07.取捨選択の定義

「アレクセイ閣下、アルノルド・ブランディーノ親衛隊長より通信が入っております」

帝国騎士団本部通信室に、通信が入ったことを知らせるベルが鳴り響く。
いくつか並ぶ通信機のうちの1つを手に取り応答していた騎士団員が、後ろに居た上司にそれを手渡した。

『ご無沙汰しております、騎士団長殿』

「姫のお守り、ご苦労だったな。言伝はそちらに届いているかね?」

『はい、確かに承っております』

「それで、こちらに戻るのはいつ頃になる」

通信機の向こうの男は、数秒の間を置いてから、こちらの質問には答えずにこう返した。

『……そのことで、お話が』

機械の向こうの空気を察知して、アレクセイの眉がピクりと動く。

「……言ってみたまえ」

『エステリーゼ様は、まだ城へはお戻りになられたくないと仰っております』

「そうか、そうだろうな。帰りたくないと駄々を捏ねるようなら、多少強引な手を使っても構わん。何としても連れ戻せ」

『しかし、それではいつまた城を抜け出されるか知れません。己の力量を高く見積もるつもりはありませんが、もう少し姫の意思を尊重しても任務の遂行に問題は無いのではと……』

相手の言わんとしていることを読み取り、アレクセイは通信機を握る手に力を込めた。
機械が小さく軋んで音を立てる。

「姫を引き渡す気はないと、そう言いたいのかね?」

『…………。……もう少し、時間を頂けませんか』

「私は時期が来たと伝えた筈だが? アルノルド・ブランディーノ、これは命令だ。即刻姫をこちらにお連れしろ。出来ないのであれば、職務放棄及び公務執行妨害、次期皇帝候補の誘拐と見なして厳罰を言い渡す」

アレクセイは一方的に通信を切って、乱雑に部下へと機械を返す。
足早に部屋を出ると、外で待機していた秘書殿の女性が後ろにつく。

「宜しいのですか、アレクセイ様」

「構わん。姫を連れ戻す策はアレだけでは無いからな」

女性からペンを借り、走り書きで何かを記した便箋を外から戻ってきた男に預ける。
宛名の欄に書かれている名は、シュヴァーン・オルトレイン。

「先の追加だ、今日中に届けろ」

「はっ!」

男は一礼し、一片の無駄もない動きで再び去っていった。
今しがた同じ相手に手紙を届けて帰ってきたのでとんぼ返りになるわけだが、それについて彼が不満を抱いていたとしてもそれは表に出ることは無い。そしてそれは他の兵士達も同じ。

なぜなら今ここに居る人間のほぼ全てが、その男を恐れているから。

騎士団長アレクセイ・ディノア。

「……アレもそろそろ潮時か」

彼は手についたインクをこすりながら、目視できないほど僅かに口角を吊り上げた。









荒々しく切られた通信機を見て、やっぱりやめときゃよかったとアルノルドは後悔する。

自分でもなぜ突然こんな無理な交渉をしようとしたのかは分からなかったが、エステリーゼがもう少し笑っていられるのならそれもいいかと思って機械の電源を切った。

「……相手、もしかして騎士団長?」

現在唯一傍に居るリタが、半ば確信を持って尋ねる。
エステリーゼはユーリを探してくると言って街に出たが、アレクセイに話をつける際に彼女が傍に居ては拙いので、仕方なく別れ先に橋で待っていることにしていた。

「よく分かったな」

「話聞いてりゃなんとなく分かるわよ。エステルの事でしょ、命令に背いて良かったの?」

「良くはないって。でも……」

「でも?」

「たまにはこういうのもアリかな」

悪戯っぽく笑うと、リタが「なによそれ」と理解出来ない風に首を振る。
割と論理的に物事を考える彼女には分からないのだろうと思って、はて自分もその部類ではないのかと混乱する。

「ま、あたしはエステルが旅を続けられるならそっちの方がいいけど」

「はは、そっか」

「……あんたのそのたまーにするニヤけ面、すっごいムカつくんだけど。あ、ほら来たわよ。」

リタがそっぽを向いた丁度その先にエステリーゼ達を見つける。隣にはユーリとラピードも居た。

「カロルとパティは?」

「余計な心配するなって。それより三人共、これからどうするつもりなんだ?」

「あたしはもちろん、一緒に行くわよ。言ったでしょ? エアルクレーネの調査はあんたたちとするって決めたの」

「そうだったな」

「わたしもユーリと行きたいです。ジュディスが魔狩りの剣に狙われているかもしれないのに、放っておけない……」

「あの女を助ける義理なんてないでしょうに」

「……ジュディスは、一緒に旅してきた仲間です……」

「でも、船の駆動魔導器を壊した」

ジュディスはそんなことまでしていたのかと、その話を今の今まで聞かされていなかったアルノルドは驚いたが、いちいち話を止めるまいと表情には出さなかった。

「オレが行くのは助けるためじゃないぜ。ケジメをつけるためって言ったろ?」

「ユーリ……」

「ジュディが一体何を知っていて、何を知らないのか……全部話してもらう。ギルドとしてケジメをつけるために」

「ま、結果助けることになるかもだけど」

「二人とも、ジュディスが心配なんですね」

エステリーゼに言われて、黙認するユーリとは対照的にリタはツンデレっぷりを発揮する。
素直になればいいのに、まあそこがリタの可愛いところなのかもしれないが。

「だから、ニヤつくのやめてって言ってるでしょ!」

「ん? あぁ、ごめんごめん」

「んで? あんたはどーすんだ? って聞くまでもねーか、エステルについて行くんだったな」

「そうだね、いいかな?」

「別に今更許可なんか取る必要ねーだろ。お勤めご苦労さん」

「お勤め? …………ああ、うん」

アルノルドは一瞬でもユーリの労いが何に向けてなのか本気で分からず、そんな自分に惑う。
ユーリはそれを見て「へぇ」と溢した。

「これだけ長いこと一緒にいると、流石の騎士様も感化されるか」

「感化? 誰にです?」

「エステル……と、リタやカロル、ってとこじゃねーか?」

本人には聞こえないように、小声でやりとりする二人にアルノルドは気づかなかった。
アイフリードの遺物を確認しに行っていたパティもやって来て、人数を確認したところでユーリが歩き出す。

「……カロル君は来ないのか? まぁ、あんなことがあったし仕方ないと言えばそうだけど……」

「アイツはこんなとこで終わりゃしない、必ず来る。先に船で待ってよーぜ」

「レイヴンはどうするんです?」

「さすがに来ないでしょ、ドンを失ったこの街をほっとけないだろうし」

「だろうな。おっさんにはおっさんのやることがある」

そのおっさんがまさか騎士団の隊長首席だとは彼らは夢にも思わないだろう。
しかし目的は何か知らないが、彼も騎士団としての仕事は山とある筈。ここでいつまでも足留めを喰らっているのは良くないのではないだろうかと、アルノルドは他人事ながらに気になった。

「寂しくなりますね……」

「ま、あのおっさんの事だから、またとんでもないところで会ったりするかもな」

「で、テムザ山っていうのはどこにあるの?」

「テムザ……?」

リタが口にした地名に、アルノルドは危うく松葉杖を握る手を離すところだった。
火、血、死体。思い出しそうになるそれらを振り払う。

「知ってるんです?」

「……ええ。デズエール大陸の、コゴール砂漠の北方にあります」

「デズエール大陸までは船、うちの出番じゃな!」

「ああ、船に行こうぜ」

六人と一匹だけが乗るには大きい船に乗り込み、一行は幼きギルドの首領を待つ。
橋の向こうにその姿を見つけて、エステリーゼが顔を綻ばせた。

「待って〜!!」

「カロル!」

少年は橋から船に飛び移り、着地してそのまま突っ込むようにユーリの前に立った。
よほど全力で走ってきたのだろう、乱れる呼吸を整えるために吸って吐いてを繰り返す。

「ドンの伝えたかったこと、ちゃんとわかってないかもしれないけど……、凛々の明星はボクの、ボクたちのギルドだから……ボクも一緒に行きたいんだ!」

「カロル……」

「ここで逃げたら……仲間を放っておいたら、もう戻れない気がする……。だから! ボクも行く! 一緒に連れてって!」

「カロル先生が首領なんだ、一緒に行くのは当たり前だろ」

「ユーリ、ありがとう! でも……もう首領って言わないで」

「ん?」

「ボクは……まだ首領って言われるような事何もしてない。ユーリにちゃんと首領って認めてもらえるまで、首領って呼ばれて恥ずかしくなくなるまで、ボクは首領じゃなくて同じ凛々の明星の一員としてがんばる!」

「……わかった。カロル、がんばれよ」

「うん!」

嬉しそうに頬を緩ませたカロルが、今度はアルノルドに顔を向ける。

「アルから預かってるもの、ボクが持ったままだったでしょ? ボクが来なかったらアルが大変だと思って踏ん切りがついたんだ、全力で走ったの久しぶり」

「あ、そうか忘れてた。悪かったな、俺が自分で持っとこうか?」

「ううん、いいよ、ボクが持ってる! どうせずっと一緒にいるんだから」

何の疑いも無く、それが当然のように言われて、アルノルドは参ったなと思いながらもそうだなと返そうとして、振動した小さな機械に阻まれた。
前にいる皆の輪の中で楽しそうに話すエステリーゼを見て胸が痛む。

「ま、あたしはエステルが旅を続けられるならそっちの方がいいけど」

「ううん、いいよ、ボクが持ってる! どうせずっと一緒にいるんだから」

「仲間ですから」


震える通信機を握りながら、アルノルドは今日言われた言葉が脳内で繰り返されるのを聞いた。

言われたことがなかった、言われることもないと思っていた。

全てはあのとき彼女の部屋の戸を叩いたから。
始まりは任務でも何でもない、自分の気紛れに、心に従って動いたあの行動があったから。

早く出ろと催促するように点滅する光と自分を呼ぶ皆を見比べて、どうやらユーリ君のお人よしまで貰ってしまったらしいと苦笑しつつ、アルノルドはそれを海へ投げ捨てた。
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