02.温情の雪は水に溶ける

「……結婚を申し込まれました」

「えっ」

「マジッスか?」

「……ユウナの使命を知っているはずだが」

「勿論。ユウナ殿の……いえ、召喚士の使命はスピラに平和と安定をもたらすこと。
しかしシンを倒すことだけが全てではありますまい。シンに苦しむ民の心を少しでも晴れやかに……それもまた民を導く者の務め。私はエボンの老師として、ユウナ殿に結婚を申し込んだのです」

「スピラは劇場ではない。ひとときの夢で観客を酔わせても、現実は変わらん」

「それでも舞台に立つのが役者の務め。……今すぐに答える必要はありません、どうかじっくり考えてください」

「そうさせてもらおう、出るぞ」

「ユウナ殿、良い返事をお待ちしております」

未だ顔の火照りが冷めやらぬ様子のユウナは先んじて部屋を出て行った。それに皆も続く。
そうして去っていこうとするアーロンの方を見て、シーモアが最後に告げた。

「……何のために留まっているのです?」

アーロンは顔をわずかに動かしたが、何も言わずにそのまま黙っている。

「これは失礼。我々グアドは、異界の匂いに敏感なもので」

言葉を聞いていたのはユノとティーダだけだったが、どちらにもその言葉の意味は分からなかった。
ティーダはアーロンに近づいてその匂いを嗅ごうとするが、本人はそれを押しのけて行ってしまう。

「大召喚士の娘ユウナと、グアド族の族長シーモア……その2人がエボンの名のもと、種族の壁を越えて結婚、か。確かにスピラにとって明るい話題になるわね」

「でもよ、ホントひとときの夢って感じだよな」

「……っていうかさ、早く旅の続き行かない? 冗談キツイっすよ」

「あ、やきもち?」

「違うって! シンを倒すのが一番、それ以外は後回しだろ?」

「余計なことに巻き込まれちまったよな……」

「余計なこと……なのかな」

皆がいまいち乗り気ではない様子の中で、当人のユウナがそれとは逆の意見を口にする。
それはつまりそういうことで、やきもちではないと言いつつ明らかに気にしている様子のティーダは目を見開く。

「こういうことって、今まで想像したこと、なかった。だから良く考えて返事したいの」

「マジッスか!」

「結婚して旅をやめちゃうのも、アリだと思うなあ」

「旅は……続けるよ。シーモア様も、きっと解ってくれると思うな」

「うん……そうだね」

「私、召喚士だもん。シンを倒すって決めたんだから」

「……ブラスカと同じようにな」

アーロンの言葉にユウナがしっかりと頷く。
さっきからマジッスか! を繰り返してばかりのティーダは、何か言いたそうにユウナを見つめていた。

「わたし、異界に行ってくる。異界で父さんに会って、考えてみるね」

「そうね、気が済むまで考えなさい」

ユウナは立ち上がり、グアドサラムの中にある異界の入り口へ向かう。
ティーダはしばらくその場に立ちすくんだまま、その背中を眺めていた。






冷たい霧と幻光虫が漂う異界の入り口。
話では聞いたことはあったものの実際に見たことのなかったユノは、浮世離れしたその光景に息を呑んだ。

「質問ッス! 異界のことなんだけどさ、誰かが死んだら召喚士が異界送りにするんだろ? んで死んじゃった人の魂は、異界に行くんだよな? でさ、これから行くのがその異界? そこにはユウナのオヤジさんがいる? 要するに、死んじゃった人が住んでんのか?」

「ま〜たヘンなこと考えてんだろ?」

「テヘヘヘ……」

「ま、行けば分かるさ」

前から不思議に思っていたが、ティーダは随分と世間に疎いように思う。

召喚士の旅のことにしても、今のやり取りにしても、一般常識と言っていいレベルの知識すら彼は持っていない。
難なく読み書きが出来ているところを見るに、単に教養が無いという事では無いと思うのだが、何か理由があるのだろうか。

今度機会があれば聞いてみようかなと考えながら、ユノは皆と共に異界への階段を登った。

境界を越えると風景は一変し、夢のような世界が広がる。
遥か遠くに浮かぶ月や彼方から彼方へと流れる滝、静かに漂う幻光虫の光に見とれながらゆっくりと奥へと歩いていくと、目の前に懐かしい人物が現れた。

「……キーラ、リリー……!」

懐かしい2人の姿に、それが幻だとわかっていても熱いものがこみ上げた。
零れそうな涙をぐっとこらえて、真っ先に2人に謝る。

「ごめん、俺の……俺のせいで、こんな……俺がそっちに行くはずだったのに、ほんとに、本当に……ごめん……」

2人から返事が返ってくることは無いが、それでも言わずにはいられなかった。
傍に来たティーダが不思議そうにそれらを見る。

「誰ッスか?」

「……俺の、幼馴染み。ガードだった……」

「あ……そっか。こんな人だったんだな、なんか仲良さそう」

「うん、2人とも明るくて……いっつも俺のこと元気付けてくれて……笑わせてくれて……キーラは、ちょっとティーダに似てるかも」

「俺? そーかぁ?」

「外見じゃなくて……んーと、中身が」

「ああ、なるほど? こっちの女の人はなんか、リュックっぽいな」

「うん、そうかも。そんな感じだった。……俺にいっぱいしてくれたのに、俺は何も返せなくて……」

思い出せば出すほどに胸は痛み、笑いかける幻影に視界は霞む。
生きているんじゃないかと期待していた訳ではないが、こうして異界の淵で宙に浮かぶ姿を目の当たりにすると、死んでしまったんだということを改めて実感してしまう。

そこでふとあることに気付く。

「……異界送り……」

「ん?」

「……そうだ、俺、異界送り……キーリカで2人が死んで、でも俺、送ってなくて……」

異界送りされなかった人の魂は魔物となる。つまり異界には居ないはずなのだが。
どういうことなのかと困惑する自分に、ティーダはしれっと答えた。

「ああ、それならユウナがやってたッスよ」

「……ユウナ、が?」

なるほどそれでか。
納得したと共に、ちゃんと送られていたことを知れたユノは安堵した。

ユウナにお礼を言わなければと彼女の姿を探すと、相手は両親の幻と話をしており、今行くのは悪いかと、それが終わるまで自分もかつてのガートに喋り続けた。
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