12.音速十光年

「なんだよ、まだ寝てんのか?」

夜の海に浮かぶ船に戻ったユーリは、船室のベッドに横たわったままのアルノルドを見て言った。
他の仲間達も、ユーリの背後でその様子を窺う。

「実は死んでたりしねーよな?」

「呼吸する死体があるなら、有り得るわね」

「疲れが溜まってたんでしょ、ハードスケジュールだったみたいだし」

「でも、前に会った時は元気そうだったよ?」

「そうですね、無理をしているようには見えませんでしたけど……」

「……脳疲労症候群=v

会話するエステル達の横で、レイヴンがポツリと呟いた。
聞き馴染みのない単語に皆が首を傾げる。

「なにそれ?」

「脳に過剰なストレスがかかった時に起こる機能不全障害のこと。疲れを認識出来なくなんのよ。あとは記憶力が低下したり、五感に異常が生じたり……多分アルちゃんはそうなってたんじゃないかねぇ」

「そうだったんだ……じゃあ、今回のことが無かったらどうなってたんだろう?」

「そうさねぇ、ある日突然ポックリ逝ってたかも」

「命拾いしたわね。まったく、そんな風になる前にちゃんと言いなさいっての」

「まったくだ。さて、お騒がせ騎士の回収も済んだ事だし、俺達も今日はもう休もうぜ」

と、皆がその場を離れる中、エステリーゼは一人部屋の中に入って行った。
それを認めたレイヴンは、気になって部屋を覗き込む。

エステリーゼはアルノルドの傍らに膝を着いて、嬉しそうにその寝顔を眺めていた。
レイヴンに気付いた彼女は、指で静寂を促しながら手招きする。

「なんか前にも、こんなシチュエーションあった気がするわ」

「そうですね。でも、今度は助けられました」

エステリーゼはそう言って、自分の掌を見詰めた。

べリウスを死なせてしまった日。傷付き苦しむアルノルドに、自分は何も出来なかった。けれど。

「……私、少しはアルの力になれたでしょうか?」

問いかけるエステリーゼに、レイヴンは微笑んで頷いた。

「なれたとも。きっと、嬢ちゃんが思ってる以上にね」






「……………………」

医務室の天井じゃない。

朝日に照らされる板張りの天井を見てアルノルドは思った。
体が重い。服のまま海に飛び込んだ時のように重い。それに抗ってなんとか上体を起こして、自分の居場所を確認する。

これはフィエルティア号の船室、だろうか。
何度か見た覚えのあるその空間を寝起きの頭でぼんやりと眺めて、これまでの事を振り返る。

全部夢だったのだろうか?
アルノルドは自分の体を見た。騎士団の団服ではなく軽装姿になっている。その団服はと言えば、焼け焦げた状態で壁に吊るされていた。

ならあれは現実か? けれど、どこにも怪我はしていない。アルノルドは首を傾げた。

「お、やーっと起きたわね」

部屋の扉が開く音と共にレイヴンの声がして、アルノルドはそちらを向く。
遠くにユーリ達の声も聞こえた。レイヴンはベッドの脇に椅子を引っ張ってきて、そこに座る。

「調子は?」

「……体が怠いです。あと頭痛が」

「それはこれまでの疲れと過眠のせいよ。あれだけの怪我して、その程度で済んで良かったわ。嬢ちゃんには感謝しないとね」

「エステリーゼ様が治して下さったんですか? 」

「そ。アルちゃんの力になれて良かったって喜んでたわよ」

それを聞いて、アルノルドの表情が陰る。

「……俺には、エステリーゼ様にそこまで大事にして頂くだけの価値は――」

「あるから大事にしてるんでしょ」

言葉を遮られたアルノルドはシーツを握り締めた。
ヘラクレスでアレクセイに挑み、敗れ、彼女が連れて行かれるのをただ見ている事しか出来なかった記憶が、脳裏を過る。

「俺は、エステリーゼ様を守れませんでした」

「うん」

「助け出すことも出来なかった。苦しんでいる彼女に何も出来なかった。なのにどうして……」

「嬢ちゃんにとって、重要なのはそこじゃないからじゃない?」

レイヴンはあっさりとそう返した。
少し前までなら、彼と一緒になって悩んでいたかもしれない。その答えがわからなかったかもしれないけれど。

「ただ生きて傍に居てくれるだけでいいって、そういう風に思ったこと、アルちゃんにもあるんじゃないの?」


生きて、傍に。


アルノルドはそう願っていた、今はもう居ない人達の事を想った。
収まっていた感情がまた込み上げてきて、涙がポタリと落ちる。

「生きててくれてよかった」

炎の中で言った言葉をレイヴンは繰り返した。

この十年、すれ違い続けていたものが、カチリと嵌ったような気がした。
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