01.「初めまして」の再会
もくもくと立ち上る黒い煙を背景に、周囲の木々から一斉に鳥が飛び去っていくのを、二人は呆然と見つめる。「……えーっと、ちょっとやり過ぎじゃない?」
「いや俺じゃねぇよ! あの方角、俺達の陣じゃねぇか!?」
「ちょっと、何よ今の音!?」
「うわっ、燃えてる!?」
走ってきたイリアとルカも加えて、五人は駆け足で王都軍の陣へと戻った。
テントの屋根が見える距離にまで来て、その惨状に皆が息を呑む。
炎に包まれた拠点の中、ルカ達と共に運ばれてきた物資は尽く破壊され、兵士達も血を流してあちこちに倒れていた。
ガラム兵の奇襲だと声を張り上げて数少ない生存者に知らせていた男も、それが仇となって狙撃されてしまう。
次の標的にならないよう地面に伏せたルカ達の傍に、生き延びていたらしい指揮官の男が滑り込んでくる。
スパーダはそんな皆の前に一人立ち、剣で弾丸を弾き落とした。
「貴様、実弾を刀で弾くとはなかなかの技量だな! 褒めてやる!」
「ガラム兵は撤退したんじゃないんですか!?」
「いや、小賢しいガラム兵どもめ、撤退に見せかけて伏兵を置いたらしい。まんまと本陣への奇襲を許してしまった。まったく、我が軍の歩哨共は何をしとるか!」
「今はそれどころじゃないでしょ〜、このままじゃ全滅しちゃうよ」
負傷者の救護をするにしても、撤退するにしても、狙撃手に狙われている状態では身動きが取れない。
とはいえ、周囲を森に囲まれているせいで、どこに敵が潜んでいるのか見当もつかなかった。
「消火作業、概ね終了! これより奇襲兵の討伐に……」
「バカ者! 伏せんか!!」
「が……ッ!?」
「見えた! そこだなッ!」
指揮官の忠告も虚しくまた一人兵が犠牲になったところで、スパーダが茂みに向かって駆け出す。
彼が避けているのか、はたまた敵がわざと外しているのかは定かではないが、威嚇のように飛んでくる銃弾はその身体に掠ることもなく地面に埋まった。
一閃。スパーダの双剣が茂みを切り裂くのと、そこから人影が飛び出してくるのは同時だった。
炙り出された黒衣の男性は落ち着き払った様子で銃を構え直し、スパーダと対峙する。
「へっ、敵の本陣で単独行動たぁ、いい度胸じゃねぇか!」
「仕事の邪魔だ、消えろ」
「好き勝手はさせないわよ!」
スパーダと男が交戦を始めたのを見て、イリアとルカも立ち上がり加勢する。
ヴィスは念の為に陣の周囲を天術で作った土の壁で囲み、他の伏兵が潜んでいないか確認。
「……うん、大丈夫みたい。撃って来てたのはあの人だけだね」
「おお、よくやった! 今のうちに負傷兵の救助を……!」
「ルカくん、気をつけて……!」
指揮官とチトセが方々に散らばっていくのを見ながら、さて自分はどちらを手伝うべきかとヴィスは視線を彷徨わせる。
(奇襲とは言え、たった一人でここまでやるなんて……軍服は着て無いし、あの人が指揮官の言ってた転生者の傭兵かな?)
男はルカ達三人を相手に互角以上に渡り合っていた。子供ではあれどルカ達も転生者、並の兵士よりは強い筈なのだが。
まぁ、下手に手を出して邪魔になっても困るし、ピンチになったら助けに行けばいいかと、男はルカ達に任せて、ヴィスも負傷者の救護に回る。
殆どは手遅れだったが、息のあった者を何人か助け起こして損傷の少ないテントへと運び、治療に当たるチトセを手伝った。
「ね、君ってやっぱりサクヤちゃんなの?」
「え? ……どうしてそれを? ルカくん達の前世はなんとなくわかるけど、私、貴方のことは憶えてないわ。センサスの人?」
「ああいや、そうじゃないんだけどね。ほら、サクヤちゃんもアスラくん達と同じくらい有名人だったから、一方的に知ってるってだけだよ。驚かせてごめんね」
「そう……でも、そんな人がどうしてルカくん達と一緒に?」
「あー、それは成り行きというかね。研究所からここまで、殆ど強制的に連れて来られたわけだし」
「それなら、貴方も教団に入信すればよかったのに。本当なら、ルカくんにも入って欲しかったけど……」
「俺、教団のことまだよくわかってないんだけど、リーダーのマティウスさん? ってどんな人なの? 創世力を探してるってほんと?」
「ええ。マティウス様は創世力を使ってこの世界を救ってくださるの。ルカくん達も探してるみたいだけれど……あの女にはもう二度と……」
──ああ、もしかすると、この子はあの時の事を憶えているのかな。
忌々しげな顔で奥歯を噛み拳を握りしめたチトセを見て、ヴィスも視線を落とす。
チトセはそれ以上は語らずに、その憎しみや後悔を振り払うように頭を振った。
「とにかく、あの女に創世力を渡す訳にはいかない。創世力はマティウス様が使うべきよ」
「う〜ん、俺はもう誰もアレには近寄らない方がいいと思うんだけどなぁ」
「どうして? 創世力は素晴らしい力よ。あれさえあれば、今のこの滅びゆく世界を救うことだって出来るって、マティウス様も仰っていたわ」
「でも、世界がこんなになっちゃったのも創世力のせいだよ?」
「それは使い方を間違えたせいでしょう? マティウス様は間違えたりしないわ」
「俺にはなんとも言えないけど……チトセちゃんはそのマティウスさんを信頼してるんだねぇ」
「当然よ。だってあのお方は……」
「おい! そっちが終わったのならこっちを手伝え! 無駄話をしとる場合か!」
チトセの言葉を遮って指揮官のごもっともな叱責が飛んできたので、ヴィスは会話を打ち切ってそそくさとテントを後にした。
残っている生存者を運んでこようと思っての事だったが、話している間に指揮官や他の兵があらかた運び終えていたようだ。
陣の中をぐるりと回ってそれを確認したヴィスは、ついでにルカ達の方を見に行く。
三人と一人は未だ戦闘を続けていた。ルカ達に大きな怪我が無いのは幸いだが、相手の男もそれは同じ。
どうやら膠着状態に陥ってしまっているようだ。涼しい顔の男に比べ、ルカ達の顔には疲労の色が浮かんでいる。
「こいつ強ぇえ! 多分、俺達よりもずっと……!」
「そこの大剣の少年。その太刀筋……憶えがあるな」
「僕の太刀筋を……憶えてる? もしかしてあなたは……」
「──あ、思い出した! 貧乏くじの死神さんだ〜!」
そろそろこちらの助っ人に入るかとルカ達の隣に並んだヴィスは、男を指してそう言った。
人差し指を向けられた男は、不服そうな顔でそれを見る。
「さっき声聞いた時、な〜んか聞き覚えがあるなぁ〜と思ってたんだよね。いやースッキリ」
「……誰だ貴様は」
「名前はなんて言ったっけ? ヒュで始まる事は憶えてるんだけど……」
「無視か」
「──ああ! こいつ、ヒュプノスか! 死神ヒュプノス! ルカ、憶えてるか?」
「うん……っていうか、でも、あの、その……」
死神ヒュプノスはアスラが討ち取った敵軍ラティオの将軍だ。
名も知らぬ兵ですらあれだけの憎しみを向けて来たというのに、己が直々に屠った相手などと対面してしまえばどうなってしまうのか。
ルカは青ざめて数歩後退ったが、その怯え様を見た男は向けていた銃口を下ろした。
「勘違いするな、お前などに興味は無い。俺はただ俺の仕事をこなすだけだ」
「仕事って……?」
「この野営地奇襲の目的は、食糧の焼き討ち。そして、正規軍指揮官の暗殺。戦場からガキや女を追い払うのは俺の契約に入ってはいない。死にたくないなら何処へでも消えろ」
「待って待って! じゃあさ、前世の恨みで銃を向けてんじゃないのよね? だったらさ、あたしたちの話聞いてもらえない?」
「断る。ガキとのお喋りは仕事に入っていない。俺は仕事熱心だが、残業は嫌いな質でな」
そう言って、男は下げていた銃口を再びルカ達に向けた。
取り付く島もない様子の相手にイリアは天を仰いだが、
「な〜どという緊迫した雰囲気など全く気にせずに登場するこのオレさま! ヒーハー!」
というふざけた台詞とイカれた声を聞いて、直ぐ様正面を向いた。
他に伏兵は居なかった筈だし、周囲は壁で囲ったままだというのに、一体どこからやって来たのか。
戦場には似つかわしくない派手な服装に長い槍を携えた男を、ヴィスが訝しげに見つめる。
「やあやあ。こんちこれまた、楽しそうでゲスなぁ。こういう楽しそうな光景に嫉妬の念を覚えちゃうこのオレとしては、全てをぶち壊したくなるわけでして!」
「なにこいつ! あんたの知り合い?」
「……ハスタ、貴様は今回の奇襲作戦、メンツに入っていなかった筈だが?」
「おーっと、人様の口上を遮る礼儀知らずのバカはっけ〜ん! 罰として殺しちゃっていい?」
目の前の子供たちよりも背後の同業者の方が脅威だと認定したのだろう。
男はルカ達に背を向けて、ハスタと呼んだ男に向き直る。
「貴様、何が目的だ? 略奪か?」
「え〜、さてさて問題です。このハスタ様はここへ何をしに来たんでしょ〜か? 1ば〜ん、お花を摘みに! 2ば〜ん、夜空が綺麗なのでお散歩! 3ば〜ん、奇襲部隊への伝令!」
驚きやら戸惑いやら呆れやら得体の知れない恐怖やらで物が言えなくなっているルカ達の代わりに、その問いに答えたのはコーダだった。
3番と答えたコーダに対し、ご機嫌な様子のハスタは槍の矛先を男に向けて声高らかに叫ぶ。
「ぶっぶ〜! まだ問題の途中で〜す。正解は4番! 手応えのないザコ殺しに飽きて、そこのリカルド先生にお相手頂こうと刃物持参で表敬訪問、でしたっと!」
「傭兵部隊の面汚しめ……いいだろう、憲兵に代わって、このリカルド・ソルダートがお前にお灸を据えてやろう」
「あ、現世だとそんな名前なんだね〜」
「……行けガキども。早死にしたくはないだろう」
「は、はいっ、すみません! ではッ!」
狂人の相手はしたくないと言わんばかりに、ルカ達は足早にその場を後にする。
殿も兼ねて最後尾についたヴィスは、やがてその姿が見えなくなるまで、ハスタとリカルドの戦いを眺めていた。