01.握れば拳、開けば掌
誰も外には出さぬようにと、僧兵達に村周辺の見張りを指示した三人は、リカンツが居るという家の前に立っていた。レフォードは咳払いをして数回扉をノックしてみたが、中から応えは無い。
「本当にここに居るのか? 騙しているんじゃないだろうな」
「とんでもございません! リカンツなんか庇って何になるんです。あんな化け物が村内に居たんじゃあ、こっちも気が気じゃ無いんです。早いところ引き取って貰いたいですよ」
「リカンツ! 隠れているのはバレてるのよ。大人しく出てきなさい!」
ロミーが声を張り上げたが、やはり家の中から反応が返ってくることは無かった。
痺れを切らしたロミーが火を放とうとするのを、教会から追ってきたらしい司祭が止める。
「おやめ下さい! どうか、乱暴な事だけは……!」
「またあなたなの? これ以上我々の邪魔をするのであれば、司祭であっても容赦はしないわ」
「聞こえたか? このままでは、何の罪もないお優しい司祭殿が、貴様のせいで死ぬことになるぞ!」
実際にロミーが司祭に手を出そうとすれば止めるつもりではあるが、それは隠して、レフォードは叫んだ。
すると、固く閉ざされていた家の扉がゆっくりと開き、中から一人の男性が姿を現す。
「やめろ、彼には手を出すな」
「やっと出て来たわね。最初からそうしなさいよ」
「待て。偽物の可能性がある。貴様がリカンツだと言うのなら、証拠を見せて貰おうか」
「……いいだろう」
男は素直に頷いて、雄叫びと共にその体を獣のものへと変えた。
巨大な熊のような姿になった相手を見て、レフォードは反射的に槍を構えたが、男は何もせず直ぐに元の姿に戻る。
「だ、誰も獣人化しろとは言っていない! ザンクトゥを見せろと言ったんだ!」
「ザンクトゥでは細工を疑われるかと思ったのでな。納得して貰えたか?」
「ええ、結構よ。それじゃあ、危ない獣は鎖に繋いでおきましょうか」
そう言って、ロミーは呪縛のプリセプツを唱えた。
瞬間、男は四肢の自由を失って、妙なポーズのままで固まる。
「何をなさいます! 呪縛のプリセプツなど使わずとも、ラムラス殿は暴れたりはいたしません!」
「そんなのわからないじゃない。リスクがあるのに、自由にしておく理由も無いわ」
ロミーが立てた人差し指を杖のように振るうと、ラムラスはぎこちない動きでその場に座った。
相手の自由を奪う高度なプリセプツ――それを苦も無く、何の躊躇いもなく使う少女に、司祭は身震いした。見た目はどこにでも居る歳相応の可愛らしい少女なのに、実力は並大抵の大人よりも優れている。
「それで、この村に居るリカンツはこれだけ? 他には居ないの?」
「……ええ、彼だけです」
「……念の為、家の中を調べさせて頂きますよ」
司祭の制止を振り切って、レフォードは静まり返っている家の中に足を踏み入れた。
生活感はあるが、綺麗に整理整頓されている部屋を眺め回したレフォードは、食器棚や洗面台、服の入った引き出しなどを確認して、更に奥の部屋へ。
そしてそこに、血で汚れた金色の鎧が置かれているのを見て仰天。
(これは……近衛騎士の鎧!? どうしてこんな所に……)
鎧は形を保ってはいるものの、あちこちが抉れて使い物にならなくなっていた。
レフォードはその一部を手に、ロミー達の元へ戻る。
「おかえりなさい。どうだった?」
「中には誰も居なかった。が、子供が住んでいる形跡がある。リカンツの子なら同じリカンツだろう。捜した方がいい」
「違う! あれは私と血は繋がっていないし、獣人になることもない!」
「その真偽は見つけてからこちらで確かめる。――それと、奥の部屋にこんなものがあったが、どういう事だ? 騎士を襲ったのか?」
「それは……近衛騎士の鎧!?」
「ラムラス殿は無実です! それは、先日この村に傷だらけでやってきた騎士様が着ていたものなのです。出来る限りの治療はしたのですが、お救いする事が出来ず……」
「それはいつの事ですか?」
「ちょうど魔物の襲撃があった日のことです。騎士様がお亡くなりになった直後に、魔物がこの村に……」
嘘は言っていないように見えるが、それでも納得出来ずにレフォードは首を傾げた。
近衛騎士は国王を守護するのが務め。こんな辺境の地に来るようなことなど無い筈なのだが。
司祭も騎士が来た理由は知らないようだったが、ロミーは納得したように「なるほどね」と呟く。
「レフォード、その鎧の他に、騎士の荷物らしきものは置いていなかった?」
「いや、これだけだ。書置きのようなものもない」
「そう。あなたは騎士から何か受け取らなかった?」
「いえ、何も……そもそも、騎士様は憔悴して意識も殆どありませんでしたので……」
「看病していたのはあなただけ?」
「ラムラス殿と、彼の息子が手伝ってくれました。あとは私の娘も……それが何か?」
「……いいえ、何でもないわ。それじゃあ、リカンツも無事捕らえたことだし、さっさと移送の準備をしましょうか」
と、さっさと歩き出すロミーを、レフォードとルキウスは慌てて追いかける。
「待ってくれロミー、話が見えない。近衛騎士が居た理由に、何か心当たりがあるのか?」
「もしかして、数日前にペイシェントを奪って逃げた奴か?」
「恐らくはそうでしょうね。この村を襲った魔物は、きっと騎士の持っていたペイシェントに惹き寄せられて来たスポットよ」
「ペイシェントを奪って逃げた……? そんな話は初耳だが」
「あら、そうなの? あなたに話すとこっそり横取りされるとでも思ったのかしら。信頼されていないのね、可哀想に」
くすくすと笑うロミーに、ムッとしたレフォードが言い返す。
「僕はペイシェントなどに興味は無い。お前達と違って、プリセプツの心得も無いからな。無用の長物だ」
「それもそうね。――ああ、そういえば、やり残したことがあったわ。すぐ戻るから、先に行っていて」
「やり残したこと?」
「野暮用よ。気にしないで」
話の途中で何かを思い出したらしいロミーは、踵を返してラムラスの家の方へと消えていった。
気にはなるが、僧兵達への指示や船の手配など、やるべきことは無数にあるので、二人は足を止めずに話を続ける。
「それで、どうするんだ? 捕らえたリカンツは早急に王都に連行すべきだが、ペイシェントが奪われたのなら、その子供二人の捜索を僧兵だけに任せる訳にもいかないだろう」
「なら二手に分かれよう。ボクとロミーは、来た時と同じく船で王都へ向かう。君は僧兵達と一緒にここに残って、村の周辺を探して欲しい」
「別にそれでも構わないが……リカンツの拘束役のロミーはともかく、僕とお前は逆の方がいいんじゃないのか? ロミー曰く、僕はペイシェントを奪って逃げると思われているらしいからな。僕に任せて、後で妙な疑いをかけられても困る」
「ボクは君がそんな事をするような人物ではないと知っている。それに……君とロミーの二人に移送を任せてしまうと、王都に着く前に不慮の事故≠ェ起きかねない」
不慮の事故。
その言葉の指すところ――リカンツをその場で殺してしまう――を理解して、レフォードは「本当に信用がないな」と言いつつも大人しく引き下がる。
「もしこの近くに見当たらなければ、そのまま王都まで徒歩で帰って来てくれ。父親を助けようと考えて、彼らが王都に来る可能性もあるからね」
「徒歩でって……結構な距離だぞ。黒の森も通らなきゃならない」
「君の実力なら問題無いだろう。僧兵達も居るんだ」
そう言われてしまえば返す言葉もなく、レフォードは王都までの長く険しい道程を想像して肩を落とした。