05.花の下に戦士は集い
そんなものだからアルノルドが本当の自由な時間を手に入れたのは夜で、団服を脱いだ彼は煙草をポケットに突っ込んで外に出た。港町なだけあって、海から吹く強い風が髪を乱す。
死角を探すも、海に面したこの町に一服に最適な場所などない様で、だからといって町の外に出れば魔物が彷徨いている訳で結局休まることも出来ない。
部屋に戻って吸うというのも、同室で爆睡しているであろうカロルのことを思うと、自身の薄っぺらい良心が「駄目だよなぁ」と言った。
今日はもう諦めようと宿に戻ると、紫の羽織が視界に入った。
「うん? こんな時間にどこ行ってたの」
「それはこちらの台詞ですよ……、こんなところで何してるんです?」
エントランスでくつろぐレイヴンに煙草を吸いたい気持ちが膨らんで、アルノルドは紙箱を握り潰した。
「そんなに露骨に嫌な顔しないでよ〜、一緒に悪に立ち向かった仲なのに」
「行きがかり上の話でしょう。それだけで信頼するような歳でもありませんから」
「おっさんは信用してるのに〜」
嘘も休み休み言え。
仮面のように貼り付けられたわざとらしい笑みからは、腹の中にある思考は全く読み取れなかった。
常にそんな顔や態度をしている男が信頼云々などと言っている様は、例えるなら道化師のそれ。
口から出る言葉も、馴れ馴れしい態度も、飄々とした振る舞いも。こちらに思惑を捕まれまいとしているようで。
深く考えない人間なら、例えばエステリーゼやカロルなら、ただの「愉快なおっさん」で済んでいたのかもしれないが。アルノルドはそこまで簡単に人を信じられるタイプでは無かった。
だからレイヴンの親しげな態度は、ただ不信感を煽るためのものにしかならない。
「早く休んだらどうです? 体に悪いですよ」
「心配ご無用、色男は夜からが本領発揮ってもんよ?」
「何か眠れない理由でも?」
「どうしてそう疑り深いかねぇ。安心しなさいよ、俺は嬢ちゃんの見張りを頼まれてるだけなんだから、何もしやしないって。おたくこそ早く寝た方がいーわよ」
仕事でなければそうしてもいいが、どちらにせよ今は眠気よりも苛立ちの方が勝って睡魔などあったものではない。
するとくしゃくしゃになった紙箱に気付いたレイヴンが立ち上がり、こっちこっちと手招きをしてエントランスを出た。
何なんだと思いつつもついていくと、いくつかの客室の前を通りすぎ、さらに自分たちの部屋も通りすぎて、たどり着いたのはバルコニーだった。
こんな空間があったとは。部屋に案内された時はちょうど死角になっていて気付かなかった。海とは逆の位置にある為風も少ない。
成る程ここなら誰の迷惑にもならずに吸える。だが、
(……真意はなんだ?)
尚も疑り深いアルノルドは、そんな親切な行動に対して素直に礼を言う気にはなれなかった。
でももし本当に良心で案内してくれたのなら有難うの一言くらいは言うべきなんじゃないかと悩むアルノルドにレイヴンは、
「そんじゃ、おっさんは先に寝てるわ」
と、さっさと部屋に戻ってしまった。まるで「お礼なんていりませんよ」とでも言いたげに。
なんだそれは、大人の気遣いのつもりか?
残されたアルノルドは自分が子供扱いされたような気がして殊更腹を立てた後、そんな風に気遣われる自分に恥ずかしさを覚えて顔面を覆った。
ちょっと神経質になりすぎただろうか。いやでも、あれくらい疑うのは普通じゃなかろうか。誰が見たって怪しい男が相手なのだから。
夜の気温でクールダウンしていく脳で、アルノルドは煙草を吸いに来たことも忘れて暫く悶々と考えていた。
翌朝。ロビーに集まった一行は、港に行くことに決めて宿を出た。
リタは予想通りついてくることにした様で、今は機嫌良さそうにエステリーゼの隣を歩いている。
「着いてくるのはいいが、エアルクレーネの調査はどうするんだ? 後回しか?」
「騎士団長から依頼されたケーブ・モックの方は既に調査、報告済み。他のエアルクレーネは、どのみち旅して調べるつもりだったから」
「つまり、調査のために私たちを利用するってことかしら」
「まあね。ヘリオードの時みたいに、調査中ひどい目に遭わないとも限らないわけだし。一人で行くよりも、あんたたちと一緒の方がとりあえず安心よね」
「相変わらず良い性格してるぜ」
とか言って、本当はエステリーゼ様と一緒に居たかっただけなんじゃないのか?
アルノルドは思った。嬉しそうな姿がそれを表している。
「あれ、ヨーデル……」
港に向かう途中で、エステリーゼは同じ立場の青年が1人立っているのを見つけて立ち止まった。アルノルドもそれに倣う。
ヨーデルの護衛は任されていないので取り乱しはしないが、どうしてこう皇族というのはフラフラと出歩くのだろう。
「次期皇帝候補殿が、こんなとこで何やってんだ?」
「ドンと友好協定締結に関するやり取りを行っています」
「上手くいってます?」
「それが……順調とは言えません」
「だろうなぁ。ヘラクレスってデカ物のせいで、ユニオンは反帝国ブーム再熱中でしょ」
レイヴンの言葉にヨーデルは頷いた。
フェローの強襲からエステリーゼを救ったあの兵器が、ギルド側の不信感を煽ってしまったという事らしい。
「その影響で、帝国側でも友好協定に疑問の声があがっています」
「ドンが帝国に提示した条件は、対等な立場での協定だったしな」
「あんなのがあったら、対等とはいえないわね」
「事前にヘラクレスのことを知っていれば止められたのですが……」
「次の皇帝候補が、何も知らなかったのかよ」
「ええ、今私には騎士団の指揮権限がありません」
「騎士団は、皇帝にのみその行動をゆだね、報告の義務を持つ、です」
「なら話は簡単だ、皇帝になればいい」
サラッと、本当に簡単なことのように言うユーリに、ヨーデルは頭を振った。
「私がそのつもりでも、今は帝位を継承できないんです。帝位継承には宙の戒典という帝国の至宝が必要なのですが、宙の戒典は十年前の人魔戦争の頃から行方不明で……」
「ふーん、次の皇帝が決まらないのは、そういう裏事情があったのね」
「……だからラゴウは宙の戒典を欲しがってたのか」
ユーリが小さく呟いた言葉を聞き取ったのは、近くに居たカロルとアルノルドだけだった。