12.音速十光年

「……すみません。もう、大丈夫です」

暫くして。濡れた目元を拭いながら言ったアルノルドを、レイヴンは訝しげに見る。

「ホントにぃ? 無理してなぁい?」

「はい。……あの、レイヴンさん」

「なに?」

「有難う御座いました。その……」

何から話せばいいのだろう。
言葉を詰まらせるアルノルドに、レイヴンは先日の自分を重ねて笑う。

「後でゆっくり話そっか。今は先にユーリ達のとこ行ってやんな。皆心配してたから」

と、レイヴンに連れられて外に出たアルノルドは、

「――って事で、お前は騎士団クビになったから」

自分が眠っていた間のことを説明してくれたユーリにそう宣告されて凍りついた。

「え゙」

「もうユーリ、意地悪しちゃ駄目ですよ」

「散々振り回されたんだ、これぐらいの仕返しはしてもいいだろ?」

「ああ……なんだ、冗談か」

「クビにはなってないけど、謹慎処分だって」

何でもないことのようにカロルが言った。

嘘だよな? とアルノルドが目で問い、ホントだよ、とカロルが目で返す。

「だから暫くはボク達と一緒だよ!」

「いや、でも、今の騎士団は人手が……俺が抜けたら仕事が……」

「まあそのへんは、あのお惚け殿下が何とかするんじゃない?」

「何とかって……」

「もう決まったことなのだから、言っていても仕方がないんじゃないかしら」

「そうそう。つべこべ言ってねぇで腹括れよ。それより、俺達に何か言うことがあるんじゃねえの?」

じろり、と皆が怒りの目でアルノルドを見た。
仕方の無い事ではあるが、これまで彼らにそんな目を向けられたことの無かったアルノルドは縮こまる。

「ええと……随分と迷惑をかけたみたいで、申し訳ありませんでした……」

「それだけ? こっちはあんたのせいで予定が大幅に遅れたりしたんだけど?」

「アルの事が無かったら、今頃もう精霊が揃ってたかも」

「嵐の中、わざわざ船を出して迎えに行かされたようなものなのじゃ」

「バウルもあちこち飛び回ったせいで疲れてるみたいね」

「おっさんも炎の中飛び込まされて大変だったわ」

「私も慣れない術を沢山使って疲れました」

「ノードポリカで戦った後だったから余計にな。さて、どう責任取ってくれるんだ?」

「どうって言われても……」

もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ、としかアルノルドには言えなかった。
その様を見て、皆はやれやれと顔を見合わせる。

「もしお前と同じことをエステルがやったらどう思う? お前はエステルに何を望む? それを考えれば分かるだろ」

ユーリにそう促されて、アルノルドは逡巡の後、

「……もう二度と、こんな無茶はしない。助けてくれて有難う」

頭を下げて言った。皆は満足して頷く。

「どういたしまして!」

「誓約書でも書かせておいた方がいいんじゃない?」

「首輪を着けておくのはどうかしら」

「ならリードはうちが持つのじゃ!」

「勘弁してくれ……反省してるから……」

「本当にしてます?」

一人、まだ納得していない様子のエステリーゼがムスッとした顔で言った。
アルノルドは困り顔で彼女の前に跪く。

「しています。護衛としての務めを果たせず、申し訳ありませんでした」

「私が怒ってるのはその事じゃありません」

「それもちゃんと分かっています」

「分かってません! そうやってヘラクレスの時も貴方は……! 私がどんな気持ちで……!」

エステリーゼの大きな瞳が悲しみに揺れた。

彼女にこんな風に気持ちをぶつけられたのも初めてだ。
変わったのは彼女か、自分か。恐らくは両方なのだろう。アルノルドは俯く彼女を見上げる。

「すみません、俺が浅はかでした。……次からは格好付けずに、ああいう場合は一緒に逃げるようにします」

自分の行いは騎士として正しかった。
けれど彼女の騎士として、仲間としては間違っていた。今は彼女が自分に何を求めているのかが分かる。痛いほどに。

「もう貴女を悲しませたりしません、絶対に」

アルノルドの言葉を聞いて、お説教を続けようとしていたエステリーゼはそれを取り止める。

「……本当です?」

「はい」

「なら、約束して下さい」

エステリーゼは小指を差し出した。
アルノルドは血判状にサインでもするかのような心地で、それに自分の指を絡める。

「嘘ついたら針千本、ですからね」

「千本じゃ足りないわよ、一万本にしときなさい」

「一万本でも少ないよ、百万本くらいじゃないと」

「世界中のハリセンボンを集めておくのじゃ」

仲間たちからそんな茶々が入った。
エステリーゼが笑って、つられてアルノルドも笑う。

「じゃあ、針一億本でどうです?」

「分かりました、肝に銘じます」

指切った、と締め括って、エステリーゼはやっとアルノルドを赦した。
さあ出発だと皆がバラけても、アルノルドはその場で誓いの乗った己の小指を見詰め続ける。

「どうした?」

「いや、懐かしいなと思って。前に帝都の下町でも、男の子と指切りした事があったんだ。ユーリ君を捕まえたりしないって」

「へぇ、そりゃ知らなかった。ってことは、俺はそいつのお陰で見逃されてたって事か?」

「単にタイミングを逃し続けてただけだよ。約束した時はその場凌ぎのつもりで、律儀に守る気なんて無かったし」

「嫌な大人だな。じゃあ、今からでも捕まえてみるか? 色々と罪状も増えちまったし」

冗談とも本気とも取れる声色で言って、ユーリは両手を広げてみせた。
アルノルドはそこに手錠を嵌める代わりに、片方の手を取って握る。

「生憎と、今の俺は謹慎中なんでね」

「ああ、そういやそうだったな。……で、この手は何だよ?」

「初めて会った時にやりそびれてた事」

あの時は騎士とお尋ね者だったから、と言うアルノルドに、意味を理解したユーリは彼の手を握り返す。

「なあ、一つだけ聞いてもいいか?」

「うん?」

「お前にとって、隊長……ナイレン・フェドロックはどんな存在だった?」

ユーリは真剣な眼差しで真っ直ぐにアルノルドを見た。
シゾンタニアでは交わることのなかった視線が、長い時間をかけて重なる。

「……大切な人だった。あの頃の俺の、唯一の心の支えだったよ」

アルノルドは寂しそうに笑って言った。

罪悪感のせいでずっと口には出来なかった言葉。
それを聞いたユーリは安堵したように息を吐いて、同じように笑う。

「だよな。…………よかった」

ユーリは万感の想いを込めて言った。
胸のつかえが取れて、晴れやかな顔になる。

「そんじゃ、改めて宜しくな、アル。全力でこき使ってやるから覚悟しとけよ」

「ああ、何でも言って……、……あれ?」

今、何か少し違和感があったような。

その正体が何なのかに気付いて、アルノルドは面食らった顔をした。

「名前…………」

「…………そこはサラッと流してくれよ」

どうやら勘違いでは無いらしい。

今まで全く気にしていなかったが、思えば、彼に名前を呼ばれたことはこれまでに一度も無かったのだ。

ユーリのこの反応を見るに、多分わざとそうしていたのだろう。
名前を呼ぶことすら厭うほどに嫌いだったのか、親しくする事に抵抗があったのか。

無理もない。が、ユーリが密かにそんな努力をしていた事がひどく可笑しくて、アルノルドは俄に笑い出した。

事の真偽を確かめるまで、仲間として認められるようになるまでは、絶対に呼ばないとでも心に決めていたのだろうか。
他にもっと賢い距離の取り方はあるだろうに。

「笑ってんなよ。お前、やっぱり性格悪いんじゃねえの?」

「そうだな、少なくともユーリ君よりは」

尚も笑っているアルノルドをユーリは引っ叩いた。
そうだ、小難しく考えないで、一人で悶々と悩んでいないで、最初からこうしてぶん殴ってやれば良かったのだ。そう思いながら。

「何話してんのかねぇ、あの二人は」

その様子を一段高い場所から見守っていたレイヴンは、デッキの手摺に頬杖をつきながら呟いた。
通りがかったエステリーゼが、同じものを見てそれに答える。

「さあ? でも、二人ともなんだか嬉しそうです」

「そうね。色んな人に見せてやりたいわ」

自分がそんなことをしなくても、その人達は今もしっかりと見ているのかもしれないが。

レイヴンは空を見上げた。
雲ひとつない爽やかな晴天。これならきっとよく見えるだろう。

「……アルちゃんって、リレーのバトンみたいよね」

「?」

「ほら、リレーって、色んな人がバトンを繋いで走るでしょ? アルちゃんもそうやって、ここまで連れてきてくれた人達が居たんだろうなあって」

「なるほど……なら託された私達も、責任もって走っていかないと、ですね」

「俺は受け取るの下手なせいで、何回か落っことしちゃったけど」

「大丈夫ですよ。これからいくらでも巻き返せます。それに、ゴールは逃げたりしませんから」

「確かに、それもそうか」

不格好でも、時間がかかっても、走ることを辞めなければ、いつかゴールには辿り着ける。

諦めなかった者だけが見れる景色。
レイヴンは今目の前にあるそれを見て、穏やかに笑った。
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