04.黄昏に光る少女の泪
言われた通りの素材を集め、商人が作り上げたドレスに身を包んだジュディスがポージングする。そのプロポーションや美貌は文句無しの満点だったのだが、今完成したばかりの衣装が唯一のマイナスだった。
「……ジュディスさん、それは一体何のご冗談ですか」
「え? どこかおかしいかしら?」
髪を束ねるヘアバンドは左右から長い耳を垂れさせ、胸元は大きく開いている。首には赤く大きなリボンがくくりつけられており、短すぎるパンツには人参のモチーフがついたベルトも巻かれていた。
靴は太股まであるロングブーツだ。手には触り心地のよささうな獣の手袋。コンセプトはきっとうさぎなんだろう。
「どこがって全部……ま、いっか」
「とてもカワイイですから絶対成功しますよ、行きましょう」
「エステリーゼ様……」
その発言はともかく、アルノルドはエステリーゼまでもが着替えている意味がわからなかった。
彼女はいつもの服の何倍も露出の高いものを着ていた。ジュディスまでとはいかずとも胸元は開いているし、スカートも限界ギリギリまでつめられている。帝国の者が見ればなんと言うか。
「その格好をどうにかしていただかないと、外には出られませんよ」
「似合ってないです……?」
「そういう事ではなくてですね……」
しゅんとするエステリーゼをアルノルドが試着室に押し戻す。
数分していつもの姿に戻ったエステリーゼは、さっきまで着ていた服を残念そうに店主に返した。
「な、なんていやらしい……い、いや、怪しいヤツめ!」
いよいよ作戦結構の時。
結界魔導器の影から皆が見守るなか、ジュディスは見張りの兵に近付く。
「つれない人ね。……あら? 見えたかしら?」
「い、いえ、見えてない……見えていても見てません!」
胸元を押さえるジュディスに兵は慌てる。彼女はそれも全て計算でやっているのだろうが。
「そう……それは残念だわ」
「ざ、残念とは……?」
「それを私に言わせる気? 私、あなたの真面目な仕事っぷりに惚れたの。だから……わかるわよね?」
「ええっと……さあ……?」
「はっきり言わないとわかんないかしら。――私といいこと、しましょ?」
更に近寄って吐息混じりに囁くジュディスに、兵士がゴクリと喉を鳴らした。
ユーリといいジュディスといい、最近の若者は怖いもんだ。
「し、しかし、私には帝都に結婚を約束した……」
「そんな堅いこと、言わないで」
動揺する兵の腕に己の腕を絡ませて、ジュディスは強引に魔導器の裏へ連れ込む。
すっかりその気になっていた可哀想な兵の頭を、ユーリが殴って気絶させた。
「ご苦労さん」
「こんなのにひっかかるなんて……大人って、大人って……」
「でも、いいことって何です?」
純真無垢なエステリーゼの質問に、ジュディスは笑顔で水遊びだと答えた。
「はい、次はこれ」
服を着替え、ジュディスは自分が誘惑した兵から兜を取り上げた。
「え……何?」
「騎士の格好してた方が動きやすいでしょ。そちらの騎士様は手を貸して下さらないみたいだし」
「オレがか?」
「カロルでもいいわよ」
騎士の鎧は明らかにカロルの体格には合わないと思うのだが、ユーリは面白がってカロルを指名した。
「う、動きづらいよ」
「……これで気づかれなかったら騎士団は終わりだな」
予想通り甲冑を着ることの出来なかったカロルは、兜と小手だけをつけた。これでは顔が隠れただけで到底騎士には程遠い。
「なに、いざとなったらあんたが居るだろ」
「犯罪には加担しないと言ったはずなんだが?」
「いいんだよ、オレらが勝手にいいように使うから」
まるで人をモノ扱いだ。ユーリの言ういいように≠ェどんなものかは知らないが、自分にとって良い話でないことは確実だろう。
「おい! 何こんなところで油売ってるんだ!」
後ろから突然かかった兵の声に一行が振り向く。
兵は変装したカロル――ではなくアルノルドを見て姿勢を正した。
「こ、これはアルノルド隊長……!」
「何かあったのか?」
「はい、それが、捕まえていた魔導士が暴れて、詰め所が大変なことに……」
「へえ、それはまた大変だな」
「我々だけでは止める事が出来ず……その、大変恐縮ではありますが、どうかお力添え願えませんでしょうか?」
こちらは顔も知らぬというのに低姿勢な兵に、アルノルドは仕方なく手を貸してやることにした。
「じゃあオレらは今のうちに行くとするか」
「エステリーゼ様を勝手に連れ出されると、誘拐の実行犯で逮捕するしかないんだが」
「なら、待ってます」
エステリーゼを信じて、アルノルドは問題の詰め所へと乗り込んだ。
中では既に何人かの兵が倒れており、魔導士の暴れ具合を仄めかしている。
「で、問題の魔導士ってのは……」
「よくもこんなところに閉じ込めたわね! あたしが誰だか知ってんの! 責任者出せっ!」
ドカン! と爆音がして、また新たな被害者が増える。
アルノルドは聞き覚えのある声にまさかと声のした方を見た。
「おとなしくしろ! 今連れて来……」
「うるさーいっ!」
放たれた魔術が隣に居た、つまり自分を呼びに来た兵にぶち当たる。
それによって相手の視線がようやくこちらを向いた。
「……どんな奴かと思ったら。こないだ振りだな、リタ」
「あんた……!」
騒ぎの中心に居たのはリタだった。彼女は次の攻撃に向けて展開させていた術式を消滅させる。
「何であんたがここに居んのよ?」
「それはこっちの台詞だ。エアルクレーネの調査に行くんじゃなかったのか?」
「ここの魔導器が気になったから、調査の前に見ておこうと思って寄ったの。それよりあんた、エステルは……」
「アルノルド、大丈夫です?」
爆発音に驚いたのか、素晴らしいタイミングでエステリーゼが顔を出した。ユーリやカロルも一緒になって覗き込んでいる。
「エステル…! それに、ユーリたちまで……」
「リタ……? リタです!?」
「うわ……リタ、なんでこんなところに……」
エステリーゼは感激して小さな少女に抱きつく。
ユーリやカロルはこの惨状がリタの手によるものだと分かり、ここに居るのはヤバいと皆を引っ張り外に出た。
「……で、余計なことに首を突っ込んだと」
落ち着きを取り戻したリタが事情を説明すると、ユーリは仕方ないなといわんばかりの口調で言った。あちこちに首を突っ込むことなら彼も負けてはいないと思うが。
「一体、何に首を突っ込んだんです?」
「夜中こっそりと労働者キャンプに魔導器が運び込まれてたのよ。その時点でもう怪しいでしょ?」
「それでまさか、こそこそ調べ回ってて捕まったってわけか」
「違うわ、忍び込んだのよ」
「……で、捕まったんだ」
「騎士団も嘗められたもんだなあ……」
「だって、怪しい使い方されようとしてる魔導器ほっとけなかったから。そしたら、街の人が騎士に脅されて無理矢理働かされててさ」
「じゃあティグルさんも、そこで働かされてるんだろうね」
「それで、おまえが見た魔導器ってのは?」
「兵装魔導器だった。かき集めて戦う準備してるみたいよ」
「まさか……またダングレストを攻めるつもりなんじゃ!?」
キュモールは随分と好き勝手にやっているらしい。
せっかく友好協定を結んだのにそれでは水の泡だ。いくらギルドが手のかかる奴らの集まりだとしても、あのドン相手に戦争は御免蒙りたい。
「あんた同僚なんだから、あの騎士たち何とかしなさいよ」
「同僚って言っても、キュモール隊とは殆ど交流も無いからなあ……」
「誰なの? その……キュモールって人」
「お前も前に一度会ってるだろ、カルボクラムで」
「ここで話し込むのもいいけれど、何か忘れてないかしら?」
「そうだ! ティグルさんたちを助け出さなきゃ」
「それから強制労働を止めさせて、集めてる魔導器を捨てさせて……ええと……」
「魔導器は捨てちゃだめ、ちゃんと回収して管理しないと」
「じゃあ回収のためにアスピオの魔導士に連絡を……」
「待って、慎重に行こうってば……」
せせこましく予定を組み立てていくエステリーゼをカロルが止める。助けたいという気持ちばかりが先走っているようだ。
「とりあえず、一つずつ片付けていこうぜ」
「は、はい」
「それじゃあ、当初の予定通り下へ行こう」
昇降機へ向かった一行は、そこで事件の首謀者ともう1人、変わった風貌の男を見つけて物陰に隠れる。
耳を攲てると、キュモールの気持ち悪い口調と、カタカナの混じったこれまたふざけた口調の会話が聞こえた。