01.「初めまして」の再会

陣を抜け、ひたすら走り続けること暫く。
ハスタが追ってきていないのを確認して、スパーダは足を止めた。

戦場と陣での戦闘から休む間もなく走ってきたせいで、皆息も絶え絶えになっている。

「こ……ここまで来りゃ安心だろう……」

「はぁ……しっかし、なんなのあいつ……?」

「リカルドくん?」

「ちっがうわよ!! あの気持ち悪いヤツっ! あ〜、鳥肌立ってきた……」

「ヘンなヤツだったなー。イリア、怯えて震えてたぞ、しかし」

「でも……なんだろうな……あのハスタって奴、初めて会った気がしねーんだ」

「ってことは、あの人も転生者なのかもね。またアスラくん絡みの関係者かな?」

あんなおかしな人との縁なんて冗談じゃない、と顔で訴えているルカに、追いかけてきていたらしいチトセが呼びかける。

「ルカくん! 行ってしまうの?」

「ああ、うん……逃げるなら今しかないと思うから」

「あれ、このまま逃げる流れなんだ?」

「そりゃーここまで来たら逃げるでしょ。わざわざ戻る理由も無いし」

「ま、一応の仕事は果たしたしな。グリゴリの見張りとやらも今なら居ねぇみたいだし」

後方でそんなやり取りをする三人には気付かず、ルカとチトセは別れの挨拶を交わす。
一緒に来るかというルカの誘いを、チトセは感謝しつつも断った。

が、

「!?」

「ちょっ……!」

「わぁ」

「は……はあああああああああ!?」

やっと嫌いな相手が居なくなるとイリアが喜んだのも束の間、チトセがルカの唇に口付けたせいで、現場は騒然となった。

チトセに頭を掴まれているせいで逃げることも出来ないルカは、せめてもの抵抗なのか、じたばたと手足を動かす。

「ああああああああああんた、なにやってんのよ!!」

「きっとまた会える……これはそのおまじない。じゃあね、ルカくん」

絶叫するイリアなど意にも介さず、チトセは相手を魅了する可愛らしい微笑みを見せて、満足したように去って行った。

ヴィスにはその微笑みは恋する乙女のソレに見えたのだが、イリアには勝者の嘲笑にでも見えたのだろう。じわじわと彼女から怒りのオーラが滲み出してくる。

「あ〜、コホン。ルカさん?」

「へ? …………あ! いや! きっと今のは、そのぅ……お、お別れの挨拶みたいなもので!」

「ま、それについちゃ俺は別にどーでもいいんだがよ。そろそろ行こうぜ」

「おほほほほ! そうですわよね〜。参りましょうヴィスさん、スパーダさん。──あ、おたくはルカさんでしたっけ? 今のご婦人を追っかけてってもよろしいですのことよ?」

「イリア……その口調、すごく不自然だよ。さっきのキス、深い意味は無いんだってば……たぶん」

「いやぁ、どう見ても特別な感情が含まれてたよねあれは」

「しっ、やめとけよ。巻き込まれるぞ」

「それともイリア、もしかして……ヤキモチ?」

ルカのその余計な一言で、イリアの笑いがピタリと止んだ。

スパーダが「あちゃあ〜」という顔で額を押さえ、危険を察知したヴィスは静かに避難する。

「……ルカく〜ん、目を瞑って歯を食いしばりなさい? 一応、お祈りも忘れないでね〜?」

「はひ? え……なに?」

相手の地雷を踏んだ自覚が無いらしいルカに、イリアは渾身のビンタをお見舞いした。

転生者の本気の平手打ちはさぞ痛かろう。
ルカの身体は勢いのまま地面に転がり、イリアは鼻と足を鳴らして大股で先に行ってしまう。

「……ルカくん大丈夫? 生きてる?」

「バカだねぇ〜お前。ほら、グズグズしてると置いてくぞ」

「う…うん……ちょっと待ってよぉ……」

目を回しているルカはそのままフラフラと立ち上がり、覚束ない足取りで歩き始めた。
イリアは既に森を抜けており、追い付いてきた三人──のうち一人を見て、ぷいと顔を背ける。

「で、これからどうするよ? 異能者捕縛適応法で捕まった以上、家には帰れないしな」

「じゃあ、当初の予定通り聖都ナーオスに向かいましょうよ。他に手掛かりもないしさ」

「ナーオス? って何処か知らないけど、そこに何かあるの?」

「なんでも、どんな重い病気や怪我でも瞬時に治せる人が居るみたいなのよ。転生者かもしれないでしょ?」

「あれ、イリアちゃん達は転生者を探してるの? 創世力を探してるんじゃなかった?」

「最終目標は創世力だけど、どこにあるのか見当もつかないし。だから、それを知ってそうな人を探そうって話になったの。創世力は天上界にあったって話だし、転生者なら居場所を知ってるんじゃないかなって」

「あー、なるほどね〜。じゃあ行こっか」

と言ってヴィスは歩き出したが、数歩行ったところで誰もついてきて居ないことに気付いて足を止める。

「行こっかって……あんたもついて来るの?」

「え、ダメだった?」

「ダメじゃないけど、あんたは創世力を探してるって訳じゃ無いんでしょ? あたしたちの前世の知り合いって訳でもないみたいだし」

「うーんと……でもほら、俺も行く宛て無いし、一緒にあちこち旅してれば記憶も取り戻せるかなーって」

「だとよ。そういう事ならいいんじゃねぇの? 味方は多いに越したことねぇし」

「ま、別に反対する理由もないし、ヴィスが来たいって言うんならそれでいいけど。ルカもそれでいい?」

「え? あ、うん……」

「何よその気のない返事。さっきの事ならもういいわよ、今回は水に流してあげる。さてと、ここからナーオスへ向かう道は……」

と、イリアとヴィスは先に歩き始めたが、ルカはその場に立ち尽くしたまま動かなかった。

まだ先の事を引き摺っているのだろうかと、見かねたスパーダがその背を叩く。

「なーに辛気臭ぇ面してんだよ」

「ごめん……ただ、思ってたのと違うなぁって……」

「あん? 何の話だよ」

「ずっとアスラに憧れてたから、それが僕の前世だったのは嬉しいけど……良いことばかりじゃないんだなぁって」

「まぁな。でもよ、悪いことばっかってわけでもねぇだろ? 転生者じゃなきゃ、今こうして一緒に居ることも無かったんだぜ」

「それはそうだけど……またこの先も、アスラを憎んでいる人に出会って襲われるのかと思うと……」

「そうなったら、その時は俺がお前を守ってやるよ。自力で歩くことも出来なかった前世と違って、今の俺には手も足もついてる事だしな」

「あはは、何それ」

「ヴィスの野郎に言われたんだよ。前世と違って手も足もついてるんだから、ルカの為に出来ることは幾らでもあるだろって」

「ヴィスさんが? あの人、自分以外の前世のことについてはよく憶えてるんだね」

「みてぇだな。しっかしよぉ、なーんかあいつ、どっかで会ったことあるような気がすんだよな」

「あ、ほんと? 僕もなんだか既視感みたいなものは感じるんだ。でも、全然思い出せないや」

「お前らのことはすぐ思い出せたのにな。知ってるけどそんなに深い関係じゃなかったって事か?」

「どうだろう? 本人の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし、いつか思い出せるといいけど……」


──でも、なんでだろう。
深く考えようとすると、胸がざわつく。


思い出せないというよりは、思い出したくないような、思い出してはいけないような、そんな気がする。


「おーい! 二人とも、何やってんのよ? 置いて行くわよ!」

「あっ、うん! 今行くよ!」

まあ、今ここで考えていてもしょうがないか。

ルカはそう自分を納得させて、手を振るイリア達の元へ、スパーダと共に駆け出した。
目次へ戻る | TOPへ戻る