05.夢の跡 君は彼方へ
咆哮と共に起き上がるシン。その巨体はゆっくりと宙に浮いて、ベベル宮の頂上に静かに着地する。
「ジェクトは……待っているようだな」
再びブリッジに集まった一行は、そこから見える彫像のようなシンの姿を見た。
「オレたちゃどうすればいいんだ。言っとくが、もう援護はできねえぞ」
「もう、どうもこうもないだろ。……正面から行く」
ティーダは仲間たちと目を合わせる。
それに応えるように、仲間達も彼を見る。
ユノのほうを見たティーダは、何かを危ぶむような、心配そうな顔をしていた。
彼は次いでアーロンの方を見た。
アーロンは軽く首を横に振る。
するとティーダは再びユノに向き直って、申し訳なさそうに眉を下げる。
一連のやり取りの意味が分からずに、ユノはきょとんとして2人を見るが、答えは返ってこなかった。
「おっし、ヤツの口の正面につけろ! ちっとでもズレたら、その髪の毛むしってやるからな!」
「まかせろ、オレに。送って……やる、間違い……ない、ッス」
覚えたてのぎこちないスピラ語で、操縦士のアニキがシドに、皆に返す。
語尾が特徴的なのは、ティーダの影響だろうか。
「また甲板から飛び移ろう!」
「父さんたちの願い……叶えに行こう!」
希望に満ちた皆の顔。
覚悟を宿した者の顔。
「行くぞ!」
「おう!」
「待ってろよオヤジ!」
甲板に出てティーダ達はシンと真正面から対峙し、大きく開かれたその口に吸い込まれるがまま飛び込んでいった。
シンの中は、体内、というよりは、異空間、といった印象を受けた。
果てしなく広がる七色の空に、流れ星のような光の線。
淡く立ち込める霧や、足元に広がる水面は、どこか異界を思わせた。
不気味だけれど、とても幻想的でもあって、不安と感動が同時に湧き上がる。
「オヤジ! どこにいる!」
「こちらから出向くしかあるまい」
「前進あるのみ! 道案内はまかせてくれ」
「任せるよ」
「行こう!」
先陣を切ってティーダが一歩を踏み出す。
道という道はなく、ただ点在している紋章と、遠くに見える階段だけを道標に、一行は進んだ。
「……ねぇ、ユノ。ベベルでの祈り子様の言葉、覚えてる?」
その途中で、ユウナがそう切り出す。
「? えっと……どの言葉?」
「協力するから、戦う時は喚んで欲しいって」
「あ、うん。覚えてるよ」
「それがね、ずっと引っかかってて。協力するって、今までだって戦う時は協力してくれてたのに、なんでわざわざ言ったんだろう……って」
そう言われれば、確かに。
自分はそこに含まれる意味など、気にも留めていなかったが。
「何か、特別な意味がある……のかな?」
「……私たちが召喚獣を喚べば、きっとエボン=ジュはその子に乗り移る。そうすると、その子は小さなシンになる。シンになっても、究極召喚じゃない普通の召喚獣なら、それほど苦労せずに倒せるかもしれない。どれだけエボン=ジュがしぶとくても……短期間に何度も宿主を倒されれば弱っていく。祈り子様は、それを言いたかったんじゃないかな……」
「そっか、確かにそれなら、最終的にはエボン=ジュも倒せ……あれ?」
ユウナの言葉に喜びかけて、ユノはふとそこにある恐ろしさに気付く。
エボン=ジュが乗り移ってシンになる。
シンへと造りかえられた存在は、ジェクトがそうであるように、元には戻せない。
「……え、待って、そんな、それじゃ……」
それはつまり、召喚獣を、今まで自分たちに力を貸してきてくれた仲間を────
自分たちの手で殺める、ということ。
「……そんな、やだよ。白帝、どうして黙ってたの。ねえ、白帝!!」
どこかに居るはずの相棒の名を、悲痛な声で叫ぶ。
前を進んでいた仲間達が、その声に足を止めた。
「なんで、どうして何も言ってくれないの。俺やだよ、そんなの、戦いたくないよ。だって、今まで、ずっと一緒に、生きてきたのに……!!」
一番最初に召喚した召喚獣が、白帝だった。
まだ幼なくて、実物を見たこともなかった俺は、最初にその姿を見て腰を抜かしてしまって。
怖くて恐くて、逃げ出してしまいそうだった己にゆっくりと歩みよって、その頬に流れる涙を舐め取ってくれた。
あの時の感触を、温かさを、今でも覚えている。
「やだよ……そんなのやだよ……!」
「ユノ……」
『それが僕達の望みなんだ』
目の前に、祈り子様が現れる。
白帝の元になった祈り子様ではない。
ベベルで会った、あの子供だ。
『キミの大切なあの子も、そう望んでる』
「どうしてそんな……!」
『死の螺旋から抜け出すには、それしかないんだよ。別れるのは辛いかもしれないけれど……せっかく彼が覚悟してくれたんだ、僕達はそれに報いたい』
────彼の、ティーダの覚悟。
犠牲ではないと言った彼の言葉が脳裏に蘇る。
『……それにね、僕達だって、終わらない夢を見続けるよりも、前に進んでみたい。だから……どうか泣かないで。きっと、悲しいことばかりじゃないから……』
祈り子様は穏やかに笑みを形どって、ゆっくりと霧の中へ溶けていった。
ユノは俯いていた顔を上げ、手を取るユウナと共に仲間の元へ進む。
「2人共どしたの? 大丈夫?」
「……うん、ごめんね。大丈夫、だよ」
ユノは真っ直ぐに前を見る。
召喚獣を喚び出すための杖を強く握り込んで。
「……行こう」