02.花は折りたし梢は高し

(ああ……やっぱり、紙幣は駄目になってるな)

ルビア達と別れ、一人町中の商店に足を運んだレフォードは、水浸しになっている財布の中身を見て落胆した。

ずっと丸腰で居る訳にはいかないと、失くした槍の代わりになるものを適当に買おうと思ったのだが、硬貨だけでは額が足りない。

武器さえあれば金を稼ぐ方法などいくらでもあるのだが、今はその武器が無い。
何処かで下働きでもして稼ぐ手もあるが、その間にフォレスト達に逃げられてしまっては意味が無い。

さてどうしたものかと悩んでいると、一連の動作を見ていた店主が金が無い事を察してくれたようで、

「何か売れる物があるなら、それと交換でも構わないぞ。例えば、その手に持ってる鎧とかな」

と申し出てくれた。

鎧一式を手放すのもそれはそれで困るのだが、背に腹は変えられないと承諾して差し出そうとすると、不意に背後から伸びてきた手に阻まれた。

「それを手放すのはやめておけ。お前の場合、鎧無しでは命に関わるぞ」

そう言って、店主の手に渡る筈だった鎧は、いつの間にか後ろにいた男――フォレストに取り上げられる。

「それに、槍1つの対価にこの鎧一式は多すぎる。装飾に使われている宝石部分だけで十分だと思うか?」

フォレストに胡乱な目で見られた店主は、あやふやな返事と共に決まりが悪そうな顔をした。

結局フォレストの言った通り、槍は宝石と交換になり、見た目の華やかさが減った鎧はレフォードの手元に残った。

これは大変有難い。有難いのだが。
店を出たレフォードは素直に喜ぶことが出来ないまま、怪訝な顔でフォレストを睨む。

「……何のつもりだ?」

「親切のつもりだが。余計だったか?」

「僕に親切にして貴様に何の得があるのかと聞いている。言っておくが、こちらは何をされようと貴様を見逃すつもりは無いぞ」

「そうか。それは残念だな」

そう口では言いつつも、フォレストの顔には「最初からそんな期待はしていなかった」と書いてあるのがレフォードには見えた。

だが減刑目的で無いのなら何が目的なのか。
フォレストの考え――実際は本当にただの親切だが――が分からず、レフォードは益々眉根を寄せる。

「それより、私が止めなければあのまま鎧と槍を引き換えるつもりだったのか? 本気で? 物の価値が分からないのか?」

「馬鹿にするな! この鎧と槍が等価で無いことぐらい僕にだって分かる! だが……僕がそれを指摘したところで、恐らくはだったら槍は売れないな≠ニ言われるだけだっただろう。店主が素直に聞き入れたのは、相手がお前だったからだ」

要するに、レフォードは優男的な見た目のせいでナメられる、という事らしい。
口ぶりからして、そういった事は今回が初めてでは無いのだろう。本人はそれが酷く腹立たしいと言いたげに顔を顰めた。

フォレストは「成程」と納得してから、「苦労しているんだな」と同情混じりに言う。

「こちらはこちらで、この見た目のせいで必要以上に怖がられることもあるが……逆は逆で困りものだな」

「そこですんなりと納得されると余計に腹が立つ。言っておくがな、あの店主がリカンツであれば、僕だってこんな風に下手に出ることは無いんだぞ」

「ほう。ヒトに対しては随分と優しいのだな。その優しさを多少はこちらにも回して貰えると有難いのだが」

「断る。……それより、わざわざ声をかけたからには、僕に何か用があるんじゃないのか」

「ああ、まあ一応はな。私が外で寝るのはいいが、それならお前にも付き合って貰うぞ。私の居ないところで、ティルキス様やルビアに何かされては困るのでな。それを言いに来た」

「何だそんな事か。言われなくとも、最初からそのつもりだ。脱獄を幇助したとは言え、あの二人は所詮はヒトだからな。どちらか一方しか監視出来ないのなら、貴様を見ていた方がいいだろう」

即答したレフォードに、フォレストは意外だと感じてから、仕事の為なら野宿も辞さないその姿勢にほんの少しだけ感心して――それが監視の為である事に悲しくもなった。
これまでの彼の言動は、リカンツ嫌いから来るただの嫌がらせ、という訳では無いらしい。

「……私がヒトに紛れてヒトを襲うと、お前は本気で思っているのだな」

「ああ」

「ティルキス様達と共に行動しているという事は、その疑いを晴らすには足りないか?」

「……そう思わせる為の仕込みとして連れ歩いているのか? リカンツのくせに随分と小賢しい真似をするな」

歩み寄ろうと対話を試みたフォレストは、レフォードの受け答えに早々に心を折られてしまった。

これは無理だ。こちらが何を言っても、何をしても、悪巧みをしているとしか受け取られない。

(……まあ、そう簡単にはいかないか。長年積み重なった種族間の溝は、それほど浅くは無いという事だな)

自分は過去、その溝を深める事をしてしまった。
今のこのレフォードの反応も、ある意味ではその過ちのせいなのかもしれない。

フォレストはそうやって、怒ってしまいそうになる自身を必死に宥めた。






そうして、買い足した消耗品を届けるついでに、レフォードと共に外で寝る事にすると伝えに宿に戻って来たフォレストに、ティルキスとルビアは「だからどうしてそうなるんだ」と抗議。

「フォレスト、お前は本当にそれでいいのか?」

「ええ。私はキャンプには慣れていますから、それほど苦労する事も無いでしょう」

「そういう問題じゃなくてだな……レフォード、お前だってテントで寝泊まりするより、宿に泊まる方がいいんじゃないか? そこまでする必要があるのか?」

「あるからやっている。貴様らがこの男に何を吹き込まれたのかは知らないが、僕はこのリカンツを一切信用していないからな」

険しい顔で言うレフォードに、ティルキスとルビアは揃って溜息を吐いた。
そこには先のフォレスト同様、「この男には何を言っても無駄なようだ」という諦めが滲んでいる。

「……まあ、フォレストがそう決めたのなら、これ以上は言わないが……せめて俺も一緒に……」

「ティルキス様にまでそのような真似をさせる訳にはいきません。それに……」

フォレストはそこで言葉を区切って、ティルキスの横に立つルビアを見た。

今のルビアは、両親を亡くし、唯一の心の支えである幼馴染の安否すら分からずに居る。
そんな精神状態で、それらのきっかけを作ったレフォードの傍に居るのは、かなりのストレスだろう。いつ我慢の限界が来てもおかしくはない。

フォレストとしては、自分がレフォードから受けている扱いよりも、そちらの方が気がかりだった。
だから、自分が野宿を受け入れることで、一時的にでも彼女の傍からレフォードを引き離せるのなら、その方がいい。ティルキスにも、今はこちらより彼女の傍に居てやって欲しい。

フォレストのその心配と思い遣りを感じ取ったティルキスは、それ以上は食い下がらずに「わかった」と頷く。

「だが、何かあったら遠慮なく言えよ。――お前も、もしフォレストに何かしたら、ただじゃおかないからな」

ティルキスがそう凄んでも、レフォードはぷいと顔を背けるだけだった。
心配そうな目で見つめてくるティルキスとルビアを安心させるように、フォレストは微笑む。

「仮に何か仕掛けてきたとしても、一対一であれば、この男には負ける気がしません」

「何だと!?」

「それもそうか。じゃあ、風邪を引かないようにだけ気を付けろよ。また明日な」

激昂するレフォードを無視して、ティルキスはルビアを連れて客室に引っ込んだ。
それを追いかけようとするレフォードの首根っこを掴んで、フォレストは町の外へ向かう。

「離せ! どいつもこいつも言わせておけば……! 僕の実力が知りたいのなら、すぐにでも思い知らせてやる!」

「思い知らせなくていい。暴れるな」

自分達が流されてきた川沿いまで来ると、フォレストはぶんぶんと槍を振り回して威嚇するレフォードの手を捻り上げて槍を奪った。
代わりに、空になった手にテントの部品を持たせる。

「組み立て方は分かるか? 無理なら薪を拾って来てくれ」

「指図するなっ! そもそも、僕は貴様と仲良くキャンプをする為にここに居る訳じゃ無いんだぞ!」

「ならばどうする。どちらかが死ぬまで殺り合いたいのか?」

「どちらか≠カゃない、死ぬのはお前だけだ!」

槍を取り返そうと飛びかかって来るレフォードに、フォレストは無言で槍を持つ手を挙げた。

身長差故手の届かないレフォードは、背伸びをして何とか掴もうとするが、フォレストは猫じゃらしで猫と遊ぶかのように、槍を持つ手を右に左にと揺らして躱す。

「返せ卑怯者!」

「そんなに戦いたいのなら後で相手をしてやるから、先にテントを組み立てさせてくれないか。そろそろ眠くなってきた」

「知るか! 何が後で相手をしてやる≠セ!? 手合わせを頼んでいるんじゃないんだぞ! 処刑だ処刑!」

「処刑でも何でもいいが、言う通りにしてくれないのなら、この槍は川に投げ捨てるぞ」

投擲の構えをとるフォレストに、喚いていたレフォードはピタリと静かになった。
そして、おのれリカンツ……とでも言いたげな顔をしながらも、黙々とテントを組み立て始める。

その様にやれやれと思いつつ、フォレストは暗がりに目を凝らして、落ち葉や枯れ枝を拾い集めた。
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