03.焦がれ消えぬ漣
落ちる落ちる
落ちる
リュックとパインの声が、二人の姿が、光が、遠ざかっていく。
あっという間に、視界は真っ暗になった。
方向も、目を開けているのかどうかも分からなくなるような闇。
暫くそれが続いたかと思うと、懐かしい音と光が、目と耳に届く。
幻光虫。死した者の魂。
蛍のように飛び交うソレが奏でる不思議な旋律が、子守唄のようにユノを包む。
――――ああ、心地良いな。
このままこうして、闇に溶けて消えてしまいたい。
ここに居れば、もう悲しい思いをせずに済む。
怖いことも、辛いことも、この暗闇は全てから守ってくれる。
もう二度と会えなくなってしまった、あの心優しい召喚獣。大切な幼馴染。愛しい人。
ここでなら、ずっと一緒に居られる。
無理をして生きる世界より、安らかな死の世界に行きたい。
そう思うのに――――そう思う自分を心が咎めた。
(……そうだ。俺は……俺達は、その安息を拒む為に戦ったんだ)
死は救済だと、昔誰かが言っていた。
けれどそれを、自分たちは否定し拒んだ。そうして、生きることを選んだ。
たとえ辛くても、苦しくても、命尽きるまで進み続ける覚悟。
生きる覚悟
「――――――――っ!!」
自分で立てた誓いを思い出した瞬間、視界が開けた。
いつの間にか花畑に倒れていた身体を起こして、ユノは辺りを見回す。
遥か遠くに浮かぶ月。彼方から彼方へと流れる滝。夢と現の狭間の景色。
(ここって……異界? どうして……)
まさか死んだのかと焦って身体を確認してみたが、どこも透けてはいないし、幻光虫が身体から溢れたりもしていない。
となると、恐らくはあの穴が異界に繋がっていたのだろうが。上を見上げても、そこには幻想的な色味の空が広がっているだけ。
(ど、どうやって戻れば……ってそうだ、ユウナ!)
確か彼女も一緒に落ちたはず。となれば近くに居るはずだと、立ち上がり周囲を探してみると、歌姫のドレスを身に纏った見知らぬ女性と、ティーダが抱き合っている光景を目にしてギョッとする。
(ティーダ!? え、一緒に居るの誰……!? もしかして、あの人がレン……?)
「目を覚ませ!!」
突如聞こえたその声で、抱き合っていた二人は離れ、それぞれの姿がユウナとバラライに変わった。
何がどうなっているんだと、目を擦ってまじまじとそれを見ていたユノを、先程声を上げたヌージが小突く。
「どうしてあんたが此処に居る?」
「え、え? いや、ヌージさんこそ、どうして……」
どうやらギップルも一緒だったようで、彼はその場に頽れたユウナに駆け寄っていた。
ユノもヌージと共にユウナの傍へ行き、バラライは一人崖際へと歩いて行く。
彼が宙に手を翳すと、空間が歪み、渦のようなものが生まれた。
バラライはその渦の中に入って行き、ヌージとギップルがそれを追う。
「ま、待って下さい! 何処に行くんですか!?」
「こっちは任せてくれ!」
「あんたらは地上を頼む」
「頼むって……ギップルさんもヌージさんも、バラライさんの事だって、皆探してるんですよ!? それを放って行くんですか!?」
「フッ、島を放置して好き勝手にやっているあんたに言われたくはない――が、今回ばかりは認めよう。悪いが頼らせてくれ」
ヌージはそう言って、スフィアを投げて渡した。
ユノがそれをキャッチする横で、ギップルもユウナにスフィアを手渡す。
「パインに渡してくれ。結局、俺が見つけたのはそれだけだ」
「俺もそれだけ」
「な、何ですか? これ……」
「遺書さ」
「えっ!?」
「冗談だって。とにかく、パインに渡してくれ」
「どういう関係?」
「フクザツな四角関係」
「……は?」
ギップルは冗談めかして言って、結局ヌージと共にバラライを追って消えてしまった。
取り残されたユウナとユノは、困り顔で互いを見る。
「えっと……ユウナ、無事? 怪我とかしてない?」
「私は大丈夫。ユノこそ平気?」
「平気。……えと、さっき、ティーダみたいな人が見えた気がしたんだけど……」
「うん。でも……違うの。よく似てたけど……あれは、彼じゃなかった。別の人だったよ」
「え、そうなの? じゃあ、もしかして、これまでのスフィアに映ってたのも……?」
ユウナはこくりと頷いて、ガッカリだよね、と苦笑した。
本当は、こんな風に笑って済ませられるようなものでは無いだろうに。
ティーダにもう一度会えるのではないかと、その期待を胸にここまでやって来た彼女の苦労を思うと、ユノはやり切れない気持ちになった。
「それより、どうやって帰るか、だよね……」
「あ、うん。そうだね……どうしよっか……」
「とりあえず、適当に歩いてみる?」
ユウナのその提案を受け入れて、二人で異界を端から端まで歩いてみる。
だがどこに行っても崖があるだけで、底のなさそうな滝壺を見て落胆する。
もう戻れないんじゃないかと、諦めかけたその時。
「――――どこ!?」
突然、ユウナが顔を上げてそう言った。
「え? ど、どうしたの?」
「聞こえなかった? ――ほら! 呼んでる!」
「え? え? 何が?」
ユノには何も聞こえなかった。だが、ユウナは確かな足取りで、何かに導かれるように歩き出す。
半信半疑のままついて行ってみると、さっきまでは無かったはずの光の階段が、忽然と現れていた。
遥か上へと続いているそれに、ユウナは足を乗せて登り始める。
「これって一体……ユウナ、何が聞こえてるの? 誰に呼ばれてるの?」
ユウナは答える代わりに、組んだ指を咥えて息を吹きかけた。
すると、ピィーッと笛のような音が鳴る。
それは、ユウナとティーダの秘密の合図。
「……もしかして、ティーダ? ティーダが呼んでるの?」
ユウナは泣き出しそうな顔で頷き、ユノの手を引いて駆け出した。
(まさか。いくら異界だからって、こんなことが起こり得る筈が……)
異界に現れる死者は、訪れた生者の記憶から再現された幻に過ぎない。
もしユウナの見ているティーダがただの幻なら、指笛など聞こえるはずが無いし、こんな階段など作れるはずがない。
つまり、ユウナの見ているものは、異界が見せる幻などではない。
(……本当に、ティーダがそこに居るんだ……)
有り得ない、と思う反面、ティーダならそれくらいの奇跡を起こしても不思議では無いなと思った。
ユウナは必死に、ユノには見えないティーダの影を追いかける。
(……ティーダは、ずっとユウナの傍に居るんだな。見えなくなっても、ずっとユウナを見守ってるんだ……)
――――自分は、どうだろう?
あの人は、今も自分を見てくれているのだろうか。傍に居てくれているのだろうか。
ユノは遠ざかる異界を振り返った。
いくら探しても、望む人の姿はなく、どれだけ耳を澄ましても、声は聞こえない。
無意識に腰に伸びた手は、何も掴めずに空振った。
会いたい気持ちを慰めてくれていたスフィアも、今はもう無い。
(……今頃、ブラスカ様やジェクトさんと一緒に居るのかな。あの人が幸せなら、それでいい、けど……)
こんな風に、いつまでもずっと想い続けているのは、寂しいと感じているのは、自分だけなのだろうか。
あの人は、自分のことなど、もう忘れてしまったのだろうか。
「ユノ? どうしたの? 早く行こう」
「……うん、そうだね」
異界にも、地上にも。
あの人は、もうどこにも居ないんだ。
それを改めて実感して、ユノは戻る意義も見出せないまま、ただ足を動かしてユウナの後を追った。