02.六つの花弁
「ナハティガル王のこと……黙っていてすまない、ラスヒィ」「クレインが謝ることじゃない。でも……未だに信じられないよ。父がそんなことをしていたということも、自国で、ましてや一番王の傍に居たというのに、それらに気付くことが出来なかった私も……」
「君は城の中に閉じ込められていたんだ。与えられる情報に限りがある中で、事態に気付けなかったのは仕方がない事だ。自分を責めないでくれ」
優しく微笑む友人に、ラスヒィはどうすればいいのかが分からなかった。
父は自分を育ててくれた。信頼していたし尊敬もしていた。よき王だと思っていた、そう信じていた。
しかしそれは勝手な思い込みだったのか。
「……君がナハティガルに立ち向かうというのなら、私は君の側につくよ、クレイン」
「無理はしなくていい、君にとってナハティガルは家族だろう。理由が何であれ、親子で争うことはして欲しくない。そういうつもりで話したわけではないんだ」
「たとえ家族でも、間違ったことをしているのなら正すべきだ。それが息子としての義務だし、一国の頂点に立ち、民を導く者の使命だ」
「ナハティガルが居なくなれば、君が困ってしまうだろう。王にはなりたくないと、あれほど言っていたじゃないか」
「いつかはこうなる日が来ることは分かっていたよ、遅かれ早かれ。ナハティガルが居なくなっても、ラ・シュガルは私が何とかしてみせるさ」
弱気な本心を包み隠してクレインに渡す。
まだ戦うと決まったわけではないとクレインは言ってくれたが、彼がナハティガルを危ぶんでいたのはきっとずっと前からなのだろう。
今回の話を聞いて、きっともう意思は固まっている筈だ。
「ラスヒィ君ー! オーサマのムスコってどーゆーことー!?」
「ああ、すみません。ちゃんとご説明します。もう皆さん気付いていらっしゃるでしょうが、私はラ・シュガル王、ナハティガルの息子です。本当の名前は、ラスハイルト・I・ファンといいます」
「ラスヒィっていうのは……偽名、なんですか……?」
「でも、ドロッセルさんやクレインさんも、そう呼んでたよね?」
「あれは私の愛称です。古くから交流のある方達にはそう呼ばれています」
「ではなぜ今まで隠していた? ナハティガルの行動を知らなかったということは、スパイという訳でもないのだろう」
「父に許可を得て出てきていたわけではないので、誰にも知られたくはなかったんです。もし私が事実を話していたとしたら、ミラさんたちに口止めせざるを得なくなる。それに、身分がそうだからといって、態度を変えられてしまうのも嫌でしたからね」
「……確かに、王子様だって知っちゃってたら、ちょっと違ってたかも」
「ですが、先ほどラ・シュガル兵にここに居ることがバレてしまいました。黙ってくれているのは今のうちだけ、街を出ればすぐ連絡が行くでしょう」
「じゃあ、ラスヒィ君とは、ここでお別れなのー?」
「残念ですが、そうなりますね。クレインにも身勝手な行動をとるものではないと言われてしまいましたし……」
「そうか……世話になったな」
「滅相もありません、お世話になったのは私の方です。短い間でしたが、有難う御座いました。せめて街の出口まで送らせてください」
そういえばアルヴィンはどこに行ったのだろうと、ラスヒィは自分を屋敷の中に入れてさっさと消えてしまった男の姿を皆と共に探す。
男は街の出口付近で、いつかと同じように鳩を呼び寄せ手紙を飛ばしていた。
「アルヴィン!」
「アルヴィン君、ヒドイよー! バカー、アホー、もう略してバホー!」
「なぜ、私たちをクレインに売った?」
「売ったなんて人聞きの悪い。シャール興が今の政権に不満を持ってるってのは有名だからな、情報を得るにはうってつけだ。交換でこっちの情報を出しただけ。いい情報聞けたろ?」
「ラ・シュガル王ナハティガル……こいつが元凶のようだ。ナハティガルを討たねば、第二、第三のクルスニクの槍が作られるかもしれん」
「王様を討つの……? それに、ナハティガル王はラスヒィさんの……」
「君たち国民は混乱するだろうが、見過ごすことは出来ない」
「ラ・シュガルのことは私がなんとかしますから、ジュード君は安心して下さい」
「ラスヒィさんは止めないの?」
ジュードの問いに、不安にさせぬようにとラスヒィは笑顔を取り繕う。
それにミラが討つ気なら、止めようとしたところでおそらく無駄だ。
「民を犠牲にするような王の下で、ジュード君は安心して暮らせるかい?」
「それは……」
「君は君の正しいと思うことをすればいい。私の事情まで考慮する必要はないよ」
「……カッコイイこと言ってるとこ悪いけど、ちょっと往来で堂々としすぎたみたいだぜ」
アルヴィンの言葉に、いつの間にか周りにラ・シュガル兵が集まってきていたことに今更気がつく。
「ラスヒィ、見送りはここまででいい。一緒に居ては君まで疑われるぞ」
「ラスハイルト王子! こんなところにいらっしゃったのですね。さぁ、城へお戻りください!」
仕方ないか。それに今ここで自分が素直に従って彼らを説得すれば、ミラ達はここを切り抜けられるかもしれない。
服を引くエリーゼと泣きつくティポを撫でてラスヒィが前に出ると、その前方を何者かの腕が塞いだ。
「お待ちください、ラスヒィさん」
「……ローエンさん?」
優しく後ろ手で肩を押され、ラスヒィはエリーゼたちの元に逆戻りする。
顔に疑問符を浮かべる皆にローエンは穏やかに微笑んだ。
「この場は、私が」
「おい、じいさん! こっちを向け! 何を企んでる、そのお方が誰だか分かっているのか?」
兵に呼ばれ、ローエンは振り向きざまに何かを上空へ投げ飛ばし、わざとらしく両手を上げて無抵抗を示す。
「おおっと、恐い恐い……おや? 後ろのお二人、陣形が開きすぎていませんか? その位置は、一呼吸で互いをフォローできる間合いではないですよ?」
言われた後方の兵士は顔を見合わせ、素直に互いの距離を詰める。
バカにされたと思った前方の兵士はますますいきり立った。
「貴様……余計な口をきくな!」
「そして貴方、もう少し前ではありませんか? それでは私はともかく、後ろの皆さんを拘束できません」
兵は鼻を鳴らし、誰が従うものかと後方に下がった。
しかし残念ながらそれこそローエンの思い通りだ。
「いい子ですね」
最初に投げていたもの、掌サイズのナイフが、兵士達の周りを三角に囲むように地面に垂直に突き刺さる。
そのナイフの間の空間で術が発動し、兵士達は動きを拘束され剥製のように固まる。
「ぐうっ! これは……」
「では、これで失礼します。さぁ、皆さんこちらへ」
動けない哀れな兵を尻目に、ローエンに連れられて皆は屋敷の前まで戻る。
後ろから新たな追っ手は来ていなかった。
「ローエン君すごいー! こわいおじさんたちもイチコロだね!」
「いえいえ、イチコロなどとてもとても。私程度では、ただの足止めです」
「助かりました、ありがとう。えっと……ローエンさん」
「ローエンで結構ですよ」
「それにしても、どうしてわざわざ……」
「我々に用があるのだろう?」
「おや、直球ですね。──実は皆さんにお願いがあるのです」
「お尋ね者のいる一行に? あんまり楽しそうな話じゃなさそうだ」
アルヴィンの読みどおり、それは穏やかなお願いではないようで、ローエンの顔から笑顔が取り払われる。
「先ほどラ・シュガル王が屋敷に来られ、王命により街の民を強制徴用いたしました」
「……! それで父が来ていたのですね」
「何? ナハティガルが来ていたのか?」
「屋敷に入る前、馬車で出て行った男が居たでしょう。あれがナハティガルです。ですが、なぜ強制徴用など……」
「まさか……人体実験を?」
「民の危険を感じた旦那様は、徴集された者たちを連れ戻しに向かわれました。しかし、ナハティガルは反抗者を許すような男ではない……」
「ドロッセルのお兄さん……危ないの?」
ローエンとエリーゼの言葉に、一番考えたくなかった惨状が浮かんで、ラスヒィの全身の血が降下した。
ナハティガルがクレインを手にかける所など、自分にとっては想像も出来ないが、もし本当なら迷っている暇は無い。
「力を貸していただけませんか? クレイン様をお助けしたいのです」
「私からもお願いします」
「うん。クレインさんもだけど、連れて行かれた人たちも心配だし」
「あーあ、優等生のおせっかいに火がついちまったよ? でもまぁ、旦那の頼みなら俺も行くか」
「え?」
アルヴィンは首にかけていたチェーンを外してラスヒィに見せる。
そこに通してあったのは、アルヴィンと出会った時に報酬として渡した指輪。
「旦那の傭兵としての契約はまだ切れてねーからな」
「アルヴィン……」
「いいだろう。あれを使おうというナハティガルの企みは見過ごせない」
「有難う御座います。民が連れ去られた先はバーミア峡谷、急ぎましょう!」
道を先導するローエンに続いて、ミラ、ジュード、エリーゼ、アルヴィンが走る。
そしてその後ろにラスヒィも。
「あれ、旦那も来んの? 街から出たらマズいんじゃあ……」
「クレインを放って帰れません。それに、父が本当にそのようなことをしているのか、この目で確かめておきたいんです。もしクレインに万が一のことがあれば……このまま大人しく帰る気もありませんから」
いつになく険しい顔でついてくる雇い主に、ならまたちゃんと護衛しないとなと、アルヴィンは本人に悟られぬように立ち位置を入れ替わって殿に就いた。