06.Farewell

エアリスの遺体は、忘らるる都で水葬する事になった。

出来ることなら、帰りを待っているのであろうエルミナの所へ帰してやりたかったが、死体を綺麗な状態で運ぶには相応の設備が必要だった。少なくとも、今の一行に用意出来るものでは無い。

それに、神羅に追われる身でのこのこと帰って、エルミナ達を危険に曝す訳にもいかない。黙ってミッドガルを出てきた意味が無くなってしまうし、何かあればそれこそ、エアリスに申し訳が立たない。

一行はエアリスを悼んで、暫くは彼女を沈めた湖のほとりから動かなかった。
夜になり、朝日が昇り始める頃になって、バレットが言う。

「……もう充分だ。離れようぜ」

誰かが言わなければならない事だった。
そうでなければ、皆ここに縛られて、何処へも行けなくなる。

自分が言うべきだったとシユウは思った。
バレットは――例によってサングラスで隠しているが――涙を流している。
離れたくないのは彼も同じだろう。年長者として皆を引っ張らなければと、無理にその役を担っているだけ。

「お前はなんで泣いてねぇんだよ。毎回よ。一回くらい泣けよ」

鼻を啜りながらバレットが言った。
言われたシユウは苦笑する。

「血が通ってないんですよ、きっと」

「んなわけねぇだろ」

その評価はひどく不愉快だといった様子で否定するバレットに、シユウは曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。










何処へ行くにしても、まずはタイニーブロンコを万全な状態にした方がいいだろうと、都を後にした一行は、近くの平原で修理を始めた。
シドの指導で、手分けして折れた翼を元の形に戻していく。

「で、エアリスは結局なにをしたんだ?」

力仕事はバレットやでぶモーグリに任せ、動力部を弄っているシドが尋ねる。
具体的なことは誰も知らなかった。故に答えられる者も居らず、皆口を噤む。

修理は上手くいったようで、プロペラがゆっくりと回り始めた。
シドによる修繕箇所の最終チェックと、エンジンが温まるのを待つ間、仲間達は平原に散らばって休憩。

ユフィは一人、大の字になって寝転んでいた。
こういう時、下手に励まそうとすると機嫌を損ねてしまうので、シユウは遠くから見守るに留める。

ティファは抱いた膝に顔を埋めて座っていた。ナナキが傍に寄り添っている。
エアリスが言っていた通り、死んだ後も魂はここに残るのだとすれば、今この光景をエアリスも見ているのだろうか。

(……だとしたら、悲しんでるだろうな。自分が死んだことよりも、ティファさん達が辛そうにしてるのが……)

ティファ達の傍に居るエアリスの姿を想像しながら、次いでシユウはクラウドを見た。
彼は透明なガラス玉――中身の抜けた空のマテリアだろうか――を眺めている。他の皆と違い、彼はもう元気を取り戻しているように見えた。不自然な程に。

(…………あの時、俺が負けていなければ、鍵を奪われることも、エアリスさんが一人で都に行って、死ぬことも無かったのにな)

セフィロスに――正確には、あれも擬態したジェノバだった可能性が高いが。
彼に言われた通り、自分は弱い。クラウドを止めることも、皆を守ることも、今のままでは果たせない。

もっと強くならなければ。
全ての脅威を取り除けるだけの力を得なければ。
例えば、黒マテリアやウェポンのような、圧倒的な力が自分にあれば――――

(……なんか段々、思考がお嬢に似てきたな)

一旦冷静になろうと、シユウも適当な場所に腰を下ろそうとして、足元に咲いている花に気付いた。
黄色い花だ。ずっと前に、クラウドがティファに渡していたものと似ている。

当時暗かったのでよくは見えなかったが、エルミナの家にも、こういった花が咲いていたような気がする。
シユウは踏み潰してしまわぬよう、半歩横にずれて座った。花はそよ風に吹かれてゆらゆら揺れている。

感傷的になっているせいか、その花がまるでエアリスのように見えた。
「元気出して」とでも言われているような気がして、シユウは眉を下げて笑う。

「お前、怪我大丈夫か?」

近くにやって来たバレットに問われて、シユウは「それ何回目ですか」と呆れ気味に返した。

「あの戦いのせいで、傷口開いてんじゃねぇかと思ってよ」

「大丈夫ですよ。傷痕すら残ってません。そんなに心配なら見ます?」

と、服をたくし上げようとするシユウを、「そこまでしろとは言ってねぇ」とバレットが止める。

「今後は気を付けろよ。もうエアリスには頼れねぇんだからよ」

「……そうですね。気を付けます。――そこ、花踏まないで下さいね」

「あ? 花?」

シユウの右隣に座ろうとしていたバレットは、そう言われて左に移動。

「お前、そういうの気にするタイプだったか?」

「いえ。でも、この花は踏まないで下さい」

慈しむように優しく、指先で黄色い花弁に触れるシユウに、バレットは首を傾げる。

「なんかあんのか?」

「……言うと笑われそうなんで言いません」

「なんだよ。言えよ」

「言いません」

「けっ。秘密主義者め」

シユウはそのまま黙々と花を愛でていたが、ポツリと呟く。

「俺、この世界嫌いです」

「なんだよ急に」

「でも、エアリスさんのことは好きでした。モンティさんのことも、ジェシーさん達のことも、故郷の仲間達や両親のことも」

「……………………」

「なんで、生きていて欲しい人ばかりが死んでいくんですかね」

世間話のような語り口だったが、声には鬱積した感情が滲んでいた。
バレットも亡くしてきた人達の顔を思い浮かべながら答える。

「なんでだろうな。オレにも分かんねぇよ」

「…………ですよね」

「でも、今回は一人亡くさずに済んだ」

その一人とやらが誰のことなのか、シユウにはすぐ分からなかった。
自分のことを言われているのだと気付いて、花に注いでいた視線をバレットに向けた。真剣なバレットの顔がそこにはある。

「お前だけでもよ、助かって良かった」

その言葉をどんな顔で受け止めればいいのか分からず、シユウはまた俯いた。

「エアリスが繋ぎ止めてくれた命だ。それを忘れんなよ。粗末に扱ったりもすんな」

「……………………」

「返事」

「……………………」

「へ・ん・じ・し・ろ・よ!」

バレットは右腕でシユウの首を捕らえた。
締め上げられそうになったシユウは、ぺちぺちとバレットの腕を叩く。

「粗末にしないって、具体的にはどうすればいいんですか」

「そりゃあ、あれだ。怪我とか病気とか、なるべくしねぇように気ぃつけるとかよ」

「病気はともかく、怪我しないっていうのは難しいですよ」

「だったら、せめて死なねぇようにしろ。もう駄目だって思うような目に遭っても、諦めずに踏ん張って、最後まで足掻いて、何がなんでも生き延びろ。いいな」

「………………。善処します」

「善処じゃなくて誓うんだよ! オレとエアリスに誓え!」

「野郎ども! 準備出来たぜ! さあ、乗った乗った!」

遠くで手を振るシドに呼ばれて、シユウは逃げるようにそちらへ向かった。バレットがそれを追いかける。
散らばっていた仲間達も、飛行機能を取り戻したタイニーブロンコに集まって来る。

「空を見るな」

最後にやって来たクラウドは、空を見て徐にそう言った。
バレットは「んなこと言われたら、見るだろ!」と忠告を無視して空を見上げ、他の皆も上を向く。
そこには、澄み切った青空が広がっているだけ。

「見てもいいけど、気にするな。あれはまぼろし。幻想だ」

「あー……なんもねぇぞ?」

「さあ、北へ行こう。セフィロスを倒すんだ」

クラウドは仲間達の反応も気にせずそう言った。
もう明らかに様子がおかしい。ずっとおかしいので、寧ろこれが今のクラウドの普通なのかもしれないが。

「北?」

「俺にはあいつが分かる。ソルジャー同士だからな」

「おろ〜? クラウド、頼もしい!」

ユフィは気にしていないのか、それともわざと触れないようにしているのか、そう茶化してタラップを登って行った。ナナキがそれに続く。
シドとケット・シー、ヴィンセントはもう先に乗り込んでいるようで、小窓から姿が見える。

「……いいだろう。お前に賭けるぜ。オレ達の大事なもん、一切合切だ。かなり重いから、覚悟しろよ」

不安げなティファを気遣いながら、バレットがクラウドに釘を刺すように言った。
するとタイニーブロンコの中から、

「なにを積むって? あんまり重いのは捨てるからな!」

とシドの声が飛んでくる。
それに対して、

「心配するな。俺が拾ってやる」

クラウドは大真面目な顔で言った。

収拾がつかなくなった会話を放棄して、バレットはタイニーブロンコに乗り込んだ。
シユウとティファ、少し遅れてクラウドも中に入り、乗降用のハッチが閉まる。

「……お前、もう縮まなくてもいいんじゃねぇか?」

いつも通り変化の術でトンベリの姿になったシユウは、バレットのその言葉の意味するところを考えて、ふるふると首を振った。

エアリスはもう戻って来ない。
貨物置き場でぎゅうぎゅう詰めになるよりも、空いた席に誰かが座った方が良いのだろうが。
シユウはそうはせずに、バレットの膝の上に攀じ登る。

エンジンが稼働し、タイニーブロンコが浮かび上がった。
回転するプロペラに巻き上げられた黄色い花弁が、旅立ちを祝福する紙吹雪のように、窓の外で舞っている。

これはそんな華々しい門出などでは無いが。
もしエアリスがここに居たら、こんな風に華やかに、笑顔で見送ってくれたのかもしれない。

そこに自分が居なくても。
皆が笑って、明日を生きられるようにと。

トンベリは遠ざかっていく大地を見下ろす。
草原に咲く花々は、その姿が完全に見えなくなるまで、ずっとゆらゆらと揺れていた。
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