06.Farewell

「シユウ。クラウド、止めようとしてくれて、ありがとう」


――――駄目でしたけどね。鍵も奪われて……情けない。


「あとは、わたしにまかせて。上手く出来るか、分からないけど……やってみる」


――――どうするんですか?


「今は、ゆっくり休んで。元気になったら、また皆のこと、よろしくね」










シユウは目を開いた。
視界一面が薄ピンク色に染まっていて、一瞬目がおかしくなったのかと思ったが、すぐにそれがでぶモーグリの体だと気付く。
膝裏と背中を支えられており、足先には浮遊感がある。リクライニングした椅子の上に寝ているような姿勢だ。どうやら抱えられているらしい。

少し顔を動かすと、黒と白のフィーラーが飛び回る空と、でぶモーグリの愛くるしい顔が見えた。
縦長の瞳が、じっとこちらを見ている。

「……………………」

「……………………」

「…………えっと?」

これは今どういう状況なのだろう。
横抱きにされたまま周囲を見渡すと、すぐ近くに森が、少し離れた場所に巻貝のような形の巨大な建造物が見えた。
その近くには、恐らくはクラウド達だろう人の姿もある。フィーラー達が滝のように上から下へと流れ、彼らの行く手を阻んでいる。

でぶモーグリは崩れた足場をぴょんぴょんと渡り、彼らの居る場所までシユウを運んだ。
クラウドが一人で滝の向こうへ消えたところで、仲間達と合流する。

「シユウはん! 目ぇ覚めはったんですね! いや〜、良かったですわぁ」

まずケット・シーが、降りてきたでぶモーグリに気付いてそう声をかけ、

「シユウ!? 起きたの!?」

と、ユフィが忙しなく駆け寄る。
他のメンバー達も、その声を聞いてシユウの元へ集まる。

「シユウさん! 大丈夫ですか?」

「ティファさん……すみません、今これどういう状況……」

「怪我して倒れてたんです。覚えてませんか?」

そう言えばそうだったなと、シユウは刺された箇所を手で触って確認。

「治ってる……」

「エアリスが治してくれたんだよ。具合どう?」

「……多分大丈夫だと思います」

「あ〜良かった〜! ありがとうエアリス〜!」

「そのエアリスさんは何処に……?」

「エアリスはこの奥だよ」

ナナキが尻尾でフィーラーの滝の方を指した。
先程クラウドが通った時は白い光のトンネルのようなものが見えていたが、今はフィーラーに塞がれている。

「ここは忘らるる都=\―かつて古代種が集い、祈りを捧げたとされる場所だ」

ヴィンセントがそう解説し、

「建物の中に祭壇があるんだって」

「エアリスは、セフィロスを止める為に、一人でそこへ行っちゃったの」

ユフィとティファが付け加える。
全員で中へ入ろうとしたが弾かれてしまい、クラウド一人を通すことしか出来なかったらしい。

シユウは神殿からここまで運んでくれたらしいでぶモーグリに礼を言って降りた。
そして、クナイを手にフィーラーの群れに突っ込んでいく。

「!? おい!」

聞いた通り、触れた瞬間に弾かれてしまい、痛そうに手を振るシユウをバレットが引き戻す。

「無理だって言ってんだろ!」

「…………なんでクラウド君だけ行かせたんですか」

「だから、他の奴じゃ弾かれんだよ」

シユウは納得いかない様子で、懲りずに再度向かっていこうとする。
バレットは眉間の皺を深くして、先程よりも強くシユウの腕を引っ張る。

「しつけぇぞ」

「俺は今のクラウド君を信用してません。エアリスさんが心配なんです」

「お前、自分がさっきまで死にかけてたってこと、分かってんのか?」

「分かってるから心配なんですよ!」

神殿で対峙した時のクラウドは、本気だった。本気でこちらを殺そうとしていた。
ゴンガガでティファを斬りかけた事といい、彼はおかしくなると、相手が誰であれ容赦はしない。

「だからって、お前が行きゃあ解決すんのかよ? 無理に割り込んだ結果がそのザマだろ」

「それは…………」

事実だ。
言い返せず、シユウは悔しげに押し黙る。

「でも、オイラも心配だよ。セフィロスも来てるみたいだし……」

「じゃあさ、他に入れる場所無いか探そうよ!」

そう言って、ユフィは建物の周辺を探り始めた。
他のメンバーもそれに倣う。

「おめーはここでじっとしてろよ」

「は? 何でですか」

「怪我人だろ」

「もう治ってます」

「いいからじっとしてろ!」

と、バレットに無理矢理その場に座らされたシユウは、バレットが傍を離れるなり、言いつけを無視してひょいひょいと建物を登っていく。

外壁を破壊すれば入れるのではと、適当な場所を忍術で狙ってみたが、傷一つ付かなかった。
長い年月を経て尚この形を保っているだけあって、普通の建造物とは強度が違うらしい。

セトラの技術は凄いなと半ば感心していると、突進して来たフィーラーに足場から落とされた。

「あ」

まあこの高さなら着地出来るかと、シユウは慌てることなく襲ってくる数体のフィーラーと空中で交戦。

一方、地上を探索していたバレットは、落ちてくるシユウを見て絶句。
フィーラーを追い払って無事地上に着地したシユウは、ずんずんと歩いてきたバレットに拳骨を喰らった。

「痛っ!?」

「いい加減にしろよお前!」

「????」

「おいケット・シー! こいつモーグリで押さえてろ!」

「はぁ。まあええですけど」

何に対して怒られているのか全く分からず、シユウは近寄ってくるでぶモーグリから逃げる。
が、バレットに退路を塞がれて、敢え無く捕まった。もふもふとした腕が体に巻き付く。

「シユウはん、まだ怪我治ったばっかりなんですから、無理は禁物です」

「そういうこった。大人しくしてろ」

「とは言え、ここまですんのは過保護やとボクは思いますけど」

「うるせぇ」

フンと鼻を鳴らして去っていくバレットに、シユウは首を捻る。

「何なんですかあの人……」

「まあ、それだけ怖かったんとちゃいます?」

「怖かったって、何が?」

「シユウはんが――」

「あっ、消えた!」

答えようとしたケット・シーの声に、ユフィの声が被さった。
入口を塞いでいたフィーラーの群れが忽然と消え、通れるようになっている。

「なんで急に……」

「分からない……けど、行こう!」

皆は一斉に駆け出した。
建物の床は湖のように水が満ちており、その上に道が伸びている。
水の色を反射して青く染まる通路、天井から降り注ぐ日差しと、ライフストリームの光の粒。

平時ならば、その美しさに見惚れていたことだろう。
だが今はそれどころでは無い。

道の終点に、祭壇と思しき建造物が見えた。
エアリス達はきっとあそこに居る。長い一本道を走り抜け、階段を駆け上がる。

果たして、クラウドとエアリスはそこに居た。
だが、彼らの姿を認めた瞬間、シユウは足を止めてしまった。


横たわるエアリスを、クラウドが支えている。彼は涙を流していた。
エアリスの服は赤く染まっており、床に血溜まりが出来ている。

傍らには、彼女の血で染まった長刀を手に佇むセフィロスの姿。


凍りついたように動かないシユウを、バレットとティファが両脇から追い抜き、同じ光景を目にする。

「エアリス……!!」

「てめぇ!!」

ティファはエアリスに、バレットはセフィロスに向かっていく。
今近寄ればバレットまで――そんな考えが過ぎって、シユウは慌ててバレットを引き止めた。

「さあ……始まるぞ。あらゆる情を乗せた世界が混ざり合うのだ。負の感情は強い。ちっぽけな喜びなど飲み込んでしまい、そればかりか、怒り、悲しみ、憎悪に変える……ああ、なんと強い波動だろう」

クラウドはそっとエアリスを下ろした。
セフィロスは悲しみに暮れるクラウドを嘲笑う。

「もっとも、お前は気付かないかもしれない」

「黙れ!!」

クラウドは怒りに任せて剣を振るった。
だがセフィロスには当たらない。

「何故なら……お前は人形だ」

宙に浮かんだセフィロスの体が黒い靄に包まれた。

第八神羅丸の時と同じだ。
溢れ出した闇に空間ごと取り込まれ、床に横たわるエアリスの姿が消える。目に見える世界が異質なものへと変わっていく。

現れたのは、臓器を思わせる肉塊と触手の群れ。髑髏のような頭を持つ怪物。
その怪物は、セトラが見せた幻影とよく似た姿をしていた。

かつてこの星に飛来した災厄、ジェノバ。
ジェノバは自在に姿を変える。
数年前に死んだ筈のセフィロスの再来。

バラバラだったピースが、頭の中で一つに繋がっていくのをシユウは感じた。
セフィロスが化け物に姿を変えたのではなく、最初からこの化け物が――ジェノバが、セフィロスに擬態していたのではないか?

ならば、この化け物にエアリスは刺されたのか。
こんなワケの分からない、星外から来た未知の生物に。

抱いていた恐れが怒りに染まっていく。
仲間達もそれぞれに武器を構えた。

ここで何があったのかは分からない。
ただ、目の前のこの化け物がエアリスを傷付けたことだけは分かる。

早く彼女を助けなければ。
その為にはまず――――この化け物が邪魔だ。

示し合わずとも、皆の足並みは自然と揃い、全員がジェノバに向かって走り出した。










敵はいつの間にか消えていた。
恐らくは斃せたのだろう。大量のライフストリームの光が、辺りに立ち込めている。

シユウは息切れを起こしながら、地面に両手両膝を着いていた。汗がポタポタと地面に落ちる。
思いのほか手こずった。何度も何度も敵を切り刻んだ感触と、戦争以来味わったことの無い疲労感が、長時間戦っていたことを示している。

だが休むのは後だ。早くエアリスを助けなければ。

ジェノバが消えたことで、祭壇は元の状態に戻っていた。
エアリスの姿を見付けて、真っ先にティファが駆け寄る。震える手で彼女の肩に触れてみるが、エアリスは目を閉じたまま動かない。

他のメンバーも近くに集まった。
近くに寄ってみて分かったが、エアリスはツォンやシユウの時と違い、心臓を刺し貫かれていた。

もう助からない――シユウはその考えを振り払う。

「……バレットさん、かいふくのマテリア、貸してくれませんか」

「そりゃあ……いいけどよ。でも、その程度の魔法じゃ、どうにも…………」

「いいですから」

頭では分かっている。
傷を負ってから時間が経ち過ぎているし、今更こんな汎用の回復魔法を唱えた所で、助かる見込みはもう無い。

それでも――――

「……エアリスさんは、同じような怪我した俺を助けてくれたんですよ。なのに、俺は何もせずにただ見ているだけなんて……そんなのは嫌です」

シユウはマテリアを握り締めて魔力を注いだ。
エアリスの体が、癒しの光で包まれる。

傷口は徐々に塞がっていった。だが――それだけだ。
止まってしまった心臓は動かないし、体から逃げた熱は戻らない。
静かに涙を流すティファを、シユウは横目で見る。

(……全然、お邪魔虫なんかじゃ無かったみたいですよ、エアリスさん。ティファさんにとっての貴女は……)

きっと、かけがえのない友人だったのだろう。

ティファは男には好かれる。
だがその分、女性には妬まれることが多い。

彼女は誰にでも愛想良く振舞い、嫌われる要素を極力排除しようと努力しているが、それでも、彼女と親しくしようとする女性は少なかったように思える。

だから、ジェシーにはとても良く懐いていた。
そのジェシーが死んで、途方に暮れていた彼女にとって、エアリスの存在は救いだった筈だ。

(なのに、どうして急にこんな…………ついさっきまで、普通に話してたのに……なんで…………)

目に見えている光景が全てだ。エアリスは殺された。
だが、エアリスが死んでしまったのだということが信じられない。
今にも起き上がって、「ごめん。驚いた?」とでも、笑って言いそうなのに。

シユウは魔力が尽きるまで回復魔法を繰り返したが、綺麗な遺体が出来上がっただけだった。

反応しなくなったマテリアを地面に下ろすシユウに、泣きながらエアリスに縋り付くティファやユフィに、悲しみを堪えて静かに見守っているナナキやケット・シー達に、込上がってくる悔しさを抑えてバレットが切り出す。

「……弔ってやろうぜ」
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