01.ミッションスタート!
『ユ・リ・パ、レディ?』ライブドームと化したルカのスタジアムに、観客の歓声が木霊する。
いつかの少女は二年前と変わらぬ悪戯な笑みを浮かべて、暗闇の中囁いた。
『──ミッション・スタート!』
木材の道に青い海、点在する家の屋根から伸びる木に色とりどりの布。
橋の下を潜る渡し舟に、駆け回る子供たちの元気な声。
澄み渡る晴天の下に相応しいその賑やかな街は、かつてシンという脅威により破壊されたとは思えないほどに活気づいている。
水上の街ポルト=キーリカ。
豊かな自然と海に囲まれたその街には、今やスピラでその名を知らぬ者は居ないと言えるほどの有名人が住んでいる。
「あっ、大召喚士さま!」
走り回っていた子供達が、白いフードを被った人物に駆け寄る。
呼ばれた人物は足を止め、その小さな住人に微笑みかけた。
「こんにちは」
「こんにちは! ねぇ、今日は一緒に遊んでくれる?」
「うーん、そうだなぁ、今からちょっと用事があるから、それが終わったらね」
「わかった! じゃあまたあとでね!」
手を振る子供達に小さく手を振り返す、中性的な顔立ちのその人物を見て、道行く人々は皆うっとりと見惚れた。
海とも空とも取れる澄んだ青い瞳に、露になっている腕の真珠のような肌。
フードを外せば黒く艶やかな髪がさらりと流れ、花弁を思わせる唇は笑みを形作っている。
その美しさに魅了され、引き寄せられるように群がる男達。
「ユノ様っ! この前の話は考えていただけましたでしょうか!?」
「おいお前! 俺が先に話すんだぞ! ユノ様、こんな奴より俺のほうが貴方様のお力になれますっ!」
「お前らは後だ! 俺が先だ! ユノ様、どうか俺を貴方の生涯のガードに……」
「ユノ様! 俺は貴方様の為ならばこの命も惜しくはありませんっ」
屈強な男達が小柄なその人を取り囲むようにして捲し立てる。
それに圧倒されている大召喚士──ユノは、争う男達に苦笑しつつも、
「あの、お気持ちは嬉しいんですけど……何度も言ってるように、俺、男です……」
そう告げた。
「今日も大人気ね、さすが伝説の美少女召喚士様」
「女じゃありません……」
キーリカにある一軒の民家の中、男達の群れからようやく解放されたユノは、ぐったりとした様子で机に突っ伏した。
目の前に運ばれてきた紅茶を口に運んで、その味に癒される。
「いつもありがとうございます、ドナさん」
「お礼より態度で示しなさいよ。まったく、何かある度にうちに上がりこんできて……」
家主である女性、ドナは、世間で騒がれている大召喚士のイメージとは結びつかない相手に溜息をつきながら対面の席に座った。
「……すみません」
「謝罪もいらないわよ。そんなことより、早くあの連中をなんとかしてちょうだい」
「あの連中って……新エボン党派の皆さんの事ですか?」
「それ以外にこの島に今問題はないでしょ」
「そ、そうですよね。あ、でも、なんだか最近よくこの家の傍を通りかかると物が飛んできて危ないっていうクレームが……」
「そんな些細な事よりも……あんたはあっちに頭を回しなさい!」
「はいぃ!」
ドナに怒鳴られ、ビクゥと体を跳ねさせて立ち上がる。
お邪魔しましたと急いで家を出て、人だかりの出来ている街の最奥へと走った。
シンが消えてもう二年。
永遠に続くと思われていた死の螺旋は、八人の英雄達によって悠久の平和に塗り替えられた。
中でもそれを成し遂げた二人の召喚士は、ナギ節をもたらした者に送られる大召喚士≠ニいう称号と共に、人々の記憶にその名を刻み付けた。
一人は、大召喚士ブラスカの娘として、もうずっと前から有名だったビサイド島のユウナ。
そしてもう一人は、その存在すらほとんど知られて居なかった無名の召喚士、キーリカ島のユノ。
前者は公には現在行方知れずとなっており、後者はキーリカで島の代表として日々尽力している。
双方共通しているのは、大召喚士であるということと、大変見目麗しい、ということだった。
おかげ様で二人はあちらこちらに引っ張りだこで、死の恐怖から解放された人々の最近の話題といえば────
この二人のハートを射止めるのは誰か、といったようなものになっているのである。
(……ああ、どうしよ、もうあんなに人が……)
街の最奥にある門、寺院に続く森と街とを分断するその門の先。
集まる人だかりの中から探し人を見つけ出して、ユノはフードで顔を隠しながらこっそりと近寄っていく。
集まっているのは青年同盟と呼ばれる革新派の人々。
二年前の騒ぎにより信用の失われたエボンのやり方を尚も続けようとしている新エボン党に反感を抱いたヌージという男性によって設立された組織で、討伐隊を設立母体にしているだけあって、その人員には元討伐隊員が多い。
新エボン党とはまさに犬猿の仲といったところで、スピラのあちこちで諍いが続いている。
それがより顕著に現れているのがこのキーリカ島で、門を隔てて森方面、寺院周辺に新エボン党派が、街側に青年同盟派が集まっており、同じ島の中でありながらも寺院と街とは行き来が困難となっている。
それに不満を抱いている者も少なくはなく、島の代表として働くユノはここ最近ずっとその問題に手を焼いていた。
「あの、ヌージさん」
「誰かと思えば、住人に祭り上げられただけのお飾りの島の代表か。何の用だ?」
「……えっと、寺院に乗り込むと聞きました。それは、手荒なこともする、ということですか?」
「必要であればな」
「寺院には街で帰りを待っている子供たちの父親も居るんです。ですから、不要な争いは出来るだけ控えていただけると……」
「不要? この戦いを無意味な暴力と一緒にされたくはないな。ここに集う者たちは皆寺院がひた隠しにしている真実を暴くために今こうして立ち上がっている。それをやめろと言うのなら、あんたが寺院にある例のスフィアをこちらに明け渡すよう交渉するんだな。奴らも偉大なる大召喚士様のお言葉であれば耳を貸すんじゃないか?」
「……そ、れは……」
「出来ないのなら、余計な口出しはしないで貰おう。──さて諸君、キーリカの寺院には、真実の歴史を記録した貴重なスフィアが隠されている」
こちらとの会話を打ち切って演説を始める相手に、はぁと溜息をつく。
寺院への交渉ならばもう随分と前からやっている。
だが何度行っても返ってくる言葉は同じだった。
「大召喚士様の頼みといえど、あのスフィアを渡すことは出来ませぬ」
その結果がこれだ。
彼らは争いになろうとしている今この状況でも、その意思を曲げようとはしない。
エボンに属する者が秘密主義なのは二年前から変わらずか。
だからといって武力行使に移る青年同盟側も、どうかとは思うが。
「諸君、今こそ立ち上がり、真実を我らの手に!」
ヌージの言葉に、おおおお!! と奮起し、森へと入っていく人々。
これはもう止めても無駄だろうかと、自分の非力さに落胆していると――