08.風前の灯
「ここが、人魔戦争の戦場だった事はもう知ってる?」山頂に向かう道中、先導するジュディスが矢庭に尋ねて、皆は肯定する。
「あの戦争の発端は、ある魔導器だったの。その魔導器は発掘されたものじゃなく、テムザの街で開発された新しい技術で作られた物……ヘルメス式魔導器」
「ヘルメス式……?」
「初めて聞いたわ。それに、新しく作られたって……」
「魔導器って新しく作れないんじゃないかの?」
パティのその疑問はもっともだ。
今世界に流通している魔導器は、その全てが発掘された古代ゲライオス文明時の物だとされている。
少なくともアルノルドの知る限りでは、自分が生まれてから今に至るまで新しく作られた魔導器の話など聞いたことがない。だが、ジュディスが態々嘘を吐く理由も無かった。
「ヘルメス式魔導器は従来のものよりもエアルを効率よく活動に変換して、魔導器技術の革新になる……筈だった」
「何か問題があったんだな」
「ヘルメス式の術式を施された魔導器はエアルを大量に消費するの。消費されたエアルを補うために各地のエアルクレーネは活動を強め、異常にエアルを放出し始めた」
「そんなの、人間どころか全ての生物が生きて行けなくなるわ!」
「ケーブ・モックやカドスの喉笛で見たアレか、そりゃやばいわな」
レイヴンの言葉に、エアルクレーネにほど近いその二箇所で見た植物の異常成長を思い出してゾッとした。世界中があんな状態になるのは確かに困る。それでなくとも、濃いエアルが人体に与える影響は、そこへ近づく度に体調を崩す仲間達を見ていれば解る。
「人よりも先にヘルメス式魔導器の危険性に気付いた始祖の隷長は、ヘルメス式魔導器を破壊し始めた」
「それがやがて大きな戦いとなり、人魔戦争に発展した……って事か」
「じゃあ、始祖の隷長は世界の為に人と戦ったの!?」
「どうして始祖の隷長は人に伝えなかったんです!? その魔導器は危険だって!」
「互いに有無を言わずに滅ぼしゃいいってなもんよ。元々相容れない者同士、そこまでする義理は無かった、そんなとこかねぇ」
「そんな理由で……!!」
今更聞かされた戦争の事実をどう受け止めればいいのか決めかねていたアルノルドは、レイヴンの言葉に激昂しかけて、しかしすんでのところで言葉を飲み込んだ。
落ち着け、まだそうと決まった訳じゃない。
その心中を推し量るように彼を見たパティが話を引き継ぐ。
「或いは何か他にも理由があったのかもしれんの。でも……この話がジュディ姐に何の関係があるのじゃ?」
「テムザの街が戦争で滅んで、ヘルメス式魔導器の技術は失われた筈だった。でも……」
「まさか! そのヘルメス式がまだ稼働してる!?」
「そう。ラゴウの館、エフミドの丘、ガスファロスト、そして……」
「フィエルティア号の駆動魔導器か……」
「それじゃあ、ジュディスは始祖の隷長に替わって魔導器を壊して……」
「なら! 言えば良かったじゃない! どうして話さなかったのよ! 一人で世界を救ってるつもり? バカじゃないの!?」
リタの言葉にジュディスは何も言えず、一行に沈黙が下りる。
だが、ジュディスは行く道の先が光り輝いている事に気付くと、弾かれたように駆け出した。
「な、何?」
「バウル!」
「どうやら獲物はそこに居るようだな」
慌ててジュディスに続こうとした一行の行く手を阻むように、ティソンとナンが飛び込んできた。気付いたジュディスも足を止めて、武器を手に二人を睨む。
「手下共に聞かなかったか? ウチのもんに手ぇ出すなっつったろ?」
「い、いくらナン達でも、ギルドの仲間を傷付けるのは許さない!」
「カロル、魔狩りの剣の理念も忘れたの? 邪魔しないで」
「魔物は悪……魔狩りの剣はその悪を狩る者……、でも! 始祖の隷長は悪じゃない! 世界の為に……!」
「雇われて見境なくなってるんだろ。狙いは聖核のクセに、カッコつけてんじゃねぇよ」
「ふん、話にならんなぁ、どうしても邪魔だてするのなら……」
「仕方ありませんね」
互いに武器を構えたのを皮切りに、どちらからともなく開戦する。
先の反応からしてバウルに何かあったのだろう、その焦りからかジュディスはいつもより熾烈な戦いぶりを見せ、あっという間に敵を捩じ伏せた。
決着がつくなり率先して走り出したジュディスに、倒れた二人――特に仲が良いのだろうナンの事を気に掛けていたカロルや他の仲間達も続く。
辿り着いた山の洞窟の奥では、体から光を溢れさせているバウルが横たわっていた。
「これは……」
「バウルは成長しようとしているの……始祖の隷長としてね」
苦しげに呻くバウルに、思わずエステルが手を差し伸べようとするが、それをジュディスが鋭い一声で制する。
エステルが治癒術を使えば、ベリウスの二の舞になる。本人もそれを理解して、手を引っ込めると悲しげに俯いた。
「怪我を治してあげたくても、何もしてあげられない……。貴方にとって、わたしの力は毒なんですよね……」
「傷を癒せるってのがエステルの力じゃないぜ」
「え?」
「ベリウスの言葉……覚えてない?」
リタに言われ、ベリウスが死の間際に遺した言葉を思い出したエステルは、それを反芻する。
「慈しむ心……」
「バウルにも伝わっているわ、きっと」
「ま、今は見守ろーじゃないの」
エステルは伏せていた顔を上げて、じっとバウルを見詰めた。
皆が見守る中、バウルが放つ光は徐々に強まっていき、やがて洞窟全体を照らすほどになると、雄叫びと共に収束する。
眩しさに閉じていた目を開けば、元の何倍にも大きく成長したバウルの巨体がそこにはあった。その荘厳さに、それぞれが感嘆する。
「頑張ったわね、バウル」
「どうやら相棒はもう大丈夫のようだな」
「ええ。有難う、バウルを守ってくれて……。私だけだと、きっと守り切れなかったわ」
「仲間だもん、当たり前だよ!」
「じゃの!」
バウルはエステルに優しく吠えて、自分の気持ちが正しく伝わっていたのだと実感したエステルが嬉しそうに微笑んだ。
「フェローにも伝わるかもしれない。会う? フェローに」
「決めるのはエステルだ」
「……会います、それがわたしの旅の目的だから」
「いいの? 殺されちゃうかもしれないのよ」
「はい。わたしも覚悟を決めなきゃ……」
エステルが険しい顔でそう語ったのを見て、アルノルドはその決意は賞賛すべきだとは思いつつも、乗り気にはなれなずに眉をひそめる。
もし、エステルがフェローの言う通り"世界の毒"なのだとして。
故にエステルを殺すのが、世界を救うという点においては正しい事なのだとして。
果たして自分は、それに賛同出来るのだろうか。
「そろそろ魔狩りの剣の増援が来そうよ、ややこしくなる前に移動した方がいいんじゃない?」
その自問への答えは出せないまま、レイヴンの提案によって皆は足早にその場を後にした。