00.月満つれば則ち虧く
果たして、これは本当に王の盾が担うべき仕事なのだろうか。複数人の部下――サレ達のような精鋭ではない一般兵と共に、キョグエンの周辺を巡回するユージーンは思っていた。
今回与えられた任務は、キョグエンに近頃出没するという盗賊団の捕縛だ。
サレ達が居ないのは、あくまでも正規軍の援護として派遣された為である。盗賊の殆どは既にミルハウストら正規軍の手によって捕まえられているので、わざわざ四星が総出で来る必要は無いと判断しての事だった。
例え限定的でも、正規軍と王の盾がこうして共に任務に当たるのは珍しいことだ。何か大きな事件であるならばまだしも、ただの盗賊相手にこの布陣は少々やり過ぎな気もする。
国の治安を乱しているという点においては看過できない案件ではあるが、かといって王都バルカから、それも正規軍ではない自分達のようなある種の裏方が、わざわざ出向くほどのものでも無いように思うのだが。
別に不満がある訳では無いが、ユージーンは疑問を抱かずにはいられなかった。
まあ、こういった事件を他人事とせず解決に動くからこそ、現国王のラドラス陛下はあれほどの人望を集められているのかもしれないが。
それに、日頃の任務の血腥さに比べれば、盗賊団の殲滅というのは気が楽だ。サレ達を率いて暗殺に繰り出すよりも、遥かに気分が良い。
「ユージーン隊長!」
別の任務に出向いている彼らが問題を起こしていなければいいがと気を揉んでいたユージーンは、若い兵士の声で逸れていた意識を戻した。
兵士の視線の先には、盗賊団と思しき風体の男達と、それに囲まれている馬車がある。
周囲の草木や岩陰などを利用して、静かにそれらを包囲した王の盾の面々は、ユージーンの合図で一斉にフォルスを発動させた。
突如として現れた炎が渦を巻き、馬車の周囲を焼き払う。盗賊達はその現象に驚き、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
相手がどれだけ周囲を警戒していようが、フォルス能力者が相手では意味もない。
おまけに、逃げた盗賊達は自ら兵の待ち構えている所へ駆け込んできてくれるのだから、捕まえるのにはそう時間も手間もかからなかった。
そんなわけで、あっという間にその場の盗賊達をお縄にしたユージーンは、被害状況の確認の為に一人馬車に近寄る。まだ盗賊が潜んでいる事も考えて、槍を抜いておくことも忘れない。
残念なことに、御者も乗客も首を切り裂かれ、既に事切れていた。
あと少し見つけるのが早ければ助けられただろうかと、間に合わなかった事を申し訳なく思いながら、見開かれたままの瞼を手で下ろす。
無事だったのは積荷だけかと、荷台に回ったユージーンは嘆息したが、不意に呼吸音のようなものを耳が拾う。
まさか、ここにも誰か居るのか?
賊の襲撃から逃れる為に咄嗟に隠れでもしたのだろうか。ユージーンは宝飾品やら絵画やら彫像やらを退けて、その音を辿った。
そうして荷台の奥で見つけたのは、布に包まった状態で、血を流して倒れているヒューマの青年だった。
ヒューマ――――いや、ガジュマか?
ユージーンは困惑した。顔や体はヒューマのそれだが、ガジュマのように獣の耳と尻尾が生えている。こんな姿のヒトを見るのは初めての事だった。
だが今はそんな事はどうでもいい。
傷口からして、彼も盗賊達にやられたのだろう。が、御者達と違ってまだ息がある。
ユージーンは軍隊仕込みの応急手当だけ済ませると、青年を布ごと持ち上げて荷台から降りた。
確かキョグエンには医療施設は無かった筈。居るかどうかも分からない医者を近場で探すより、確実な方を取るべきか。
ユージーンはそう考えて、捕らえた盗賊の移送や現場の処理は部下達に任せ、一足先に王都に帰ることにした。
この国で、最も信頼出来る医者に助けを求める為に。
――――人の声がする。
いつも聞いているワン・ギンの声でも、クウ・ホウの声でもない。知らない人の声。
匂いも違う。いつもなら何処に居ても香炉の匂いが充満しているのに、今は何か薬品のような匂いがする。
不思議に思って目を開けると、視界は真っ白だった。正確には、白いシーツが見えた。
身動ぎをするとあちこちに鋭い痛みが走って、思わず声が漏れた。すると、足音と共に声が近付いてくる。
「意識が戻ったのだね。良かった。だが今はあまり動かず、そのままじっとしていてくれ」
優しい声と共に、その声から想像した通りの柔和な男の顔が視界に写った。
白衣を羽織ったその男は、ずり落ちる眼鏡を押し上げて、ベッドの脇に屈む。
「............ここは?」
「バルカの城下にある診療所だよ。私は医者のケビン・バース。君はキョグエンの近くで野党に襲われて、気を失った状態でここに運ばれて来たんだ。命に別状は無いが、決して軽い怪我では無かったから、数日はここで安静にしていて欲しい」
「............あんたが助けてくれたん?」
珍しい訛りにバースは一瞬目を丸くしたが、すぐ元の顔に戻って首を振る。
「治療したのは私だが、傷だらけの君を見つけて連れてきたのは私の友人だよ。後でまた様子を見に来ると言っていたから、話がしたいのならその時にするといい。ところで、君の名前は?」
「......リュイ」
「ファミリーネームは? ご家族にも連絡しておかないといけないから、教えてくれるかな」
「家族なんか居てへんよ」
カルテに聞いた氏名を書き記していたバースは、リュイの言葉で手を止めた。
「.....家出中だとか、何か事情があるのなら連絡はしないでおくけれど、そういう事では無いのかな?」
「ちゃう。ほんまに居てへんねん。親は早よに死んだ。帰る家もあらへん」
「それは.....それが本当なら、今までどうやって.....」
どうやって生きてきたんだ、と問おうとしたバースは、デリケートな問題かもしれないと考えて口を噤んだ。
肌触りの良い衣服や装飾品で彩られたその出で立ちはとても浮浪者のものには見えないが、嘘をつく必要も無い筈だ。
そう考えて深くは追求せず、バースはリュイの背をポンポンと叩く。
「......なんで助けたん?」
「うん? 何故って、私は医者だからね。怪我人が運ばれてきたら、治療するのは当然だよ」
「せやけど、俺お金持ってへんで。それにこんなんやし......」
そう言いながら、リュイは己の頭に生えている狼のような耳を引っ張った。
リュイの言わんとしていることを理解したバースは、それがどうしたといった顔で答える。
「そんなものは助けない理由にはならないさ。命に色は無いのだから」
「? 何やそれ」
「君も私も、他の誰であっても、命の重さは皆同じ、という事だよ」
「............そんな訳ないやん」
これまでの人生で、他との違いというものを嫌というほど思い知らされてきたリュイは、怒りと悲しみの入り交じった顔で否定したが、
「それでも、私はそう思っているし、それを証明しているつもりだよ」
バースは穏やかな顔で、迷いなくそう言い切ってみせた。
王都に戻り、バースに青年を預けた後、件の事件の後始末や他の用事にと忙しくあちこち駆け回っていたユージーンは、夜になって漸く診療所に顔を出した。
疲れた顔でやって来た友人を労いの言葉で迎えたバースは、淹れたばかりの珈琲をカップに注いで手渡す。
「有難う。例の子の様子はどうだ?」
「昼に少し話して、またすぐに寝てしまったが、怪我の方はもう大丈夫だ。完治には時間がかかるだろうが、安静にしていれば治るだろう」
「そうか......良かった......」
「因みに、名はリュイと言うらしい。それから、昼に話した時に聞いたのだが......」
バースは自分の分の珈琲を啜りながら、静かな診療所内ですやすやと眠っているリュイを見た。
「どうやら、彼は帰る家が無いらしい」
「帰る家が無い......? どういう事だ?」
「私も詳しいことは聞いていない。そもそも、私は今回の事件についても詳しくは知らないからな。君は彼を預けるなり、ろくに説明もせず飛び出して行ってしまったし」
「す、すまん。部下に仕事を押し付けて来てしまっていたのでな。早く戻らなければと思って......」
バツが悪そうに言うユージーンに、それを責めるつもりのないバースは「わかっているよ」と笑った。
ユージーンはせめてもの詫びに、日中のうちに調べて分かった事を共有する。
「襲われた馬車は交通用の辻馬車ではなく、個人の所有物だった。持ち主は死亡した乗客の男性で、キョグエンには旅行で来ていたらしい。荷は全てキョグエンに居るワン・ギンという者から買い取ったそうだ。その帰りに野党に襲われた、というのが事のあらましだな。――ただ、リュイに関しては何の情報も得られなかった。キョグエンの人々に聞いても知らぬ存ぜぬでな。服装からして、あそこの出身者だろうと思ったのだが......」
「ふむ。被害者の男性とはどういった関係なんだ?」
「それも分からず終いだ。身内かとも思ったが、被害者の身元を調べても、それらしき人物は出てこなかった。恐らくは赤の他人だろう」
「ならどうして個人の所有する馬車に乗っていたんだ?」
「わからない。何かの目的があってこっそり忍び込んだのか......その辺りの事を本人から聞ければと思っていたのだがな」
ユージーンは相手を起こさぬよう、忍び足でリュイの眠るベッドに近付いた。
時折ぴるぴると動く耳を凝視していると、バースがその心を見透かして言う。
「君はハーフを見るのは初めてか?」
「ハーフ......やはり彼はそうなのか」
ヒューマとガジュマの間に生まれるとされる子。
話に聞いたことはあったが、実際に目にしたことは無く、ユージーンは半ば都市伝説のようなものだとすら思っていたが、この口ぶりだとバースは何度か見たことがあるのだろう。
「ハーフの子は生まれつき体が弱いんだ。多くは幼い内に死んでしまう。私のところにも何人か来たことがあるが......誰一人として救ってやることは出来なかった」
当時を思い出しているのか、沈痛な面持ちで語ったバースは、深呼吸を挟んで続ける。
「だから、これほど成長したハーフを見るのは私も初めてだよ。歳は恐らく16かそこらだろうが、非常に珍しいケースだ。他のハーフと何が違うのか......それを解き明かす事が出来れば、ハーフの平均寿命を伸ばすことも出来るかもしれないな」
「それは結構だが、こいつを解剖するのは勘弁してくれ。俺はこいつを医学発展の為のモルモットにする為に連れてきた訳じゃない」
「分かってるさ。だがどうする? 身元も分からず、本人も帰る家が無いと言っている以上、誰かが面倒を見る必要があるだろう。勿論、怪我が完治するまでは私が責任を持って預かるが、その後は......いっそうちの養子にでもするか......?」
「そうして貰えるのなら俺も安心だが、お前は今は自分の娘だけで手一杯なんじゃないのか?」
「それはそうだが......しかしハーフの子を他所に預けるのは心配なんだ。先に言った体のこともあるし、何より世間ではハーフの扱いはあまり良くは無い。悲しいことにな」
「ならばこいつの面倒は俺が見よう。勝手に連れてきたのは俺だからな。まあ、本人がそれで納得すればの話だが......」
「...............」
「おや、丁度よく目が覚めたかな?」
バースの言葉でユージーンもそれに気付いた。
ベッドの上に横たわっているリュイは、誰? と聞きたそうな顔でユージーンを見ている。
「昼に話していた私の友人だよ」
「ユージーン・ガラルドだ。宜しくな」
「............友人のユージーンさん? ほんまにそんな覚え易い名前なん?」
昼間のバースと同じく、独特の訛りに一瞬驚いた顔をしたユージーンは、次いでその内容に笑った。
「そう言われると確かに冗談のように聞こえるが、本名だ。それより、さっきの話は聞いていたか?」
「さっきのって? 今起きたとこやから何も聞いてへんけど......」
「帰る場所が無いのなら、俺と一緒に暮らさないか? という話だ」
ユージーンの提案に、リュイは目を丸くしてぱちぱちと瞬かせる。
「......なんでそんな話になってんの?」
「嫌か?」
「嫌とかや無いけど、あんたがそこまでする義理あれへんやん」
「義理はともかく責任はある。他に行く宛てがあるのなら、無理にとは言わないが......」
「責任て大層な。ええよそんなん別に。そもそも怪我も無理して治さんで良かったのに。治療費も払われへんし......」
「治療費なら俺が払ってある。その辺りの事は気にしなくていい」
「えっ、アカンよそんなん。幾らやったん? 今すぐには無理やけど返すから、領収書かなんかに書いて......」
と、怪我のことを忘れてベッドから降りようとしたリュイは、一拍遅れてやってきた痛みでバランスを崩した。
ユージーンとバースが同時に駆け寄ってその体を支え、ベッドに押し戻す。
「それより、結局どうするんだ? 俺と一緒に住むのか、住まないのか」
「......あんた奥さんとかは?」
「独身の一人暮らしだ。だから遠慮はしなくていい」
「............ほんまにええん?」
「ああ」
「..................じゃあ、そうする......」
「決まりだな」
社交辞令で言っているだけではないだろうか。本当に承諾すれば困るのではないだろうかとリュイは思ったが、ユージーンはあっさりと話を終わらせると、後のことをバースに任せてさっさと帰ってしまった。
本当にそんなに簡単に決めてしまっていいのだろうか。こんな得体の知れないハーフを家に招き入れても、なんの得にもならないだろうに。
「............変な人」
ポツリとそんな感想を零したリュイに、バースはクスリと笑った。
「何笑てんの。あんたもやで?」
「えっ、どこがだい?」
「だって普通はこんなハーフなんか助けへんもん。変わっとるわ」
「命に色は......」
「それはもうええ」
自分を買ったあの男といい、世の中には物好きが居るものだ。
もしやユージーンもそういう趣味なのだろうかと考えながら、リュイはこの怪我ではやることも無いと再び目を瞑った。