00.Beginning

セブンスヘブンに戻ると、例によってマーレとマリンが出迎えてくれた。
駆け寄ってくるマリンを抱き上げようと屈んだバレットは、視界に映った己の右手の凶器に動きを止める。

「父ちゃん?」

何も知らないマリンに不思議そうに見上げられて、バレットは何とも言えない表情。

「すまねぇ、父ちゃん今ちょっと手が汚れててな」

「そうなの? じゃあ、せっけんでごしごしする?」

「そうだな。帰ってきたらまずは手を洗わねぇとな」

努めて明るく振る舞うバレットを横目に、シユウはマーレに何があったのかを伝えた。
マーレはバレットに礼を述べ、バレットは、

「間に合って良かったぜ。結構ギリギリだったけどな」

と笑って返した。

マーレが負い目に感じないように気を配っているのだろう。
笑っていられるような心境では無いだろうに。いつもは無神経な振る舞いをするくせに。

マーレと一緒に天望荘に帰って、寝支度を済ませベッドに横になってからも、シユウはモヤモヤとした感情を持て余して眠ることが出来なかった。

(……俺も、初めて人を殺した時は、あんな感じだったな)

ウータイのシノビとして、故郷や大切な人々を守る為にやったことだ。侵略してきた神羅が悪い。
頭ではそう理解していても、無垢な少女を前にすると、己の手が血で汚れていることにひどく負い目を感じたものだ。触れることを躊躇うほどに。
それが己の愛娘ともなれば、バレットの心痛は如何程のものか。

考えれば考えるほどに居ても立ってもいられず、シユウは気を紛らわせる為に外に出た。
セブンスヘブンの前を通りがかった時、店内に明かりが灯っているのを見て、まさかと思いながら入口の戸を叩くと、

「誰だよこんな時間に……今はやってねーぞ、看板見ろ看板」

と言いながら、赤ら顔のバレットが出て来る。

「って何だ、おめーかよ」

「…………まあ、呑んで忘れるのが手っ取り早いですよね、確かに。お邪魔しました」

「はぁ? 何しに来たんだよ」

「ちょっと気になって見に来ただけです。でも大丈夫そうなんで帰ります。それじゃ」

そう言ってさっさと立ち去ろうとするシユウに、心配して様子を見に来た≠フだと理解したバレットは、「待てよ」と襟首を掴む。

「だったら付き合えよ」

一人で呑みたいのではないかと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。

カウンター席に座り直すバレットを見て、シユウはその対面――日頃バーテンダーとして働いている時のポジションに立つ。
いつもなら「店の商品を勝手に飲むな」と叱っているところだか、今日くらいは良いだろう。

「おめぇはよ、あんまビビってねぇよな」

「?」

「この右手見た時も、オレが神羅の連中撃った時もよ。普通はティファみてぇに、もっと緊張した顔するもんだろ」

「ああ……まあ、そうですね」

「怖くねぇのかよ?」

「どれに対してですか?」

「全部だ。人を殺すのも殺されんのも……普通に生きてりゃ無縁のもんだろ。なんでそんな平然としてられるんだよ」

シユウはバレットに明かせる情報の中で、どうそれを説明しようかと言葉を選ぶ。

「顔に出ないだけですよ。バレットさんが俺によく言う胡散臭さみたいなものも、そのせいなんじゃないですか」

「じゃあ本当はかなりビビってるってことか?」

「さあ、どうでしょう」

「けっ、適当言いやがって」

「バレットさんは怖かったんですね」

「ああん!? 誰がビビってたって!?」

「別に普通の事ですよ。貴方の言う通り、普通の人は怖いんです。人の命を奪うのも、奪われるのも」

それは正常な感覚だ。他者に指摘されたとて恥じるものではない。
シユウは空になったバレットのグラスに、薄めた酒を注ぎながら続ける。

「そういう真っ当な感覚を持った人に、殺しなんてさせるべきじゃ無かった……ごめんなさい。俺は口先だけで、ただ見ていることしか出来なかった」

「……別にお前が謝るようなことじゃねぇだろ。誰かがやらなきゃいけねぇ、やれるのはオレしか居ねぇ、そういう状況だった。だからオレがやった。それだけだ。お前のせいじゃねぇよ」

「……………………」

「それでも気になるなら、せいぜい今もてなしてくれよ」

確かに、ここで今更悔いていても仕方ない。
シユウは「じゃあ今日は特別って事で」と、比較的高い酒の封を開ける。

「オレは撃った事を後悔はしてねぇよ。元々、神羅の連中をとっちめる為にこの右手を選んだんだ。ただ……マリンにはよぉ、オレのそんな覚悟とか事情とか関係無ぇだろ? あいつには、そういう血腥ぇ世界とは無縁で居て欲しいんだ。でも、マリンを放って行くわけにもいかねぇ。なぁ、どうすりゃいいと思う?」

「難しい問題ですね」

「そうなんだよ。さっきも寝てるマリン見ながら一人で考えてたんだけどよ、何が正解か全ッ然分からねぇんだよ」

「物事を深く考えるの苦手そうですもんね」

「そうそう……っておい、シレッと侮辱すんな」

「まぁでも、そういうのに正解って無いんじゃないですか? 貴方が思うようにすればいいと思いますよ」

「そんなんで良いのかよ?」

「さぁ」

「さぁってお前……」

「じゃあこういうのはどうですか? 神羅への怒りや貴方の覚悟、それに伴う罪は右手に。左手は、マリンちゃんを撫でたり抱っこしたりする、優しい父親の手」

言いながら、シユウはバレットの左手を掬い上げ、慈しむように両手で包む。

「この手は穢れのない綺麗な手です。だから、マリンちゃんに触れても大丈夫……そういう風に考えることは出来ませんか?」

「……なんかズルくねぇか? それ」

「気に入らなければ却下でいいですよ」

バレットは悩んでから、「まあ一旦はそれでいいか」と受け入れてグラスを煽る。

「……おい、コレ薄めただろ」

「飲み過ぎは体に良くないですから」

「けっ。まぁいいけどよ。ご馳走さん」

「あれ、もういいんですか?」

「おう。なんかスッキリしたからよ。もう寝るわ」

シユウは「それは良かった」と微笑んで空のグラスを受け取った。
役目を終えた酒瓶を片付けて、グラスを洗い始めるシユウに、立ち上がったバレットは頭を搔く。

「…………なぁ」

「はい?」

「ありがとよ」

面と向かって感謝を伝えるのが何となく気恥ずかしくて、他所を向いて素気無く言うバレットに、シユウは蛇口を閉めながら嬉しそうに応える。

「どういたしまして」

「…………お前たまにその笑い方するよな」

「え? 何か変ですか?」

「変じゃねぇよ。普段の嘘臭ぇ笑い方より、そっちの方が良い」

「嘘臭いって……」

失礼な、という言葉は聞かず、バレットは地下へと降りて行った。
別に意識して使い分けている訳でもないので、ああ言われても変えようがないのだが。

何にせよ少しでも役に立てたなら来て良かったと、同じくモヤモヤの晴れたシユウは、店の明かりを消して天望荘へと帰った。

一方、マリンの下へ戻ったバレットは、右手から武器を外してベッドに転がる。

(……左手は父親の手、か)

実際にはそんな都合の良い話には出来ないだろうが、それでも確かにそう考えると多少気は楽になった。
眠るマリンの姿を愛おしげに眺めつつ、ポンポンと布団の上からマリンの体を叩く。

(しっかし、あいつはよく分かんねぇな)

人を食ったような態度を取る時もあれば、今回のように夜中に心配して訪ねて来たりもする。
取り繕った部分しか見せないかと思えば、たまに素顔のようなものを見せる時もある。

(ティファの為に危ねぇ橋渡って金取りに行ったりもするしな。悪い奴じゃ無ぇ。でも何か隠してる気がすんだよなぁ……一線引いてるような感じもするしよ)

誰にでも秘密の一つや二つはあるだろう。自分もコレルでの出来事の全てを明かした訳でもない。
だから無理にそれを暴こうとするつもりは無いが、彼が自ら話してくれる時は来るのだろうか。

(……いや、別に、知らねぇままでもいいか。そんな深い仲でも無ぇしよ……)

だがこの胸の奥底にある小さな苛立ちは何だろう。
相手がティファやジェシーなら、気になりこそすれ苛立ちはしないのに。

やはりあの胡散臭さが駄目なのだろうかと思いながら、バレットは目を閉じて眠りについた。
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