07.取捨選択の定義

あ、やばい、いつの間にか暗くなってる。

夜風の冷たさに明後日に飛んでいっていた意識を連れ戻され、丁度目線の高さほどの位置にあった太陽がすっかり沈んでしまっていることに気づいたアルノルドは、硬直時間が長すぎて感覚が鈍っている四肢に苦笑した。

たった一言言われただけで何をこんなに落ち込んでいるのやら。少し叱られただけで沈んでしまうなんて子供じゃないんだから。しっかりしろと頬を叩いて、とぼとぼと歩き出す。

確かに、自分に関係することならまだしも、任務の内容なんてほいほい聞いていいものでもない。
そんなことくらい冷静に考えれば分かるはずなのに。いつまでもしつこく問いただして、そりゃあ怒られて当然だ。

というか、あちらが黙っていたことよりも今までの自分の言動の方が問題があるんじゃないか。それを何も言わずに流してくれているシュヴァーン隊長に礼を言うべきだったのではないか。
ああもう本当に気の回らない。考えれば考えるほど自己嫌悪に陥って気分はどんどん沈んでいく。

早く謝りに行かないと。そうだ、謝りに――――

「……行かなきゃいけないのに……」

確かベリウスの面会まではまだ時間がある、ならきっと皆宿で待っているだろう。レイヴンもそこに居るはずだ。
ならさっさと行けばいい。そう思っているのに、宿に近づくにつれスピードは落ちていった。

行きたくない。一瞬でも過ぎったその本音を握りつぶすように、アルノルドは強く手を握った。

(……あれ、エステリーゼ様……?)

宿の入り口が見えるようになった辺りで、少女が顔を出したのが分かった。
何かを探しているように、彼女はきょろきょろと頭を振っている。

まさか探されているのが自分だとは思わないアルノルドは、一時停止してその様子を眺める。

すると今度は紫の羽織が中から出てきて、少女と何か話し出した。
そこに出て行けばいいものを、レイヴンだと気づいた瞬間なぜか物陰に隠れてしまう。

(何で隠れてるんだ、見つかってまずいこともないだろ)

思考とは裏腹に動こうとしない体に、仕方なく頭だけを動かして状況を窺う。
しばらくして少女は部屋に押し戻され、レイヴンだけが再び現れた。
そしてそのままこちらに向かってくる。

何だ、何でこっちに? トイレはこっちじゃないですよとそんな誰しもが分かりきっていることを心中で言わなければいけないくらいにアルノルドの頭は混乱していた。

まるでかくれんぼをしているときのように、足音が近づいてくるたびに心拍数が上昇する。訳もわからないまま見つかりませんようにと何度も唱えた。

幸い足音はすぐ近くまで来て止まり、そのまま遠ざかっていった。
知らずと止めていた息をゆっくり吐き出す。あーよかった。

「みーっけ」

「ひっ!?」

自分が警戒していた方と反対の方向から声をかけられて、アルノルドは飛び上がり小さな悲鳴が上がる。
そのまま壁となり身を隠してくれていた木箱の山に背中から突撃してしまい、なだれてきた木箱に埋もれた。

「……何してんの?」

「……さぁ」

自分でも分かりませんと返して、とりあえず起き上がろうとするもあちこちが木箱にはさまって上手く動けない。
元とはいえ上司の前で何たる失態。恥ずかしいなんてもんじゃない。

「ほれ、掴まって」

「大丈夫なんでそっとしておいて貰えると……」

「そういうわけにもいかんのよ。嬢ちゃんが心配してたわよ」

強引に腕を引かれて、そのまま胸板で受け止められる。
この木箱の中身が何かは知らないが、割れ物でないことを願うばかりだ。

「うわ、手キンキン。ずっと外で何してたの」

「……何も。その、さっきは……すみませんでした」

「え、何が?」

「立場も弁えず隊長を困らせてしまって」

それだけではないのだけれど、とりあえず謝罪だけでも口に出来たのでよしとしよう。

次になんと言われるかが怖くて顔を上げられずにいると、頭に手を置かれた。

「わかってくれりゃいーのよ。何、まさかそれでずっと戻ってこなかったの?」

それがあのシュヴァーンのものだとはやはり信じがたかったが、頭を撫でるその手の感触は、昔触れたそれと同じだった。

「ひねくれちゃったと思ってたけど、繊細なとこは相変わらずだねぇ」

「……そんなことありません」

「強がり言っちゃって。ほら今だって泣きそうな顔」

「えっ」

「うーそ。お前さんはしっかりやってるよ。ちょっと見ないうちに随分と成長したな」

バカにされているのか褒められているのか。
どちらにせよ子供扱いされている気がして、アルノルドはその手から逃れる。

「さてと、んじゃ戻りますか」

「……あの、シュヴァーン隊長」

「うん? あ、その呼び方、ユーリ達の前ではやめてね」

「分かりました。ただ……、完全に部外者みたいに扱われてしまうのは、その……、確かに今は関係ないんですけど、元々俺は貴方の部下で、ええと、だから……」

一番言いたいことがなかなか言葉に出来ずに、遠まわしに伝えようとするほどこんがらがっていく。さっさと大事な部分を言えとアルノルドは自身を奮い立たせた。

「だから、俺に手伝えることがもし少しでもあるなら、やらせてください」

無いと思いますけど迷惑かけて本当にすみません以後改めます。
早口で語尾にそれらを付け加えて小さくなるアルノルドに、レイヴンは長い沈黙のあと口を開いた。

「アルちゃん」

「はい」

「抱きしめていい?」

「…………。……はい?」

言うや否や許可を待たずに抱きついてきた相手に、あまりにも予想外な行動を取られたアルノルドはフリーズする。

「しゅ……シュヴァ、シュヴァーン隊長」

「可愛いこと言っちゃってまー、おっさん見境無くしちゃいそう」

「は、ちょ、なにを、やめ……」

「いーのよ、アルちゃんがそんなに気遣ってくれなくても。自分のことはちゃーんと自分でやるから。アルちゃんは嬢ちゃんのことだけ頑張ってくれりゃいーの」

「わか、分かりました、分かりましたから、とりあえず離して……」

吃驚したやら恐れ多いやらで今度は本気で泣きそうになりながらも無礼にならない程度に抵抗する。
なんだこれはセクハラか、誰にも見られたくないけど誰か助けてくれ。

「その言葉だけでやってけるわー、ありがとね」

「はあ……、ええと、お力になれたのなら、なによりで……」

駄目だ、まとわりつく匂いがシュヴァーンと同じなだけに、異様に緊張してしまう。
そのくせシュヴァーンとはあまりにもキャラが違いすぎて、アルノルドの頭は混乱状態だった。

「あ、そろそろベリウスと面会の時間だわ。さて今度こそ行かんとね」

木箱にダイブするやら抱き疲れるやらで乱れた衣服を整えて、またさっきとは違う意味で重い足取りで宿へと向かう。

アルノルドのその微妙に情けない背中に笑いながら、彼には届かない声で、

「……そんな優しいお前さんが俺の為に手を汚す必要なんて、どこにもないんよ」

レイヴンは切なげに呟いた。
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