02.温情の雪は水に溶ける
「お待たせしました! シーモア老師に返事をしに行きます」ユウナの気持ちが固まって、散り散りになっていた皆が集まって異界を離れる。
外では何故か中については来なかったアーロンとリュックの2人が待っており、ユウナを見ると腰を上げた。
結局どちらにしたのだろう。聞きたいけれど聞いてもいいだろうかとユノが迷っていると、後方でグアド族の男が声を上げた。
「ジスカル様!?」
振り向くと、そこには異界の入り口で彷徨っている先代の亡き老師が居た。
その体は半透明に透き通り、幻光虫を溢れさせている。
「おお……ジスカル様」
「迷って……いるようだな」
「どうして……」
「送ってやれ」
ユノより先にユウナが進み出て、ジスカルの前に膝を着いて悲しげに名前を呼ぶ。
もうジスカルではないと言うルールーの言葉に、ユウナは静かに異界送りを始めた。
その舞に促されて、ジスカルが逝くべき場所へと消えていく。
「話は後だ、ここを出るぞ」
アーロンを先頭に、一行は動揺するグアド族の合間を縫ってグアドサラムへと戻る。
ただその時、ユウナが足元から何かを拾い上げて懐に入れたのを、ユノは見逃さなかった。
「さっきの、どういうことだ? 何でジスカル様が?」
「ジスカル様ほどのお方が、送られずに亡くなるなんて……」
「異界送り、されたのかもしれないわ。それでも……スピラに留まった。強い、とても強い思いに縛られていたら、そういうこともある……らしいわ」
「反則だよねえ、それ」
「まともな死に方をしなかったということだな」
何を拾ったのだろう、何も言ってこないということは、聞くべきではないのだろうか?
皆の会話よりそちらの方が気になってユノはじっとユウナを見るが、相手は気付いてはくれない。
「私、シーモア様に会って来ますね」
「ユウナ! ジスカルのことはグアドの問題だ。お前が気にすることはない」
アーロンの言葉に何も返さずに、ユウナは一人屋敷の中へと入っていった。
さっきまで晴れやかでもあった表情が一片して暗くなった彼女の心中を思うと、彼女が決めることだと理解していても、気の進まない事はやめたほうがいいと言いたかった。自分が口を挟むことなど出来そうにはないけれど。
「結婚かぁ〜、そうだよね、ユウナってもうそういうことしてもおかしくない歳だもんね」
「……そういえば、リュックって何歳……って、聞いても、よかった?」
「聞かれて困る歳じゃないよ、ピッチピチの15歳でーす。ユノは? あたしと同じか……ああ、でも背は割とあるし、ユウナくらい?」
狙いは悪くないだろうと自信有り気な顔で言って来るリュックに、悲しいと共になんだか申し訳なくなりつつも、ユノは首を横に振った。
「20」
「……え? えええええー!?」
「……そ、そんなに見えない……かな」
「うん、ごめん、見えない」
断言されてがっくり肩を落とす。
まだ年齢を若く見られて喜べるような歳ではない。
「なぁ、シーモアもうここには居ないってさ」
「え? なんだそうなの?」
「マラカーニャ寺院へ行ったんだって」
「マカラーニャ寺院だ」
ワッカに間違いを指摘され苦笑しつつ、ならユウナに知らせなければと屋敷の外からティーダが大声で名前を呼んだ。
「……にしてもよお、いくら老師様でも、何も言わないで行くなんてなぁ?」
「こーんなに早く返事されるとは思ってなかったんだよ」
「あ、そうだなきっと」
リュックの言葉に納得するワッカの隣で、屋敷から出てきたユウナはさっきよりも暗い面持ちで俯いていた。
アーロンに何かあったのかと問われて、何も、と否定したが、誰がどう見ても何もなかったようには見えない。
それでも頑なに真実を話そうとしないまま、シーモアが移動したと聞いたユウナは行きましょうと歩き出した。
問いただす訳にもいかず、ユノたちは何も言えないままその背中について行った。
分厚く黒い雲が日光や青空を全て覆い隠し、遠く続く平原には時折光の矢が落ちる。
「あ〜あ……来ちゃったよ……」
雷平原というその名に相応しく雷鳴が轟くその道の出発点で、リュックは弱弱しく呟いた。
分厚い雲に覆われた空が明滅し、轟音と共に地に落ちる雷に、リュックが耳をふさいで縮こまる。
「きゃああっ!?」
「……雷、もしかして、苦手?」
「ユノ平気なの〜!?」
「うん、来た事あるし……こういうのは、大丈夫」
「どうやって進むんだ、ここ」
「あちこちに避雷塔が立っているわ、雷は避雷塔が受け止めてくれるってわけね」
「避雷塔から離れすぎず近づきすぎず、北へ進め、だな」
「何もない広い場所は危険ってことよ」
再び雷鳴が轟いて、リュックが一段と大きな悲鳴を上げる。
いつもは強気な彼女も、今だけは歳相応のか弱い少女に見えた。
「ちょ〜っとだけ、グアドサラム戻る?」
「短い付き合いだったな」
「あ〜……分かったよ、行くよ!」
「大丈夫だよ、ルールーさんとワッカさんの言ってた通りに進めば、当たったりしないから。……がんばろ?」
ユノが手を差し出すと、リュックが震える手でそれを握り締める。
少しは役に立てたようで良かったと笑みながら平原を歩き、順調に中間あたりまで進んだ。
だがそこで近くの避雷塔に雷が落ちたことによって、再びリュックの足は止まってしまう。
「お〜! 近い近い! うははははは〜!」
「さっさと行くわよ」
「へいへい」
「へへへへ……」
「……リュック?」
突然妙な笑いを漏らし始めたリュックに、もしかして精神がイカれてしまったのかと危ぶんで顔の前で手を振ってみた。が、残念なことに相手は空ろな目で笑うばかり。
そこにトドメと言わんばかりの轟音が響いて、リュックは絶叫してユノに飛びついた。
「いぃやぁああ〜〜っ!? やだ〜! もうやだ〜! 雷やだ〜!! そこで休んでこ! ね? ね?」
震える指で必死に近くの小さな宿を指差すリュックに、ユノはどうしたものかと皆を見る。
「ここの雷はやむことがない、急いで抜けた方がいい」
「知ってるけどさ〜! リクツじゃないんだよ〜!」
「だってさ、どーする?」
「頼むよ〜! 休んでこうよ〜!」
泣き叫ぶリュックを非情にも無視して先を行く一行。すがりつかれたユノは身動きが取れないまま焦る。
このまま置いていかれると自分もマズいのだが、彼女を放っていくことも出来ない。
「雷はダメなんだよ〜! 休もうよ、ね? お願い!」
「こんなにヤだって言ってるのにさあ……ヒドイ……ヒドイよ……血も涙もナイよ……」
「もしかして、楽しんでるー?」
どんどん遠くなっていく皆に、リュックがひたすら叫び続ける。
「……止むを得ん、休むぞ。うるさくてかなわん」
「よかったね、リュック」
「最初っからそうしてよ〜!」
疲れきっているリュックを支えて宿へ入る。
音はまだ聞こえるわけだが、雷の直撃を受ける可能性のある外に比べれば、精神的にはかなり楽になったのだろう、リュックはほっと息を吐いた。
「少し……疲れました。お部屋はありますか?」
「あっ、召喚士様ですね。どうぞあちらを使ってください」
「有難う御座います」
仲間には何も言わずに、店員に案内された部屋へと黙々と歩いていくユウナ。
いつもなら一声かけていくのに、珍しいというか、らしくないユウナを皆が心配そうに見送った。