01.握れば拳、開けば掌
「仕事よ。はぐれのリカンツがフェルンで見つかったわ」アレウーラ大陸の中央に位置する首都ジャンナ。
煌びやかなその都市内で一際目を惹く巨大な建造物のうちの一つ、国中に根付いているジャンナ教の総本山の一角で、若干15歳にして異端審問官のエースを担っている少女ロミーがそう告げた。
その報告を受けたのは彼女と同じ齢の少年と、彼らより10ほど歳の離れた青年。
ロミーの報告に対し、先に口を開いたのは青年、レフォードの方だった。
慣習に従い仮面で顔を覆っている二人と違い、常に素顔を晒している彼は、鍛錬の為に振るっていた槍を下ろす。
「フェルン? 聞かない地名だな。どの辺りだ?」
「ここからずっと南に行った所にあるド田舎よ。あの辺りには騎士も居ないから、リカンツが身を隠すにはうってつけね」
「成程。だが田舎とは言え、教会ぐらいはあるだろう? いつから居たのかは知らないが、よく今まで見つからずに済んだものだな」
「……獣人化さえしなければ、彼らはヒトと何も変わらない。寧ろ、隠れ住んでいたのをどうやって見つけたのか、ボクは気になるよ」
黙っていた少年、ルキウスがそう言った。
ロミーはその経緯――フェルンの村が魔物に襲われた事と、その時にリカンツが獣人化して応戦した事、それを見た村人から通報があったことを掻い摘んで説明する。
「そうか……被害に遭われた村の方々は気の毒に」
「だが、そのお陰で潜伏していたリカンツを炙り出せたのは僥倖だな。この機会を逃す訳にはいかない。すぐ向かうとしよう」
一切迷いのない足取りで、レフォードはマントを翻して部屋を出ていく。
「相変わらず仕事熱心ね」と笑いながらロミーもそれに続き、仮面の下で苦い顔をしていたルキウスも、重い足取りで二人を追った。
多くの僧兵を連れて首都からフェルンまでやって来た三人を、村の人々は驚きと共に迎えた。
どうやら通報は村人の総意では無かったらしい。皆の反応を見て三人はそれを知る。
「リカンツを庇うなんて……この様子だと、教会の司祭も知っていて匿っていた可能性があるわね。教典を読んでいないのかしら?」
「別におかしなことはない。アレウーラの全ての民が、レイモーンの民を憎んでる訳ではないのだから」
呆れたように言うロミーに、ルキウスがそう反論した。
レイモーンの民、というのは、リカンツの別名だ。
より正確には、リカンツという呼称の方が後から出来たものだ。「ケダモノのような」という意味の蔑称であり、多くの者はそちらを使う。
「……その優しさが命取りにならなければいいがな」
レフォードはリカンツを匿おうとする人々と、蔑称で呼ぶことを躊躇するルキウスの両方に向けて言った。
「まあ、何であれ司祭と話をしてみれば分かる事だ。隠し立てするようなら、村の中を我々で勝手に調べればいい」
「そうね。それじゃあ、司祭のところへ案内して貰おうかしら?」
ロミーは近くに居た村人に視線を向けて言った。
異端審問官に逆らうことなど出来よう筈もない相手は、怯えた様子で教会へと三人を誘う。
村の規模に見合った小さな教会ではあるが、隅々まで手入れが行き届いていた。
これを見る限り、ここの司祭は信仰心を忘れた訳では無さそうだとレフォードは思った。七色に輝くステンドグラスの下で、祈りを捧げていた司祭――人の好さそうな顔をした男性――が立ち上がる。
「どなたかと思えば……このような大勢で、一体何をしに来られたのですか? 異端審問官様。村の者達が怯えております」
「用が済めば、速やかに立ち去りますよ。貴方が素直にお話してくれれば、すぐに終わります」
「先日、この村にリカンツが潜んでいるという情報が入ったわ。何処に居るの?」
レフォードとロミーに詰め寄られた司祭は険しい顔で沈黙し、暫くしてから答える。
「……彼はこの村を救ってくれたのです。お渡しする訳にはいきません」
「リカンツを庇うと言うの? それがどれほどの重罪か、知らないわけでは無いでしょう?」
「そうではありません。ただ、少しだけお時間を頂きたいと申しておるのです。彼もこの村の住民、せめて親しい者と別れを惜しむ時間を……」
「親しい者? その人物をリカンツと知った上で、親しくしていた者が居るのですか?」
もしそんな人物が居るのなら、それは教会の意向に背く異端者という事になる。
リカンツほど厳しく取り締まっている訳ではないが、異端者も連行の対象にはなる。それを知る司祭は、獲物を狙う鷹のような目で問うレフォードに慌てて首を振る。
「村の者は彼の正体を知りませんでした。ですが、この村で長く隣人として接してきたのです。今回のことで、これまで築き上げてきた良き思い出までもが消えてなくなってしまう……それを避けたいだけなのです」
そんな司祭の歎願を、ロミーはくだらない、とでも言いたげに、溜息で吹き飛ばした。
「あなたでは埒が明かないわ。この村を全て焼き払って、リカンツを見つけ出そうかしら?」
「な、なんということを……! それでも貴方達は教会に属する者なのですか!」
絶句する司祭の言葉も何処吹く風といった様子で、プリセプツを行使しようとするロミーを、ルキウスが制する。
「やめるんだ、ロミー。そこまでする必要はない。最初にレフォードが言っていた通り、ボク達で村の中を捜そう」
と、三人が外に出ようとすると、話を聞いていたらしい村人が駆け寄って来た。
「私めがリカンツの家に案内します。その代わり、と言っちゃなんですが、報奨金を弾んで貰えますかね?」
成程、この男が通報したのかと、三人は即座に理解した。
司祭はそんな村人を絶望の眼差しで見遣る。
「仲間を売り渡すとは……彼は我々を救ってくれたんだぞ!」
「もしかしたら、あいつが魔物を村に呼んだのかもしれねぇだろ? なにせ同じ怪物同士だからな」
最早言葉もなく、司祭は唇を噛んで項垂れた。
傷心するその様には多少同情しつつも、リカンツをヒトと同等に扱う司祭の姿勢にレフォードは難色を示す。
「司祭殿、彼の言う通り、リカンツは魔物と同じ獰猛な化け物です。慈悲深いのは結構ですが、今後同じことの無いよう、リカンツの扱いについては考え直して頂きたい。襲われて命を落としてからでは遅いのですよ」
「彼はそのような人物ではありません。私はこの村で、ずっと彼を見てきたのです。彼は誰よりも優しく、隣人を愛する善き男でした。今回のことも、村の皆を守る為にやったことなのです。ですからどうか……」
「レフォード、それ以上は時間のムダよ。居所が分かったのだから、早く行きましょう」
「……そうだな」
分かってもらえず残念だ、とでも言いたげに肩を竦めて、レフォードはロミーと共に教会を後にした。
一人取り残された司祭に心を痛めるルキウスは、それでも彼に言葉をかけることはせず、黙って二人に続いた。