03.その街の別名は
クレインも、そして徴集された民も全て無事だという報せを聞いて、それでこそ努力が報われるというものだと皆が喜ぶ。同じく微笑んでいたミラだったが、すぐに当初の約束通り発つぞと切り出した。
「ここからだとガンダラ要塞を抜ける必要があるな」
「ガンダラ要塞ということは……皆さんの目的地はイル・ファンですか」
「そうだ。あそこにはやり残したことがある」
「ガンダラ要塞を、どう抜けるつもりなんですか?」
「押し通るしかないかもしれないな」
あくまで力技でなんとかする気らしいミラに、他全員がそれぞれ苦い顔をする。
ミラの頭の中には負けという言葉はないのだろうか。
「さすがにそれは難しいでしょう。僕の手の者を潜ませて、通り抜けられるよう手配してみます」
「僕たちに協力したりして大丈夫なんですか? 僕たち、軍に追われている身ですし……」
「元々、我がシャール家は、ナハティガルに従順ではありませんし。先ほど軍に抗議し、兵をカラハ・シャールから退かせるよう手配したところです」
「これ以上軍との関係は悪化しようがない、ということか」
「……んじゃ、お言葉に甘えさせて貰おうぜ。無策で要塞に突っ込むより、何倍もマシだからな」
「そうか……そうだな。では頼んでいいだろうか?」
「任せてください。色々世話になったお礼です」
手配は上手くいってもしばらくはかかるとのことで、それまで滞在してはどうかと勧められた。
断る理由もないので承諾し、エリーゼはこれでまたドロッセルと話が出来ると喜ぶ。
「今日はもうお疲れでしょう。部屋を準備させておきます、休まれるのなら仰って下さい」
「すまない、世話をかける」
皆がそれぞれ好きなように時間を潰している間、せっかくの機会だからとラスヒィもクレインと過ごすことにした。
会話の内容はこれまでの旅や仲間の話ぐらいしかなかったのだが、それでも語りたい事が尽きることは無かった。
「ミラさんの故郷だという場所にも行ってね、静かだけれどとても良いところだったよ。ジュード君はあの歳で医学も料理も何でもこなすんだ、最近の若い子っていうのは凄いものなんだね」
「若い子、か。君もまだ十分若いじゃないか」
「今一緒に旅をしている皆の中では上から数えたほうが早い位置なんだよ? 年上はアルヴィンくらいで……エリーゼちゃんなんて、並んで歩いていると兄妹に間違われてしまいそうだ」
自分としては、それはそれで嬉しいのだけれどとラスヒィは笑う。あんなかわいらしい妹なら大歓迎だ。
そう言うとクレインは、確かに妹は愛らしいけれど、大変なこともあるぞとドロッセルを見て言った。
楽しかった。こんな風に二人で話したのは何年ぶりだろうか?
城での生活にそこまで不便さを感じたことはなかったが、ただ退屈で退屈で仕方がなかった。こんなにも心が満たされるようなものは、あの場所にはない。
「……クレイン、君に言っておきたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「ああ、なんだい?」
自分の大事なもの、守らなければならないものはここにある。
それを脅かすものがあるのなら、立ち向かわなければならないのだ。
そうそれが、たとえ育ての親だとしても。
深夜。与えられた部屋で、いつものように日記にカリカリと文字を綴っていると、コンコンと部屋の戸がノックされた。
こんな遅くに誰だろうかと思いながら、ラスヒィは日記に栞を挟んで鞄の中にしまい、ドアノブを捻る。
「……アルヴィン?」
「よっ、入ってもいいか?」
「はぁ、それは構いませんが……何のご用ですか?」
普段はどうあれ今日は早く休んだほうがいいと思うのだが、まあ自分も人のことは言えない。
ラスヒィはとりあえず部屋にあったテーブルセットに腰を下ろすよう促す。
「これから先、どーすんのかなと思って」
「これから……ですか」
「旦那、イル・ファンには戻りたくねーんだろ? でもミラについて行けば、このままどんどんイル・ファンに近づいていっちまうぜ」
「ああ、その事ですか」
そうか、そういえばクレイン以外にはまだ話してはいなかったか。
ラスヒィは昼間二人で話していたときクレインに話した内容を、アルヴィンにも伝えた。
「私も、イル・ファンに向かいます。父を……ナハティガルを止めるために」
「へえ……それってやっぱり、今日の騒ぎがあったからか?」
「はい。話を聞いただけではまだ決断できていませんでしたが……今回の件、もし私たちが間に合わなければ、クレイン達は命を落としていました。助かったから良かったものの、これは王として……人として、許される事ではありません」
たとえその目的が国の繁栄のためであったとしても、護るべき民を犠牲にしてその骸の上に築き上げる王国などに意味などない。
国は民あってのもの。王族という席は上に立ち広く世界を見守る為のものであって、下に居るものを踏みつける為のものではないのだ。
「お話で解決出来るとは限らねーんだぜ」
「分かっています。必要であれば、戦う覚悟も……出来ています」
「戦う覚悟ねえ……でも旦那、いくら覚悟があったって──」
アルヴィンが突然立ち上がり、銃をラスヒィのこめかみに向ける。
向けられた凶器と冷ややかな相手の目線に、ラスヒィは一瞬本当に殺されてしまうのかと思った。
だが銃口は火を吹くことはなくすぐに下ろされる。
「……力がないと意味ないぜ」
「……はは、そうですね。ですが今は、満足に鍛えている時間もありません。まあ、なんとかしてみせます」
「そうかい。ま、そう言うんなら俺は文句ないけど」
「アルヴィンはどうするんですか?」
「俺? 俺はそうだな……どうするかね」
俺も勿論行くと、そう返してくるだろうと思っていたラスヒィは、迷っているらしい相手の反応に目を丸くした。
何か別の用事でも出来たのか、それともお守りに疲れてしまったのか。
どちらにせよここで戦力の要ともいえる彼が抜けてしまうと痛手だなあと考えていると、話題が急に変わった。