはもう己の宿命のようなものだとも思えた。
受け入れてしまえば、そんな人生も案外悪くはないのかもしれない。
(……そう言えば、以前アシハラからガラムへ向かう途中、旅が終わった後の話をあいつとした事があったな)
船に揺られてぼんやり海を眺めているうちに、リカルドはそれを思い出した。
旅が終わって金が手に入ったら、危ない仕事からは手を引いてもいいかもしれないとは言ったが、まさか本当にそうなるとは思っていなかった。
ルカの願いによって、世界は豊かさを取り戻した。
その結果、各国は争う必要が無くなり、戦争はあっさりと終わりを迎えた。傭兵の需要も、今後は激減するだろう。
あれはあれで性に合っていたので、少し惜しい気もするが、ヴィスはさぞ喜んでいる事だろう。
その様を想像して、リカルドは薄く笑う。
(何もかも、お前の望み通りになった訳だ。これが、何千何万とお前が待ち望んでいた世界か……)
――――なのにどうして、一番見たがっていた筈の本人が、ここに居ないのだろう。
今の世界に不満がある訳では無い。
だがリカルドは、己がかつてのアスラ達と同じ過ちを犯したような気がしてならなかった。
これで本当に良かったのだろうか。
諦めて手放して良かったのだろうか。
リカルドは甲板の手摺に肘をついて指を組み、そこに己の額を乗せた。
良かったも何も、自分はハッキリとフラれたのだから、あれ以上どうしようもない。が、いつもの様に上手く気持ちを切り替えることが出来ない。
好きだから、諦めきれていないから、というのとは少し違う気がする。
この未練は、両想いになれなかった事に対してのものではない。
誰よりも孤独が嫌いな寂しがり屋を、また独りにしてしまったことに対する後悔。
消滅したのだから、孤独も何も無いのかもしれないが、リカルドは彼が今も何処かで独り寂しさに耐えているような気がしてならなかった。
そんな悪い妄想を、船の汽笛が吹き飛ばす。
グリゴリの里に到着したリカルドは、何故か住民が見当たらない事に首を傾げた。
まさか追い詰められて集団自決でもしていないだろうなと冷や汗を垂らしながら捜してみると、彼らは高台の上に集まっていた。
リカルドは何をしているのかと問おうとしたが、その前に、彼らの視線の先にあるものを見て得心。
「兄者の……ガードルの墓か」
積み上げられた石の前に、彼が使っていた武器が刺さっている。
遺体は塔で消滅したので、下には何も埋まってはいないだろうが、それでもこうしてきちんと弔われているのを見て、リカルドの胸は熱くなった。
この世界の一部となった彼も、きっと今どこかでこの光景を見ている事だろう。
グリゴリの民達に混ざって黙祷を捧げたリカルドは、そこでふと気付く。
確かガードルの武器は、海に落ちた後ヴィスが回収していた筈だ。それがどうしてここにあるのか。
ハスタの槍の件を鑑みれば、旅の途中にヴィスが術で転送していた可能性もあるが、念の為確認してみると、グリゴリの民の一人が手を挙げた。
「預かり物だと言って、1時間ほど前に届けられたんです」
「1時間前……レグヌムでルカ達と別れた頃だな。届けに来たのはどんな奴だった?」
「少年です。褐色肌で背の低い……あとは、犬を二匹連れていました」
その特徴を聞いて、リカルドはすぐにピンと来た。
彼はまだサニア村に居るはずだ。リカルドはグリゴリの民達にまた来ると言って、再度船に乗った。
目当ての人物には、サニア村に向かう途中で追いつく事が出来た。
少年、もといシアンは、走ってやって来たリカルドにギョッとして、一体何事かと慌てる。
「すまん、聞きたいことがあるだけなんだ。グリゴリの里に武器を届けてくれたのは、お前で間違いないか?」
「そうだけど……それが何だよ?」
「兄者に代わって礼を言う。それから、その武器はいつ何処で手に入れた?」
「あいつに渡されたんだ。大事なものだから返したいけど、自分じゃ行けないから、代わりに届けて欲しいって……」
「…………そうか」
きっと消滅を見越して、予めシアンに託しておいたのだろう。
出処を辿ればヴィスに会えるのではないかと淡い期待を抱いていたリカルドは、そんな己を哀れに思いながら踵を返す。
「まったく、だから自分で届けろって言ったのに……帰ってきたと思ったら、力が使えなくなったとか言うし……なんなんだよ一体……」
そして、独りごちるシアンのその言葉に足を止めた。
「……待て。そのやり取りをしたのはいつの事だ?」
「え? いつって……正確には覚えてないけど、お前達が創世力を使ってから、大体数十分くらい後――――」
聞いた瞬間、リカルドの目に生気が戻った。
シアンが言い切るのを待たず、リカルドは彼の両肩を掴んで問う。
「教えてくれ。お前に武器を渡した後、あいつは何処へ行った!?」