06.熱に魘され五里霧中
前にエアルが異常発生していたそこは、今は完全に落ち着き、正常である証の黄緑色のエアルが道を照らしている。「前みたいにいきなりエアルが噴出したら危ないよね?」
「その心配はなさそう……」
「じゃあ、なんだってあんときはいきなりエアルが噴出したんだ?」
「問題はそこね」
自然現象ではないのかというエステリーゼの問いに、リタはその可能性が低いことを説明する。
自然現象なら定期的に同じ現象が起こるはず、そしてその影響により植物の異常繁殖など周囲に何らかの影響が出るはず、ケーブ・モックのように。しかし此処にはそれがない。
「だとすると、何かがエアルクレーネに干渉して、エアルを大量放出する……? でもいったい何が……。エアルに干渉するなんて、術式か魔導器くらいしか……、そういえばあんた……」
ついていけない周りを放置して考察に浸っていたリタが、何か思い出したように顔を上げてアルノルドを見る。
だが鎧の擦れ合う音が聞こえてきて、話はそこで中断された。
追っ手に見つかる前に一行は足早に道を抜ける。
そしてやっと見えたノードポリカ方面の出入口。そこも当然騎士で固められていたのだが、その顔ぶれにアルノルドは顔をひきつらせた。
今まで会った青い騎士とは違い、橙の団服を纏う対照的な体格の騎士が三名。
「なんだ、デコとボコか」
「よりにもよって……」
今は立場が逆転したとはいえ、元上司とはあまり事を荒立てたくはない。入団して間もない頃に、身の振り方や騎士団での生活のことを教えてくれた恩は一応まだ覚えていた。
「何とか穏便に切り抜けられませんかね」
「アルが行けば通してくれるんじゃないの? さっきみたいに」
「あの人達は無理だよ、頭が堅……失礼、真面目だから」
「あれ、真面目に見えないわよ」
三人はどうやらフレン隊の手伝いとして来ていたらしい。それを不服だと愚痴るアデコールとボッコスに、小隊長のルブランが叱咤する。
物陰からそれを見ていたアルノルド達の背後から、追っ手の声が上がった。
「いたぞ、捕らえろ!」
「見つかった……!」
「む、お前は……ユーリ・ローウェル!」
その声に反応したルブラン達は回れ右をしてユーリ達のを向いた。
勿論変装も何もしていない一行に彼らはすぐそれが度々手を煩わされている帝都の悪ガキだと気付き、怒りと、なぜだか楽しさの混じったような顔つきになる。
「よう、久しぶりだな」
「そ、それにエステリーゼ様! アルノルド、お前はまだ姫様を連れてうろちょろと……」
ガミガミガミガミと果てしなく続きそうなお説教をアルノルドは無心で聞き流して、頭はさてこの窮地をどう逸しようかと計画を組み立てていた。
後ろから追っ手、前にはシュヴァーン隊。後ろの奴らなら少々痛め付けても心は痛まないが、自分たちの進行方向は現在前である。後ろを蹴散らしたところで意味はない。
「ど、どうすんの!」
焦るカロルの言葉に応えられるものは居なかった。
皆良い打開策が浮かばず、その間にも前後の追っ手は距離をつめてゆく。
「しゃーない!」
「おい、おっさん!」
皆が口を閉ざす中、レイヴンは前方の兵に挑むように右肩と右足を前に出した。
一体どうするつもりなのかと期待する皆の前で、彼は一言こう言った。
「全員気をつけ!」
団体行動をとった者なら一度は聞き覚えがあるだろうその号令に、ユーリ達は「え?」と拍子抜け。
しかしどういうわけか、その一声で前に立ち塞がっていた三人は背筋を伸ばし、踵を揃えて両手を下げる。
「は、はっ!」
まるで騎士団の朝礼でも見ているかのようだとユーリは思った。
彼らはレイヴンの号令にしっかり従った。よって今彼らは棒立ち状態である。
理由はわからないがこれはチャンスだと、ユーリが素早く動きその間をすり抜け洞窟を出た。続いてエステリーゼ、カロル、リタも脱出に成功する。
だが陽の下に出たエステリーゼは、アルノルドがついてきていないことに気付き振り返った。
「アル?」
ジュディスやパティも出てきて、あとはレイヴンとアルノルドのみだが、パティが出てきてからもその二人はなかなか出てこなかった。
まさか捕まったのかと不安になりこっそり覗いてみると、
「……な、なにがあったんです?」
アルノルドがレイヴンに掴みかかり、何やら口論になっていた。
否、口論というよりは一方的にアルノルドがまくし立てているだけに見えたが。
そこにシュヴァーン隊が混ざり、4対1、もしくは3対1対1で更に言い合いは激化していく。
しかしレイヴンがアルノルドの腕を掴み無理矢理そこから引き摺って外に出てきた。
間一髪で追っ手から逃れ、哀れな青と橙の兵士たちがぶつかって共倒れになり、捕り物騒動は終了した。
静かになったデズエール大陸の一角で、アルノルドは再びレイヴンの服を掴む。
「えっ、アル、どうしたの?」
「何でお前らが言い争ってんだよ」
「言い争ってんじゃないんだって、アルちゃんが勝手に……」
「だから! 本当のことを仰って下さいって言ってるじゃないですか! それが嫌ならその髪紐を今すぐ取って下さい、さあ!!」
渋るレイヴンから無理矢理紐を剥ぎ取ろうと必死に手を伸ばすアルノルド。その顔は真剣そのものだ。
「何事なのじゃ? 遊びならうちも混ざるぞ!」
「暑すぎておかしくなっちゃったのかしら」
「アホらし。放っといてさっさと行くわよ」
言った通りに動き出すリタとアルノルドを交互に見て、エステリーゼはリタを選んだ。
ユーリも「ほどほどにしとけよ」と傍を離れ、結局二人だけが取り残される。
「ちょっと皆、見捨てないでよ……!」
「観念して下さい、貴方は――」
声はそこで聞き取れなくなり、遠ざかっていく二人を何度も振り返っていたエステリーゼとカロルは見るのをやめて前を向いた。
マンタイクでも思ったけど、ユーリに対しても思ってたけど……。心優しい姫君と新生ギルドの幼き首領は、示し合わせてもいないのに全く同じことを考えていた。
最近の彼は自分が危惧した通り、やはり少しおかしいのかもしれない、と。