鞠躬尽力、死して後已まん
国王を討ち果たしてから、3ヶ月ほどが経過して。各地域に散らばっていた旅の仲間達は、久しぶりにジャンナの港に集まっていた。
誰からともなく、これまでの経緯について語り出す。
カイウスとルビアは、故郷フェルンへ戻っていた。
ラムラスの一件もあり、帰るべきかどうか悩んだのだが、一連の事件が片付き、真実が明るみに出た今だからこそ、きちんと話し合うべきだと考えたのだ。
最初は村の皆とどう接すればいいのか分かり兼ねていたが、この旅で知り得た様々なことを話している内に、不安や蟠りは溶けていった。
村人達の中には、涙ながらに謝罪を繰り返す者も多く居た。
ラムラスを信じてやれなかったこと、ナトウィック夫妻の様に彼を庇ってやれなかったこと、遺されたカイウス達に何もしてやれなかったこと。
二人が村を出てから、それらをずっと後悔していたこと。
皆のそんな心情を聞いたカイウスとルビアは、その懺悔によって皆を赦すことにした。
旅に出る前であればまた違ったのだろうが、今の二人は――特にルビアは、皆の気持ちがよく分かるから。
ティルキスとアーリアは、センシビアに残ったスポットを退治して回っていた。
幸い数はそれほど多くはなく、力も弱かった為、既に二人だけで全て片付け終えたのだと言う。
その点について、アーリアは大元が消えたお陰だろうと推測したが、ティルキスは旅を経て自分達が強くなったのではないかと言った。
きっとどちらも間違いではないのだろう。
アーリアはあくまでも教会から派遣されている身であり、スポットの件が片付けばジャンナへ戻ってくる筈だったのだが、その後もセンシビア王家があれこれと理由を付けて彼女を留めさせている。
自分の差し金ではなく、あくまでも父親がやったことだとティルキスは弁解していたが、本当かどうか怪しいものだと皆は笑って冷やかした。
アーリアも呆れた顔をしていたが、彼女が今もティルキスの隣にいる事が、全ての答えなのだろう。
フォレストは、そんなセンシビアの援助のもと、トールスと共にレイモーン評議会としての活動を続けていた。
と言っても、相変わらずジャンナ復興を手伝うボランティアが主な活動内容で、評議会という名前と実態が噛み合っていないのが現状だ。
その事について不満を抱くレイモーンの民も少なくないが、それでも、代表を務めるフォレストやトールスは、今はジャンナの復興に集中すべきだと判断した。
ジャンナ事件の真相は、ルキウスの意向で皆に知らされたが、それだけでヒトがレイモーンの民に抱く偏見や恐怖心が完全に消えることは無い。信用を得るためには、言葉を尽くすだけでなく、行動で示す必要がある。
その意味で、復興を手伝う事は最適だと思った。
獣人がヒトと協力しながら、瓦礫や木材をせっせと運んで街を綺麗にしていく様を見れば、見方を変えてくれる者も出てくるかもしれない。
レイモーンの民の権利についてヒトと話し合うのは、そうして互いの溝を埋めた後にすべき事だ。でなければ、話し合いも上手くいかない。
フォレストとトールスのその考えを、旅の仲間達は支持した。
ルキウスは、恐らくはこのメンバーの中で最も多忙な日々を送っている。
教会に戻った彼は、まず異端審問会を解散させた。矢面に立つことも厭わず、自ら民衆に真実を伝え、被害に対する支援や賠償、内部組織の改革、これから先の細かい方針について、時間をかけて説明した。
この役目を自分が担っていいものかという葛藤もルキウスにはあった。
だが、騎士団を率いていた大公やアルバート、教会が運営する組織全てを統括していた教皇、アレウーラの王、その全てが揃って居なくなってしまった今、人を選んでいる場合ではないのも事実。
事態が落ち着いて、スポットに荒らされた傷が癒えた頃、自分よりもっとこの場所に立つに相応しい人がいれば、その時に役目を譲ればいい。
今ここで誰かに全てを任せて退くのは、それはそれで無責任だ。
ルキウスは最終的にそう判断して、民衆もそれを受け入れた。
一部からは、教会そのものを無くすべきだという声も上がっているが、少なくとも今はそれをするつもりは無いと、ルキウスは仲間達に語る。
「教会は多くの過ちを犯した。でも、教会の存在が誰かを救う事だってあった筈なんだ。罪を裁く為に、その善き部分まで全て消してしまっては、困る人を増やすだけと思う。だからボクは、教会を無くすのではなく、造り変える方を選びたい」
「あたしも、それがいいと思うわ。だって、教会の人が皆間違っていたわけじゃ無いでしょ? あたしのお父さんみたいに、正しい心を持った人だって居る筈だもの。…………ところで、さっきから気になってたんだけど、そこに居るの、もしかしてレフォードなの?」
ルビアはルキウスの隣にいる男を指して言った。
ルキウスの着ているものと良く似た白い外套に身を包み、付属のフードを目深に被っているその不審な男は、距離を詰め顔を覗き込んでくるルビアにオロオロと慌てる。
「やっぱり。何よそのフード! 前はそんなの被って無かったじゃない」
「これは……その、僕はルキウスと違って、顔を曝して活動していたから……隠すのも卑怯かと思ったんだが、見ると嫌なことを思い出す人も居るだろうと思って……」
「今はあたし達しか居ないんだから、取ればいいでしょ? さっきから一言も喋らないし……」
「それは……何を言えばいいのか分からなくて……」
「何を言えばいいか分からない!? あなたが一番、あたし達に言うべきことがある筈でしょ!?」
「ルビア、気持ちは分かるが優しくしてやってくれ。そいつはまだ病み上がりで……」
「フォレストさんは黙ってて! そうやって甘やかしてばかり居るから、こんな風になるのよ!」
鋭く叱られてフォレストは閉口し、こんな風≠ニ言われたレフォードは悄然として項垂れた。
他の面々もその剣幕に圧されて、黙って見ていることしか出来ない。
「言うことあるでしょ? 勝手に居なくなって、独りで死のうとして……あたし、まだあなたに謝って貰ってないのに。お父さんとお母さんのこと、嘘ついて隠してたことちゃんと謝ってよ。そうしたら、あたし赦してあげようって思ってたのに。あなたにだって色んな事情があって、沢山大変だったことはもう知ってるんだから。責めたりしないし、過去の事は水に流して、これからは仲良くやっていこうって、言おうと思って待ってたのに……!」
怒りを孕んでいたルビアの声は、次第に涙に染まっていった。
清聴しているレフォードの体を、小さな手でポカポカと叩く。
「なんで勝手に死のうとするのよ……! 前に川で溺れてたの助けた時だって、いっぱい悩んでそうしたのに、なんで……!」
その訴えを聞いて、レフォードはつられて零れそうになる涙をぐっと堪えて答える。
「勝手なことをしてすまなかった。ご両親のことも……」
「今更なによ! どうせあたしの事なんて、少しも気にして無かったんでしょ! もうレフォードのことなんて知らない! 次は溺れてたって助けてあげないから!」
「……何だか痴話喧嘩みたいだな」
ティルキスが小声で言って、アーリアが小声で諌めた。
結局ルビアの機嫌は直らず、立ち去ってしまう彼女をカイウスが慌てて追いかける。
「あー……ここは兄からも何か一言言っておいた方がいいか?」
「ティルキスったら……でもそうね。私もどちらかと言うとルビアの味方よ」
「……言いたいことがあれば言ってくれていい」
「真に受けるなよ、冗談だ。大分参ってるな?」
「無理もないわ。一時はどうなるかと思っていたけれど……でも、今はもう大丈夫そうね?」
ルビアよろしく、レフォードの顔を覗き込んだアーリアが、安心した様子で言った。
顔を見てすぐそう判断出来るほどに、彼女は自分のことを気にかけてくれていたのだとレフォードは実感した。自分が気付いていなかっただけで、旅を始める前からずっとそうだったのかもしれない。
レフォードは旅の中で彼女にかけられた言葉と、それに対する己の返答を思い返して謝る。
「幼稚な態度を取ってすまなかった。貴女は僕のことを心配してくれていたのに……僕は貴女の気持ちも考えずに、酷いことばかり言った」
「いいのよ。私も配慮が足りていなかったし、貴方が言ったことは間違いなんかじゃないもの」
「でも、今度アーリアに酷いことを言ったら、俺が承知しないからな。覚悟しておけよ」
ティルキスが冗談半分、本気半分で言った。
レフォードは反省の意味も込めて、それを真剣に受け止める。
「まぁ何はともあれ、俺の言ってた通りになったみたいで何よりだ」
「? ……何の話だ?」
「覚えてないならいいさ。フォレストと仲良くやれよ。――さて、俺達もそろそろ行こうか、アーリア」
「そうね。それじゃあ私達はこれで」
「ああ、元気でな。ティルキス様も、どうかお達者で」
「お前もな、フォレスト。それにしても、いつまでその呼び方を続ける気だ? もう臣下じゃないんだぞ」
「そう言われても……難しいものです」
ティルキスは癖の抜けない元従者に笑いながら、アーリアと共にセンシビア行きの船へ乗り込んだ。フォレスト達はそれを見送る。
「ボクもそろそろ教会に戻るよ。名残惜しいけど、仕事が山ほど残っているから」
「そうか。何か手伝えることがあれば言ってくれ」
「有難う。ボクもレイモーン評議会への協力は惜しまないから、いつでも声をかけてくれ」
にこやかにそう言って、さっさと撤収しようとするルキウスに、レフォードは自分も一緒に帰るべきかと視線をさ迷わせる。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「とりあえず、当面はルキウスを手伝おうと思って……本人とも話は付けてある。人前に立つ仕事に関してはルキウスに任せるつもりだが、教会の事に関しては僕も当事者だし、今は人手が足りていないだろうから……」
「そうか。だが住むところはあるのか?」
「今は教会で間借りしているから、暫くはそれで何とかなると思う。その後のことは……その時に考える。貴方はどうしているんだ?」
「似たようなものだ。家を失くした人々の為に、ルキウスらと共同で建設した仮設住宅があるのだが、そこに俺達も住まわせて貰っている」
「それじゃあ、ジャンナの復興が終わったら、また別の場所へ行くのか?」
「どうだろうな。流石にまだそこまでは分からん。今は目先のことで精一杯だ」
「そうか…………」
「だが仮にそうなった場合、お前はついて来てくれるか?」
フォレストのその問いに、同じことを聞こうか悩んでいたレフォードは、先回りされたことに驚きながら答える。
「僕もそうしたいが……僕がついて行くと、他のレイモーンの人達は嫌がるだろう」
「それはこれから何とかしよう」
「……何とかなるものなのか?」
「分からん。だが最初から諦めてどうする? 俺はお前の傍を離れるつもりは無いし、問題の方をどうにかするしか無いだろう」
そう迷いなく言い切るフォレストに、レフォードは嬉しさと申し訳なさの入り混じった微笑みを浮かべた。
フォレストはそんなレフォードの手を取って握る。
「逃げるなよ」
「逃げないさ。どうせ逃げてもすぐ捕まる」
「やっと学習したか」
随分と時間がかかったな、と言いたげなフォレストの物言いに、レフォードは「怖い人だな」と笑った。
カイウス達のように、屈託のないものとは違う。
それでも、それは確かに、レフォードが14年振りに見せた穏やかな笑顔だった。
きっとこの先の道はとても険しくて、その旅路は平穏とは程遠いものになるのだろう。
苦労して進んだところで、その道の果てには崖が待っているだけだ。奈落へ落ちるまでの時間が、ほんの少し延びただけ。
けれど貴方は、それでもと前を向き、この道をずっと歩いていくのだろう。
歩き続ける貴方を独り残して、道の途中で歩みを止めるような真似はもうしない。
貴方が進み続けるのなら、僕もその隣を歩いて行こう。
このほこり塗れの人生を、貴方と共に最期まで。
this story is the end,
Thank you for reading!