08.風前の灯

いつの間にやら船に乗り込んでいたレイヴンも合わせて、7人と1匹になった一行は、ジュディスを追ってクリティア族の街のあるデズエール大陸に渡った。

コゴール砂漠を北に歩き、やがて砂地が岩の大地へと変わる。
一度は通った道だった事もあり、こまめに休憩を挟みつつ比較的余裕をもって長い道程を乗り切った頃には、アルノルドは松葉杖無しで歩ける程度には回復していた。

道中の魔物との戦闘を他のメンバーが肩代わりしてくれた事も大きかっただろう、礼を述べるアルノルドから機材を受け取ったカロルは、大きな肩掛け鞄にそれを仕舞う。

「到着〜、ここがテムザ山よ」

「これ、人の足跡だよね? ずいぶんたくさんあるな」

「魔狩りの剣、でしょうか?」

先にすたこらと走り出すカロルの背を見ながら、エステルの疑問にユーリが「騎士団かもな」と呟く。

「フレンも聖核を探してた。魔狩りの剣が聖核を狙ってここに来てるんなら、騎士団も聖核を狙って来てるかもしれない」

「何故みんな聖核を手に入れようとするんでしょう?」

「ピカピカキラキラ光ってて、とてもキレイだったのじゃ。すごく貴重なものに違いないのじゃ」

「あんたは聖核について何か知らないのか?」

「うーん、聞いたことはあるような気はするんだけど……、詳しくは分からないな」

「騎士団の人なら知ってるんじゃないです? アル、どなたかに聞いたり出来ませんか?」

「それは……」

「無理でしょ、なんか上司とモメてるみたいだし」

今頃海の藻屑と化しているだろう通信機を脳裏に思い浮かべながら、エステリーゼに苦笑を返すアルノルドに代わってリタが言う。

「モメた? そりゃ意外だな。しかもなんでそれをリタが知ってるんだ?」

「たまたま橋の上で話してたのを聞いたのよ」

「あらら、アルちゃん何したのよ?」

「べ、別に大したことじゃありません、気にしないで下さい。どちらにせよ、今は通信機が手元にないので……、聞くのは難しいですね」

「ま、ジュディが全部話してくれたら、何かわかるかもしれないな」

「ねえ! ちょっと来てよ! ここ、なんかすごいよ!」

道の先でカロルが何かを見つけて皆を手招く。
ぞろぞろと歩く一行の列から少し離れて、レイヴンがため息を吐いた。

(大したことないわけないでしょーが……)

ズボンのポケットに無造作に仕舞い込んであった1枚の紙を取り出して、皆と合流する前にも一度目を通したソレを今一度読む。

帝国騎士団長から"シュヴァーン・オルトレイン"に向けて送られてきたその書状には、こう綴られていた。


――先に命じた任務に、帝国騎士団親衛隊隊長アルノルド・ブランディーノの身柄の拘束を付け加える。


それはまるで、罪人に向けられるかのような処置。
唐突に叩きつけられたその命令が疑問でしかなかったが、今の話を聞いて、恐らくアレクセイにこう書かせてしまうような何かをアルノルドがしてしまったのだろうとレイヴンは推測した。

(お譲ちゃんと一緒に捕まえて強制送還、か)

前を行く二人の若者を見て、ちくりと胸を刺すものが彼にはあったが――本人がそれに気づくことはなく。
気づいたとしても、彼が、レイヴンではなく、シュヴァーンとして生きる今の彼がそれを認めることを許さず。

ドンを失い、外れかけていた仮面を深く被り直した彼は、自嘲か哀れみか、フッと笑いを零し、その書状をまたポケットに押し込んだ。





カロルが言っていたものの正体は、大地に出来た大きなクレーターだった。
規模が大きすぎて、クレーターというよりは大地が抉り取られた、という印象を受ける。

「近くで見ると、より酷いな」

「こんなでっかい穴ボコ見たことないのじゃ」

「どう見ても、自然現象じゃないわね」

「何かが爆発したあとみたい……」

「爆発って……、こんなことできる魔物なんているの?」

「ああ、その魔物なら、とっくに退治されたから」

「退治されたって、どういうことです?」

「ここが人魔戦争の戦場だったってこと」

「え! そうなの?」

「ということは……ここで人と始祖の隷長が戦ったんですね……。戦いは人の勝利で終わったが、戦地に赴いた者に生存者はほとんどおらず……」

エステリーゼの話を聞きながら、アルノルドは眼前にその映像がリアルに映し出されているかのような錯覚を覚えた。

大地が燃えて、人が倒れて、血が飛び散って、人の悲鳴と魔物の鳴き声と爆発音が絶えず響いて、世界が赤と黒に染まっていく――

「――――っ!!」

湧き上がる気持ち悪さと眩暈に、体が大きく傾いた。
倒れる前に我に返って、崩れたバランスを取り戻す。

「アル? どうしたんです?」

「……いえ、少し……眩暈がしただけです」

「顔色悪いよ、大丈夫?」

「色々思い出しちまったか? 人魔戦争っていや、騎士団絡みだもんな」

「……いや、俺が騎士団に入ったのは、戦争の後だよ。戦争に参加はしてない」

"参加"は。そう心の中で反復して、ぎゅっと掌を握り締めた。

「きっと砂漠越えで疲れたんじゃな。少し休んだほうがええぞ」

「有難う、でも俺は大丈夫だから。今は時間が惜しいし、行こう」

「本当ですか? 無理しないでくださいね?」

「でも、ここが戦場だったって話、聞いたこと無いぜ」

「色々情報操作されてんのよ、帝国にね。知られたくない事がいっぱいあったんじゃない?」

「魔物が人間相手に戦争っておかしいと思ってたけど……」

「その魔物が始祖の隷長だという事も、知られたくない事実だった……?」

「レイヴン、随分詳しいね」

そりゃあ、なんたってこの人は人魔戦争の英雄だからな。

カロルの疑問に心中でそう返したアルノルドや皆の視線の先で、レイヴンは「少年少女の倍の人生生きてれば色々あんのよ」と薄ら笑いで答える。

「そういや、ジュディが前にバウルが戦争から救ってくれたって言ってたな。ありゃ人魔戦争の事だったのか……?」

「じゃあもしかしてあの女って、人魔戦争の時にバカドラと一緒に帝国と戦ったのかな?」

「ジュディ姐が人間の敵だったら、うちはちょっと悲しいのじゃ」

「どうなんだレイヴン? 人魔戦争に参加してたんだろ」

「へ? なんで?」

「色々詳しいのは当事者だからだろ」

流石の観察眼に、事情を知るアルノルドはユーリに心中で拍手を送った。
そこまで分かっているのなら相手が騎士である事も芋づる式に分かりそうなものだが、天を射る矢のレイヴンという先入観があるせいなのか、正解を言い当てる者は居ない。

「でも生き残った人、殆ど居ないんでしょ?」

「ああ、流石の俺様も、あんときは死ぬかと思ったね。あ〜、あんとき死んでりゃーもうちっと楽だったのになあ」

「死んでりゃって、あんた……」

「滅多な事を言わないで下さい、貴方が生き残った事で救われた人間だって居るんですから」

「何それ、誰のこと?」

「誰ってそりゃあ……」

俺ですが、と口に出す訳にもいかず目で訴えると、レイヴンがくつくつと笑った。

「それで、戦争中にジュディスに会ったりしました?」

「いやいや、いくら俺でも10歳にもならない女の子は守備範囲外よ」

「アホか……」

「まー、あのバウルってのも見かけなかった気がするし、どっかに逃げてたんじゃない? ちなみに俺ばっかり質問攻めに遭ってるけど、そこで知らん顔してるアルちゃんも人魔戦争の生き残りだからね」

「え? でもアルは戦争には参加してないんだよね?」

「ちょっ、レイヴンさん、あまりその話は……」

「いいじゃないの、話したって減るもんじゃないし」

皆に期待の眼差しで見られたアルノルドは、「面白い話じゃないぞ」と前置いてから手短に話し始める。

「俺は元々この辺りに住んでたんだ、それで戦争に巻き込まれたってだけ。家も身内も皆失ったけど、俺はこの変な体質のお陰で一人だけ命拾いしたんだよ。で、路頭に迷ってた所をアレクセイ騎士団長に拾われたんだ」

「……知りませんでした。辛かったですね、アル」

「いえ、俺はまだ戦わずに済んだだけ良かった方ですよ。戦争に参加していた当時の騎士の皆さんの方が、余程辛い想いをしたと思います。殉職者が大勢出たそうですから……」

言いながら、アルノルドはレイヴンを気遣わし気に見たが、当の本人は話を聞いているのかいないのか、ぼんやりとクレーターだらけの山道を眺めているだけだった。

「っていうか、何であんたのそんな身の上話をおっさんが知ってるわけ?」

「ああ、ええっとそれは……、前にちょっと、たまたま偶然そういう話になって」

「アルが居たのは納得だけど、レイヴンはなんでその時ここに来てたの? ここの出身って訳じゃないんだよね?」

「大人の事情ってヤツさ」

のらりくらりと質問を躱して山道を歩くレイヴンを訝し気に見ながら、皆がアルノルドに詰め寄る。

「ちょっと、あんた本当はあのおっさんの事色々知ってるんじゃないの? 教えなさいよ」

「前々から二人で何かコソコソやってる事も多いしな」

「隠し事をするとは水臭いのじゃ」

「戦争の時にレイヴンと会ったりしなかったの?」

「私も気になります!」

「いや、あの……」

言えない。個人的にはシュヴァーンの数々の偉業を彼らに語り聞かせたいところではあるのだが、本人が煙に巻いている事を自分が勝手にバラす訳にはいかない。

さてどうやって誤魔化そうかと頭を悩ませていると、突然、辺り一面に咆哮が響き渡った。

「この声……バカドラ!?」

「何かマズい事になってんじゃないの」

「急ぎましょう!」

上手い具合に話が流れてホッとしつつ、皆に続いてアルノルドも山道を駆ける。岩肌に囲まれていた道は山頂に近づくにつれ開けていき、やがて廃墟へとたどり着いた。

ここがクリティア族の街だろうかと辺りを見渡していると、物陰から突然人が飛び出してきた。
吹き飛ばされたのだろう、勢いよく地面を転がるその男達を見たカロルは「魔狩りの剣!」と叫んだ。その対面には、探し人であるジュディスの姿。

「ジュディス!」

「あなたたち……」

「くそっ! ティソンさんとナンに知らせろ!」

「お前ら! うちのモンに手ぇ出すんじゃねぇよ。掟に反しているならケジメはオレらでつける、引っ込んでな!」

「我々は奥に行って魔物を狩りたいだけだ、邪魔をするな!」

ジュディスを挟んでそんな応酬をする男達とユーリに、後ろに控えたリタ達がぽつりと呟く。

「もう、面倒くさいなぁ。ぶっ飛ばしちゃおうか」

「そうねぇ、こいつらじゃ話にならないしねぇ」

「話の邪魔する奴は永久にそこに倒れとけなのじゃ」

血気盛んな事でと苦笑しつつ、面倒だという意見には賛成のアルノルドは、鞘から剣を引き抜いて相手に向けた。

「だそうだけど、この人数を相手にしてまで押し通りたいのか?」

同じく臨戦態勢を取る一行に、魔狩りの剣の男達は顔を見合わせて、そのまますごすごと引き下がっていった。
皆はお役御免となった武器を収めて、ジュディスに向き直る。

「追ってきたのね、私を」

「ああ、ギルドのケジメをつける為にな」

「ジュディス、全部話して欲しいんだよ」

「何故魔導器を壊したのか。聖核のこと、始祖の隷長のこと、フェローとの関係、知ってること全部ね」

「事と次第によっちゃ、ジュディでも許す訳にはいかない」

「不義には罰を……だったかしらね。……そうね、それがいいことなのか正直分からないけど、貴方達はもうここまで来てしまったのだから」

来て、と言って、ジュディスは一人歩き出した。その背を追いながら、カロルがユーリに不安そうな顔を向ける。

「ユーリ……、ジュディスでも許さないって……」

「……ドンの覚悟を見て、まだまだ甘かったことを思い知らされた。討たなきゃいけない奴は討つ。例えそれが仲間でも、始祖の隷長でも、友でも」

「フレンやフェローでもってこと?」

「ああ、それがオレの選んだ道だ」

毅然と言い放って歩いて行くユーリに、カロルは俯いて立ち止まる。
その会話を後方で聞いていたアルノルドは、置いて行かれそうになっている小さな背を優しく叩いた。

「行こう。どうするか決めるのは、ジュディスさんの話を聞いてからでもいいだろ?」

「……うん、そうだね」

頷き駆け出すカロルに、その様を見守っていたエステル達も続いた。
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