02.六つの花弁
「お待ちしておりましたわ」「すごいお屋敷……」
出迎えてくれたドロッセルとローエンの後ろに建つ建物の規模に、ジュードが思わず呟く。
「そういえばラスヒィ、今あなたの……ええと」
ミラ達を見て困ったように言葉を濁らせたドロッセルに、ああ公に話せぬことかとラスヒィは傍に近づき耳を貸す。
ドロッセルが話すのと同時に、正面玄関から兵士が出てきた。
「ラ・シュガル兵!」
「待て」
剣に手をかけたミラをアルヴィンが制する。
兵に続いて二人の男が出てきて、屋敷の前に止まっていた馬車に乗り込んで兵士達と共に右方へと去っていった。
「今のは……」
「……お客様はお帰りになられましたか」
「……よかったの? ラスヒィ」
「いいんだ、寧ろ見つかるとまずい」
ドロッセルとラスヒィの会話にローエンを除く他の面々は首を傾げたが、二人からそれについての説明はなく、そのまま屋敷へと先導される。
「やぁ、お帰り。お友達かい?」
「お兄様!」
門の前でこちらを見つけた青年に、ドロッセルが笑顔で駆け寄る。
これが旦那の友人かと眺めていたアルヴィンの横をラスヒィが過ぎり、その青年に抱きついた。
「クレイン! 久しぶり!」
「君は……ラスヒィ!? どうしてこんなところに……」
「そちらの皆さんと一緒に旅をしているんですって。私もさっき街で会ったばかりで」
「今しがた君が行方不明だと聞いたのだけれど……まさか皆に黙って出てきたのかい?」
「言ったら行かせてくれないからね。──っと、すみません、紹介が先ですね」
仰天しているミラ達の視線に気付いて、ラスヒィはクレインから離れる。
落ち着いた普段の彼との変わり様に、皆はポカンとしていた。
「妹がお世話になったようですね。ドロッセルの兄、クレイン・K・シャールです」
「クレイン様は、カラハ・シャールを治める領主様です」
「この街の領主……!?」
「立ち話も何です。さぁ、どうぞ屋敷の中へ」
屋敷の中は外観に見合う広さで、割れば最期かと言わんばかりの高価な品々があちこちに点在していた。
ロビーの端にあるテーブルを囲む深々としたソファに皆は腰掛ける。
「なるほど、また無駄遣いするところを、皆さんが助けてくれたんだね?」
「無駄遣いなんて! 協力して買い物をしたのよね」
「ねーっ」
すっかり打ち解けたのか、ドロッセルの隣に座るエリーゼの頭上でティポが合わせる。
エリーゼにもよい影響になるだろうなと微笑ましい光景にラスヒィが笑んでいると、ローエンが一礼してやって来た。
「……わかった、皆さんのお相手を頼むよ」
「かしこまりました」
「申し訳ありませんが、僕はこれで」
何かを耳打ちされたクレインは一瞬眉をひそめ、ローエンに席を譲るように立ち上がった。
何か悪い報せだろうかと考えていたラスヒィが何故か呼ばれて、クレインと話せるのならと皆に一言告げてから着いていく。
「私に何か関わりのあることかい?」
「ああ。見廻りをしていたラ・シュガル兵が、捜索中の犯人と似た人物を見かけたらしくてね。君も知っているだろうけれど、研究所に忍び込んだという者達だ」
何から話そうと浮かれていた頭に剛速球が飛んできて、ラスヒィの両手両足が固まった。
知っているも何も、知っているも何も……!
後ろから聞こえてくる仲間達の笑い声にラスヒィは冷や汗を流す。
「兵に詳細を聞きに行くから、君も同行して欲しい。イル・ファンで起きた事件なのだから、君にも無関係の話では無いだろう?」
「ちょ──ちょっと待ってくれクレイン。君がさっき言ったとおり私は極秘でここまで来ているんだ、兵に見つかって連れ戻されたくはない。ドロッセルやローエンさんにも、皆の前ではその話をしないでくれと頼んでいるし……」
「そういうことなら彼らには口留めをしておくよ、大丈夫だ。けれど、護衛もつけず黙ってこんな所まで来るのは感心しないな。ナハティガル王も心配していたよ」
「一応部屋に手紙は残して来たんだけれど……あのふざけた文章じゃ流石に納得して貰えないか……」
ってそうじゃなくて! なんとかクレインと兵を引き合わせまいとして言った言葉が全く効果を成していないことに気付いて、ラスヒィの顔から笑いが消える。
どうしようとパニックになるこちらなど知りもせずに、外へ出るなり兵が走ってやってくる。
「ご苦労。報告があるようだね」
「はっ、実は先ほど……!? ラスハイルト様!?」
「しーっ! 声が大きい! 今は身分を隠して出てきているんだ。頼むから、あまり騒ぎ立てないでくれ」
「しかし、先ほどいらしたナハティガル王から、見つけ次第城へ連絡するようにとのご命令を……」
「ここに居る間は私が彼の安全を保証する、今は見逃してやってくれ。──ラスヒィ、私もいつまでも君を匿うことは出来ない。長く話すことも出来ないのは残念だが、こうして周囲に迷惑をかけてまで来る必要はない筈だ。……君なら分かってくれるね?」
領主の威厳か友人の力か、クレインの言葉に親に叱られた子供のように小さくなりながら、ラスヒィは首を縦に振る。
兵たちは顔を見合わせ、クレインの頼みならばと了承した。
「ですが、私共がお助けできるのはこの街に居られる間だけです。貴方様に何かあれば、ラ・シュガルの民が悲しみます。お早めにご帰還下さいますよう──ラスハイルト・I・ファン殿下」
「無理を言ってすまない、助かるよ」
「ラスヒィのことはそれで良いかい? では報告を聞かせてくれ」
ラスヒィはここで旅も終わりかとしみじみと街を眺めつつ、結局兵士の報告を妨害することが出来なかったことを心中でジュードたちに詫びる。
招き入れた客人が指名手配犯だと知って、クレインは狼狽えた。
「そんな……まさか彼らが……」
「……確かに彼らの行いは規律に反するものだったかもしれないが、ただの悪党では無い事は私が保証するよ。裁くのなら、彼らに弁明の機会を与えて欲しい」
「……と言うことは、本当なのか? 本当に彼らが……」
「ああ、本当だぜ」
クレインに言葉を返したのは、ラスヒィでも兵でもない第三者だった。
柱に隠れていたその声の主が姿を現す。
「研究所に忍び込んだのは、金髪の女と黒髪の少年だ」
「……アル、ヴィン……」
街でたまたま遭遇したときのような軽いノリで、「よお」と片手を上げる男にラスヒィは絶句する。
「い……いつから聞いて……」
「悪いな、最初からだ」
「………君は彼らの仲間ではないのか?」
「おたくなら悪いようにはしないだろ? 研究所の情報、欲しくないのか?」
もう何が起こっているのか理解出来ずに、ラスヒィはクレインとアルヴィンを交互に見る。
どういうことだ、研究所の情報をクレインが欲しがっている? なんだそれは。
「……すまないラスヒィ。折を見てちゃんと話すつもりだったんだが……とりあえず中に入ろう、誰かに聞かれてはいけない」
兵を従えて屋敷の中に戻るクレインに、事態が飲み込めないままラスヒィは立ち尽くす。頭の中は真っ白だった。
「どういうことですか。ミラさんたちを裏切ったのかと……」
「違うって。まぁ領主様が話してくれるって言ってるんだ、そっちで聞いてくれ。──それより、まさかおたくがラ・シュガル王の息子とはね。そりゃ親衛隊に顔見られたら一発でバレるわな」
背を押され、動かない足を無理やり前へと連れて行かれる。
押し黙るラスヒィに対し、アルヴィンはべらべらと喋り続けた。
せっかくここまで隠して来たのに、最後の最後でバレてしまうとは。
「……ラスヒィさん!」
「クレイン、彼らに手荒な事は……」
「するつもりは無いよ。君も座ってくれ」
救いを求める顔のジュードに同じような表情を返したラスヒィは、勧められるがままに席につく。
座ったところで落ち着けるわけでもなく、鼓動はひたすら早鐘を打っていた。
「ラスヒィ、君には嫌な話かもしれないけれど……ラ・シュガルは、ナハティガルが王位に就いてからすっかり変わってしまった。何がなされているのか、六家の人間ですら知らされていない……息子である君にすら、何も話しては居ないのだろう?」
「……息子!? え、じゃあラスヒィさんって……」
「後で改めて自己紹介させていただきます。今は話の続きを」
「ですから、イル・ファンの研究所であなた達が見たものを教えて欲しいのです」
聞かれたミラがクレインの目を見て、信頼に足ると見えたのか、口を開いた。
「軍は、人間から強制的にマナを吸い出し、新兵器を開発していた」
「人体実験を……? まさか、そこまで!?」
「その実験の主導者が父……ナハティガルということ、ですか」
そんな実験をしているなんて話、今まで誰からも聞いたことはなかった。
いや、聞こうとしなかったのか、知ろうとしなかったのか。
「嘘だと思いたいが……事実とすれば、すべて辻褄が合う。──ラスヒィやドロッセルの友達を捕まえるつもりはありません。ですが、即刻この街を離れて頂きたい」
「……有難う御座います、クレインさん」
ミラと共に静かに席を立ったジュードが軽く会釈する。
ラスヒィは、今聞いた事実を受け入れることが出来ずに拳を握った。