00.Beginning
いつの間に寝ていたのか。目を覚ましたバレットは、大口を開けて欠伸をしつつ周囲を見渡した。
閉ざしたカーテンの隙間から光が溢れている。その光の先には、肩身が狭そうに眠るシユウの姿。
(……こいつなんでこんな端っこで寝てんだ? 落ちるだろ)
バレットはシーツごとシユウを手繰り寄せた。
恐らくはもう朝なのだろうし、起こしてもいい気はするが、疲れているのかもしれないとバレットは躊躇する。
(……抱かれんの嫌なんだよなこいつ。悪いことしたな……でも、ヤッてる時は気持ち良さそうにしてんだよなぁ、いつも)
実際はどうだか知らないが、表情や喘ぎ声、最中何度も体を痙攣させる様がそう見える。
だがそれも薬の影響なのだとすれば、彼は体が快楽に浸っている間も、心の中で苦しんでいるのかもしれない。
(オレとヤッてる時くらいは、細けぇこと考えずに気持ち良くなっててくれりゃいいんだけどな。真面目なんだろうなぁこいつ。別に男とヤッてるからって……まあオレも最初は引いちまったけどよ)
今更ながらに己の発言がシユウを傷付けたのではないかと気になったバレットは、眠っているシユウに「悪かったな」と謝る。
「今はもう何とも思ってねぇよ。薬のせいだって分かってる。だから気にすんな……って、寝てる時に言っても意味ねぇか」
「起きてますよ」
「うぉおっ!?」
驚き後退ったバレットに、シユウは起き上がってうんと上体を伸ばす。
「おまっ……起きてんなら最初から言えよ!」
「今さっき引っ張られて起きたんですよ。おはようございます。で、何の話ですか?」
「別になんでもねぇよ! 起きたんならとっとと出る準備しろ!」
「貴方だってまだ着替えてないじゃないですか」
「オレも今起きたんだよ!」
バレットはそう言いながら、バスローブを脱ぎ捨てて服に着替え始めた。
一体何なんだと苦笑しながら、シユウもそれに倣う。
「ったく、夜の内に帰るつもりだったのによ……無駄に長居しちまったぜ。早く帰らねぇと婆さんにどやされる。マリンも待ってるだろうしな」
「あ、マーレさんには連絡しておいたので、そこは大丈夫ですよ」
「あん? いつの話だよ」
「貴方が寝た後です。フロントで電話を借りて、セブンスヘブンに――」
「おい待て。今フロントっつったか?」
「? はい。部屋には電話ありませんから」
「俺が寝てる間に一人で? その格好で? 勝手に部屋に入ろうとしてたやべー奴が居るフロントに?」
「ああ…………まあでも、大丈夫でしたよ」
「本当かよ……」
「心配し過ぎですって」
忘れ物がないか――特に昨日マスターから徴収した10万ギルがあるか――しっかり確認して、シユウはバレットと共に部屋を出た。
鍵を返す際に例のフロントマンと顔を合わせたが、相手は手早くチェックアウトの手続きを済ませてスタッフルームに引っ込む。
「本ッ当〜に、何も無かったんだろうな?」
「無いですって。仮にあった場合どうするんです?」
「あいつをブン殴る」
「貴方がわざわざ殴らなくても、何かされたら俺が自分で殴りますよ」
「そりゃそうだろうけどよ。オレもムカつくんだよ」
「正義感強いんですね」
「は? ――あぁ、まぁな。そうだな」
そんな会話をしながら、漸くセブンスヘブンに帰ってきた二人は、マーレとマリンに出迎えられた。
シユウはマーレに心配をかけたことを謝りつつ、マリンと熱い抱擁を交わしているバレットに改めて礼を言う。
「有難うございました、色々と」
色々、の中に含まれている意味を理解して、バレットは「おう」とだけ返す。
「そうだマーレさん、これ、電話で伝えてた例のお金です」
「まったく、店の為だからってあんまり無茶するんじゃないよ。あんたに何かあったらモンティが泣くよ」
「ティファの方はどうすんだ? 知らせてやらねぇと16万持ってくるだろ」
「知らせるったって連絡手段が無いんだよ。次の水曜まで待ちな」
「ティファさんと言えば、探し人は見つかったんですか?」
「一応ね。でもあたしはあの子にはあんまり関わって欲しく無いんだよ。幾ら友達って言ったって、危ないことには変わりないだろう?」
「危なくてもやる価値はあるだろ。神羅を倒して星を救うんだ。オレは支持するぜ」
「あんたは好きにしな。あたしゃティファが心配なだけだよ。シユウ、あんたも巻き込まれないように気をつけるんだよ」
シユウは素直に聞き入れたが、内心ではそのジェシーという女性、正確には彼女の属するアバランチの事が気になっていた。
(前にウォール・マーケットで会ったあの人……ジージェさんだったかな。出来ればコンタクトを取りたいけど……ジェシーさんに相談出来ないかな)
そう考えて、水曜日。
店にやってきたティファに、シユウは金の件とジェシーの件について話した。
ティファは支払いについては「助かります」と安堵しつつ、
「ジェシーに会いたいって、どうしてですか?」
「俺も探してる人が居るんです。その人がアバランチの関係者だと言っていたので、ジェシーさんなら知ってるかと思って。もし俺と会うのが難しければ、ティファさんから伝えて貰えませんか? 俺が探してるのはジージェって方です」
「分かりました。今晩会う予定なので、その時に聞いてみます。返事はまた来週の水曜になっちゃいますけど……」
「構いませんよ。急いでる訳じゃありませんから。ご協力有難うございます、お願いしますね」
そんな会話をして、夜。
セブンスヘブンの営業が終わり、皆は一人ジェシーとの待ち合わせ場所へ向かうティファを見送った。
「さてと。それじゃ後は頼んだよ」
「何をだよ? 店仕舞いはもう済んでるだろ」
「ティファの事だよ。ジェシーとの待ち合わせ場所は、八番街に向かう途中の空き地。こっそり後をつけて、もし何かあったら助けてやっとくれ」
「おいおい、こいつの次はティファかよ。オレはボディーガードか?」
「バレットさんが嫌なら俺が行きますよ」
「別に嫌とは言ってねぇだろ」
「何でもいいからさっさと行きな! どうにも嫌な予感がするんだよ」
それは女の、或いは長年スラムで暮らしてきて培った勘だろうか。
心配で仕方ないといった様子のマーレにせっつかれ、二人は足早に店を出た。
そのままティファの足跡を辿ろうとしたが、バレットは何かを思い出したように「ちょっと待ってろ」と言って踵を返す。
言われた通りに待っていたシユウは、戻ってきたバレットの右腕に重そうな銃が取り付けられているのを見て驚く。
「何ですかそれ」
「見りゃ分かんだろ。使わずに済むのが一番だけどよ、一応な」
「……バレットさんって、民間人ですよね? それ、人に向けて使うつもりですか? 相手死にますよ。分かってます?」
「ああ分かってる! オレだって誰彼構わず撃ったりはしねぇよ。でもな、相手が神羅なら別だ。先に撃ったのは……オレをこんなにしたのはあいつらだ」
「……………………」
「行くぞ」
シユウは釈然としない面持ちのまま、先を行くバレットに続いた。
まぁ、何事も無ければ問題は無い。そう思っていたが、残念なことに目的地の近くまで来たところで銃声が聞こえてくる。
物陰に隠れつつ様子を窺うと、マシンガンを手に空き地へ向かう数名の神羅兵の姿が見えた。
ティファ達の姿は見えないが、兵士達は威嚇するように、あちこちのスクラップ目掛けて乱射している。
「……ティファさん達、多分あの辺りに居ますよね」
「だろうな」
バレットはそう答えながら右腕を構えた。
確かにこのままではティファ達が危ないが、シユウは改めて言う。
「人殺しなんて、しない方がいいですよ」
バレットは表情を険しくした。
神羅兵から視線は逸らさず、軽く深呼吸をする。
「そうだな。でもよ、オレが手を汚すことで、救われる奴が居るんなら……それで大事な奴を守れるなら、オレはやるぜ。誰に何と言われてもな」
シユウはバレットを見た。
覚悟を決めた者の目だった。だが、それは殺しに慣れていない者の目でもある。
(…………俺がやるべきだ。この距離なら忍術で狙える。でも――――)
忍術を使えば正体が露呈してしまう。
ジージェを探していることを話した後では、彼にまで疑いの目がかかるかもしれない。
そんな風にシユウが悩んでいる間に、バレットが動いた。
すぐ傍で連続して射撃音が鳴った。バレットの右腕から放たれた弾丸は、あちこちの壁や地面と一緒に神羅兵の体を貫く。
シユウはバレットが仕留め損ねた相手からの反撃を警戒していたが、幸か不幸か命拾いした兵は一人も居なかった。
バレットは敵が居なくなったのを確認して、声を張り上げる。
「ティファ! 生きてっか?」
少し間を置いて、穴だらけになっているスクラップの山の向こうから応えがあった。
駆け寄ってもう大丈夫だと伝えると、ティファと共に女性――彼女がジェシーなのだろう――が這い出てくる。
「よう、ジェシー。久しぶり」
「どういうこと? なんでバレットが居るの?」
「お前に会いたくてよ。探し回ったぜ」
「こわっ!」
冗談交じりにバレットとそんなやり取りをするジェシーの隣で、未だ恐怖が抜けきらない様子のティファは、バレットの右腕を見て息を呑む。
「バレット、その手……」
「これか。普段は外してるけどな。言ってみりゃあ、オレの本気の証だ」
ティファはまだ熱を帯びている銃口と、周囲に倒れている神羅兵を交互に見た。
現場を見ていなくても、バレットが彼らを斃したことは伝わっただろう。
「あの、」
ティファがバレットの行いをどう思うかを考えて、シユウの口から勝手に言葉が零れた。
皆の視線がシユウに集まったが、言いたいことが纏まらず、その先の言葉は出てこない。
結局、代わりにバレットがこれまでの経緯を説明して、最後に、
「やんなきゃ、お前らが死んでた」
シユウが伝えようとしていた言葉で締め括った。
或いはそれは、彼が自分に言い聞かせるための言葉だったのかもしれないが。
「マリンには言うなよ」
「うん。分かってる」
しっかりと頷くティファの目に怯えが見えないのを確認したシユウは、自分の心配など必要無かったのだと理解して胸を撫で下ろした。
それと同時に、バレットがマリンという幼い子を持つ親であり、そんな人の手を血で汚させてしまったことを改めて悔いる。
「色々聞きたいことはあるけど、そろそろ逃げない? ほら、上でヘリコプターも飛んでるし。また次のが来るよ」
「おお、そうだな。ティファ、お前んち行くぞ」
「どうして?」
「ちゃんと家まで送れって、マーレがよ。ジェシーも来てくれ。話がある」
ティファは了承し、皆を住処であるコンテナ横丁へ案内した。
マーレの言っていた通り、敷地の前では門番らしき男が見張りとして立っており、部外者の出入りは難しそうに見えたが、男はバレットの風貌に圧倒されたのか、アッサリと中に通される。
その先で、ティファが我が家だと言って見せてくれたのは、鍵のついたコンテナだった。
中は置かれた家具のお陰か外観よりも家らしく見えるが、大人四人――特にバレットのような図体のデカい男――が中に入るとかなり窮屈だ。
「引っ越せよ。いくらなんでも、こりゃ無いぜ」
「色々事情があるの」
「ねえバレット、話ってなに?」
「おお、それな。単純な話でよ。オレをアバランチに入れてくれ」
「ちょっ!? ストップ!」
ジェシーは慌てて言って、シユウを指した。
バレットは一瞬キョトンとしてから、ああ、と理解して、
「こいつはもう知ってる。こっちの味方だから安心しろよ」
「それを先に言ってよね! あ〜ビックリした。じゃあ何、二人ともアバランチに参加希望?」
「俺は違いますけど、話はバレットさんの後でいいですよ」
「ありがとよ。つーわけで、リーダーに引き合わせてくれよ。エルフェだろ?」
ジェシーは否定しなかったが、肯定もしなかった。
シユウは自分が居るせいで詳しい話がし難いのかと思い外に出ようとしたが、ジェシーが引き留める。
「大丈夫大丈夫、疑って話せないとかじゃないから。ただ、今ちょっとその辺りはややこしいことになってて」
「もしかして、方針の違いでバラバラになってるって話ですか?」
「あ、知ってるんだ? エルフェが率いるアバランチの本流、源流がどうもおかしなことになっちゃってて。そこから距離を置いたアバランチが幾つか存在するわけ。でも、それぞれが小さいの。神羅相手に事を起こすには全然足りないし、目的もバラバラ。それをね、纏めようっていうのが今夜の集会だったの」
「で、そこに神羅がやって来たと」
「そういう事。でもさ、仮に神羅の邪魔が入らなかったとしても、話は纏まらなかったと思うんだよね。私達三人――ビッグスとウェッジでさえ纏まらないのに」
「ジェシーさんの所属してるチームは、その三名だけなんですか?」
「そう。自称七番街スラム支部。私は魔晄炉を止めたいと思ってる。ビッグスはとにかく神羅が憎いの。神羅が困ることなら何でもしたいけど、無関係の一般人を巻き込みたいわけじゃない。ウェッジはビッグスと私に従うって言う。ね、バラバラでしょ? 気持ちだけはあるのに、空回りしてるんだよね」
「要するに、統率力のあるリーダーが必要ってわけだ。お前らの支部にも、アバランチ全体にもよ」
「まあ、そういうことだね」
「オレがやるぜ。ああ、オレはやるぜ?」
「って言われてもなぁ」
「動かねぇと分かんねぇんだよ、アタリとかハズレとか手応えとかよ。問題は転がりながら手直しすりゃあいいじゃねぇか。一番良くねぇのは、変に賢くなって考え込んじまうこと。動こうぜ。オレにケツ叩かせろ。オレの背中に乗っかれ。今のリーダーは誰だ? ジェシー、あんたか?」
「ううん。七番街スラム支部は思想的には平等。合議制大好き」
「それで上手くいってねぇんだろ? だったら変えてみようじゃねぇか。なあ?」
悩んだジェシーはティファに意見を求めた。
ティファもうーんと悩んでから、バレットに賛成。
「仲間が多いのは良いことだと思うな。ほら、ご縁、だし?」
「軽くない? そっちのお兄さんはどう思う?」
「バレットさんは決断力と行動力がありますから、それを必要としてるなら適任だとは思いますよ」
「なるほど。まぁ確かにバレットはさ、ハートに馬力があるよね。勢いというか、一歩踏み出す力。それは私達に欠けてると思う。うん、今までダメだったんだ。変えないとね」
「なら採用ってことで良いよな?」
「それはビッグスとウェッジにも聞いてみないと。てなわけで、バレットの話は一旦おしまい。そっちのお兄さんの用は?」
ジェシーに促されて、シユウは以前ティファにしたのと似たような説明を行った。
聞き終えたジェシーは暫し潜考。
「ごめん、私は知らないや。集会でそれっぽい人見たことも無いし……ああでも、なんか情報屋にそんな名前の人が居たような……貴方の名前出してもいいなら、捜してるって触れ込んどくけど?」
「お願いします。当時はシノって名乗ってたんで、それで」
「オーケー。用件はそれだけ?」
「はい、今のところは」
「なら、男二人は帰った帰った! 今日は元々ティファと二人で会う約束だったんだから。こっから先は女子会!」
と、コンテナから追い出されたシユウとバレットは、まあ用は済んだしなと大人しく従った。