07.取捨選択の定義

「皆、覚悟はいいか?」

陽が完全に沈み、街に静けさがやって来る。
宿の前ではいよいよベリウスとの面会の時を目前にした一行が集まっていた。

「い、いいよぉ……」

「あんた震えてるわよ」

「ま、ギルドの大物にして、人魔戦争の黒幕って話だしな」

「なに、相手は同じ人間だ。怖がることはねぇって」

ユーリの言葉にもカロルは落ち着きなくそわそわと体を手足を動かす。
一方で女性陣は落ち着いたもので、パティも特に動じた様子もなく、寧ろうきうきしている風にも見える。

「アルは大丈夫です?」

「まぁ、変装はしましたし。……団服脱いだだけですけど」

「身形の問題じゃなくて心境の問題じゃない?」

「ま、よっぽどのことがない限り騎士団の人間ってバレることはないでしょーよ。何かあったらフォローしてあげるから、心配しなさんな」

「有難う御座います。ですがそこまでご迷惑をおかけする訳にはいきませんので、自分で何とかしてみせます」

にこやかに返すアルノルドに、他の面々はこそこそと小声で話す。

「……ねぇ、なんか、アル変じゃない?」

「? そうです?」

「そうね、何かしおらしいっていうか、妙に畏まってるっていうか……、前はもっとおっさんに冷たくなかった?」

「さっき何かあったんじゃないかしら」

「何かって何だよ」

「あら、それこそ大人の事情≠ナしょう?」

「ジュディ姐には分かるのか?」

「さぁ、どうかしら」

ふふ、と笑むジュディスに、その含みを理解したユーリが言葉を詰まらせ、エステルは首を捻る。
だがそれよりも今はベリウスだと、約束していた部屋の前に移動した。

部屋の前にはベリウスの部下が立っており、以前ユーリ達の対応をしたらしいその男は言わずとも用件を分かってくれた。

だが部屋に入っていいのは書状を預かっているレイヴンだけだと言われ、入る気満々だった一行、特に年少組は不満を顕にする。

「えー! どうしてですか?」

「あたしらが信用できないっての?」

「申し訳ないがそういうことになる」

「そんな……」

すっかりしょげてしまったカロルに、部屋の中から声が届く。

「よい、皆通せ」

「統領! しかし……」

「よいと言うておる」

「話がわかる統領じゃねぇか」

部下は少し渋った後、統領本人からの命令ならば仕方ないと全員の入室を許可した。

「……わかりました。くれぐれも中で見たことは、他言無用で願いたい」

「他言無用……? どうして?」

「それが我がギルドの掟だからだ」

そこまで言いふらされたくないような、人に見せられないような身形でもしているのだろうか。
色々とすごいウワサの飛び交っている人物だ、イメージではドン・ホワイトホースのような像を浮かべていたが、今しがた聞こえた声は女性のそれに近い気もする。

もしかしたらジュディスのような美女で、そのことが知れて威厳が落ちるのを気にしているのかもしれないなと思いながら、アルノルドは皆と共に招かれるままに部屋の中へと入った。

「え、ええっ……! こ、これ何?」

しかし部屋に入ると、そこは自分の手さえ見えない真っ暗闇だった。
いくら新月の夜だからといっても、ここまでの暗さは不自然だ。

「みんないるよな?」

「ああ」

「いるわよ」

「はい!」

「おー」

「ええ」

「ワン!」

「のじゃ」

すぐ近くでエステリーゼの声がして安心するも、相手の姿が見えないので気は抜けない。
もし今何かあれば対応が遅れるのは確実だ、アルノルドは静かに剣に手をかけた。

部屋に明かりが灯り、徐々にそこに在るものを照らし出していく。
そこに居たのは自分達よりも遥かに大きい魔物だった。皆は眼前に居たそれに気づき間合いを測る。

「ったく、豪華なお食事付きかと期待してたのに、罠とはね」

「罠ではないわ。彼女が……」

臨戦態勢に入るユーリの前に立ち憚るように、ジュディスが魔物に近づく。
それを見てエステリーゼが察した。

「……ベリウス?」

「いかにも。わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂を束ねるベリウスじゃ」

その魔物の口から発せられた声は確かに先ほど入室を許可してくれたものと同じで、半信半疑ながらも全員武器から手を離す。

「こりゃたまげた」

「あなたも、人の言葉を話せるのですね」

「先刻そなたらは、フェローに会うておろう。ならば、言の葉を繰るわらわとてさほど珍しくもあるまいて」

だからといって一般的なものだとも思っていただきたくは無いのだが。
フェローよりは物腰穏やかな相手にアルノルドも警戒を解いていく。

「あんた、始祖の隷長だな?」

「左様じゃ」

「じ、じゃあ、この街を作った古い一族ってのは……」

「わらわのことじゃ」

「この街ができたのは、何百年も何百年も昔……ってことは」

「左様、わらわはその頃からこの街を統治してきた」

つまりこの街にはずっとこの始祖の隷長が匿われていたということか。
これだけ人の集まる場所でそれほど長い間よくぞ隠し通せたものだ。

「……ドンのじいさん、知ってて隠してやがったな」

「そなたは?」

「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン、書状を持ってきたぜ。いまさらあのじいさんが誰と知り合いでも驚かねえけど、いったいどういう関係なのよ?」

「人魔戦争の折に、色々と世話になったのじゃ」

「人魔戦争……! なら、黒幕って噂は本当なんですか?」

本人に面と向かって黒幕ですかは流石にまずいだろ。
アルノルドはカロルの言動にヒヤヒヤしたが、べリウスは気分を損ねた様子もなく笑う。

「ほほ、確かにわらわは人魔戦争に参加した。しかしそれは始祖の隷長の務めに従ったまでのこと。黒幕などと言われては心外よ」

「人魔戦争が始祖の隷長との戦い……」

「いずれにせよ、ドンとはその頃からの付き合い。あれは人間にしておくのは惜しい男よな」

「じいさんが人魔戦争にかかわってたなんて話、初めて聞いたぜ」

「奴とて話したくないことぐらいあろう。――さて、ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めている。あの剛殻な男もフェローに街を襲われてはかなわぬようじゃな。
無碍には出来ぬ願いよ、一応承知しておこうかの」

「ふぃ〜、いい人で助かったわ」

「街を襲うのもいれば、ギルドの長やってんのもいる。始祖の隷長ってのは妙な連中だな」

「そなたら人も同じであろう。さて、用向きは書状だけではあるまい。のう、満月の子よ」

エステリーゼに向けて放たれたその言葉に、その場に居た全員が驚く。

「わかるの? エステルが満月の子だって……」

「我ら始祖の隷長は、満月の子を感じる事が出来るのじゃ」

「エステリーゼといいます。満月の子とは、いったい何なのですか? わたし、フェローに忌まわしき毒だと言われました。あれはどういう意味なんですか?」

「ふむ。それを知ったところで、そなたの運命が変わるかはわからぬが……」

「ベリウス、そのことなのだけれど……」

「ふむ、何かあるというのか?」

「フェローは……」

ジュディスが何かを語ろうとした時、部屋の外から剣激と何かが倒れる音がした。
一度ではなく、連鎖的に、断続的に鳴り響く。

何の騒ぎだと思えば扉が乱暴に開かれ、光と共に二つの人影が突入してきた。
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