04.黄昏に光る少女の泪

「おお、マイロード。コゴール砂漠にゴーしなくて、本当にダイジョウブですか?」

「ふん、アレクセイの命令に耳を貸す必要はないね。僕はこの金と武器を使って、全てを手に入れるのだから」

「その時が来たら、ミーが率いる海凶の爪の仕事、誉めてほしいですよ」

「ああ、わかっているよ、イエガー」

イエガーという男は海凶の爪というギルドの人間らしい。
ギルドの人間がなぜ、総本山たるダングレストを潰そうと目論む騎士と手を組んでいるのだろうか。

「ミーが売ったウェポンを使って、ユニオンにアタックね!」

「ふん、ユニオンなんて僕の眼中にはないな」

「ドンを侮ってはノンノン、彼はワンダホーなナイスガイ。それをリメンバーですヨ〜」

「おや、ドンを尊敬しているような口ぶりだね」

「尊敬はしていマース。バット、海凶の爪の仕事は別デスヨ」

「ふふっ……僕はそんなキミのそういうところが好きさ」

寒気がした。
何故こんな気持ち悪い会話を聞かなければならないのかと思いながらも、皆はそれを続ける。

「でも心配ない、僕は騎士団長になる男だよ? ユニオンを監視しろってアレクセイもバカだよね。そのくせ友好協定だって? 僕ならユニオンなんてさっさと潰しちゃうよ、君たちから買った武器で!」

散々大口を叩くキュモールの隣で、イエガーが不意に振り返った。
横目でこちらを見るイエガーと視線がかち合ったかと思えば、相手は何も言わず口角を上げる。

「あのトロロヘアー、こっちを見て笑ったわよ」

昇降機が降りて、完全に話し声が聞こえなくなってから皆は物陰から出た。

「明らかにオレたちのこと気付いてたな」

「あたしたちをバカにして……!」

「みんな解放してやろうぜ、あのバカどもから」

「とりあえず、強制労働してる人見つけたら、逃げるように伝えましょ」

戻ってきた無人の昇降機に乗って、一行も労働者キャンプへと入る。
所狭しと並ぶテントの間をすり抜けてキュモール達を探しながら、虐げられている市民を見つけては助けて回った。

「あら? さっきの人たちよ」

粗方市民を避難させることが出来たところで、ジュディスが再びキュモールとイエガーを見つけた。

「それに赤眼の一団も……!」

「キュモールが赤眼の連中の新しい依頼人って事みたいだな」

真っ赤な眼光が3つ、テントの影の中で不気味に光っていた。
キュモールがそれらに何か指示を出すと、彼らは四方に散っていく。

「サボっていないで働け! この下民が!」

「う、うう……」

近くに居た労働者が倒れると、キュモールは容赦なく罵声と暴力を浴びせた。それは捜索を依頼されていたティグルだ。
既に傷だらけで、地面から起き上がる力ももう無さそうだった。

「お金ならいくらでもあげる。ほら働け、働けよっ!」

大事な大事な金を無駄なことに使うな。
それをふんだくる算段を立て始めたアルノルドは、ユーリが足下の石をキュモールに投げつけるのを視界にとらえた。

「ユーリ・ローウェル! どうしてここに!? ひ、姫様やアルノルド隊長まで……」

「あなたのような人に騎士を名乗る資格はありません! 力で帝国の威信を示すようなやり方は間違ってます。その武器を今すぐ捨てなさい、騙して連れてきた人々もすぐに解放するのです!」

次期皇帝候補らしい威厳のある振る舞いをするエステリーゼにも、キュモールは臆することなく歯向かう。

「世間知らずの姫様には消えてもらった方が楽かもね。理想ばっかり語って胸糞悪いんだよ!」

「暴言もほどほどにしてくれませんと、そろそろ不敬罪で告訴しますよ」

「ふん、成り上がりの平民騎士が……あまり調子にのるなよ! イエガー、やっちゃいなよ!」

「イエス、マイロード」

イエガーが武器を構えると、散っていた赤眼が速やかに集まってきた。どうやら全員纏めて相手しなくてはならないらしい。

「ユーに恨みはありませんが、これもビジネスでーす」

最初に動いたのは赤眼だった。3人は息を合わせて同時に襲いかかってくる。
詠唱組の時間をかせぐべく前衛はその攻撃を受け止め弾き返した。なるべくエステリーゼやリタと距離を取るように赤眼を追いやる。

イエガーはこちらの戦力を量るためか、何もせずにそれを眺めていた。余裕綽々、といったところだろうか。

こちらの前衛は4人、赤眼は任せてもいけそうだな。
エステリーゼの側に敵が接近していないのを確かめてから、アルノルドはイエガーに標的を移す。

「おっと、随分ハードなアプローチですね」

「その気に障る話し方は何とかならないのか?」

易々と受け止められて、これはお姫様のご要望に添った戦い方では無理だと判断し、アルノルドは目付きを変えた。

「それがユーのトゥルーパワーですか? 動きがチェンジしましたネ」

相手の急所だけを狙う、命を奪うための剣技。
刃が敵の皮膚を裂いて鮮血が伝う。だが深い傷はまだつけられない。それでもこちらは未だ傷1つ無いのだから優勢と言えるだろう。

「ではミーもそれにアンサーして、少し本気でバトルしましょうか」

イエガーは鎌のような武器の切っ先をこちらに向けた。と、それは形を変え、丸い筒のようなものになる。銃口だ。

「――っとぉ、ややこしい武器だな」

アルノルドは打ち出された弾丸をスレスレで避け、連射されるそれを躱していく。
銃声が止むと同時に進路を変えて、イエガーへと突っ込んだ。

剣は武器で受け止められたが、気にせず腹部を蹴りつける。吹き飛んだ相手を更に追いかけ組み敷いて、心臓に剣を突き立てようとするも、額に銃口をあてられる方が早く、仕方なしに飛び退いた。

「なかなかストロングですね」

「どの口がそれを言う」

「キュモール様! フレン隊です!」

気付けば赤眼たちは地面に倒れていた。
隊員の報告に、イエガーは攻撃を止める。

「さっさと追い返しなさい!」

「ダメです、下を調べさせろと押し切られそうです!」

「下町育ちの恥知らずめ……!」

「ゴーシュ、ドロワット」

「はい、イエガー様」

イエガーが呼ぶと、二人の少女が屋根から飛び降り、対峙する一行の間に降り立った。

「やっと出番ですよ〜」

「ここはエスケープするがベター、オーケー?」

ゴーシュとドロワットが地面に小さな玉を投げつけると、一気に白い煙が視界を塞ぎ何も見えなくなる。剣で薙いでも煙りは晴れない。

「うわ……これ、なに!?」

「煙幕だよ。また古典的な手を……」

「逃げろや逃げろ〜、すたこら逃げろ〜!」

「今度会ったら、ただじゃおかないからね!」

「お決まりの捨て台詞ね」

煙が薄れて、味方の姿は確認することが出来た。
だが敵の姿はまだ見えず、足音だけがあちらの動きを知らせている。

「早く追わないと!」

「待って! 今のボクらの仕事はティグルさんを助け出すことなんだよ!」

「でも……!」

「あんたたちの仕事とかよくわかんないけど、追うの? 追わないの?」

迷っているうちにフレンが隊を率いてやって来る。
ユーリは「いいとこに来た」と指を鳴らして、ティグルに声をかけた。

「立てるか?」

「あ、ああ……」

「悪いが最後まで面倒みれなくなった、自分で帰ってくれ。嫁さんとガキによろしくな」

「あ、ありがとうございました」

ティグルは傷付いた体を引きずって、のろのろと昇降機へ向かった。もう災難に巻き込まれなければいいが。

「追うのね?」

「ああ、もうここはフレンが片付けるだろうしな。カロル、それでいいだろ?」

「そうだね、エステルが今にも行っちゃいそうだもん」

「すみません」

「もう! 追うことになったんならさっさと行こ!」

リタに押されて走り出した一行をフレンが呼び止める。だが足を止めるものは居ない。

「待て、ユーリ!」

「ここの後始末は任せた!」

「エステリーゼ様! やはり、あなたにこんな危険な旅は……」

申し訳なさそうに背後を見つめていたエステリーゼは、何も答えずに走っていた。街の外に出るとフレンの声も届かなくなる。

「見当たりません……」

「結局逃しちゃったみたいね」

走るのをやめて立ち止まった一行は、いつの間にか街道の中央にまで来ていたことに気づいた。

「ここはどのあたりなんだろう?」

「トルビキアの中央部の森、かな。トリム港はここから東だったと思うよ」

「ヘリオードに戻るより、このまま港に行った方が良さそうだな」

「え? キュモールはどうするんです!? 放っておくんですか?」

「フェローに会うというのがあなたの旅の目的だと思っていたけど」

「そ、それは……」

エステリーゼの言動にジュディスが切り込み、エステリーゼは勢いを無くして口ごもった。

「あなたのだだっ子に付き合うギルドだったかしら? 凛々の明星は」

「ご、ごめんなさい。わたしそんなつもりじゃ……」

「ま、落ち着けってこった。それにフレンが来たろ、あいつに任せときゃ間違いないさ」

「ちょっと、フェローってなに? 凛々の明星? 説明して」

「そうそう、説明して欲しいわ」

ダングレストからここまで別行動だったリタは次々に出てくる単語に困惑する。そしてそれに賛同したのは低い男の声だった。
アルノルドは反射的に剣を抜いてその首筋に当てる。

「ちょっ、待った待った! 俺だから、レイヴンだから……!」

皮一枚切るか切らないかのところでアルノルドは手を止めて相手を見る。だらしなく紫の羽織を着こなす男がそこに居た。

剣が離れると、レイヴンは怪我はないか確かめるように首筋をさする。

「あー、死ぬかと思ったわ。いきなり斬ろうとするなんて酷いじゃないの」

「気配もなく現れるからでしょう。今度は何しに来たんです?」

「お前さん達が元気すぎるから、おっさんこんなとこまでくるハメになっちまったのよ」

「どういうこと?」

「ま、トリム港の宿にでも行ってとりあえず落ち着こうや。おっさん腹減って……」

「いつまでもここに居てもしゃあねぇしな、とりあえずトリム港へってのはオレも賛成だ」

「では、トリム港かしら。それでいいわね?」

「はい、構いません。ごめんなさい、わがまま言って」

ジュディスに謝るエステリーゼに、それをこちらにも言ってくださいとアルノルドは胸中で念じる。

にしても、やっぱりこうなるんだな。
やはり当然のように隣を歩くレイヴンに、またあの苦難の日々が始まるのをアルノルドは感じていた。
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