03.その街の別名は
「旦那、クレインのこと好きだろ」ガタン! バタン! どしん。
椅子と一緒に後ろにひっくり返ったラスヒィを見て、アルヴィンが「何やってんだ」と笑う。
上質な絨毯のおかげで脳震盪を起こさずにすんだラスヒィは、後頭部を擦りながら赤面し慌てて立ち上がった。
「す、すみません。ええと……何の話でしたっけ?」
「だから、クレインのこと好きだろって」
「……それは、その、もちろん、友人、ですから」
「そうじゃなくて……」
アルヴィンに肩を掴まれ、ラスヒィは何故か鏡台の前に連れてこられる。
鏡に映った顔は真っ赤で、見ていられなくて顔を背けた。
「そういう顔になっちゃうような好き」
「ち、ちが、これは、頭を打ったからで……」
「クレインの治療中俺と話してた時も、そんな顔してたぜ」
「……違うんです……私は別に……」
「んで? もう両思いなわけ?」
「そんなわけないでしょう!」
「ほらやっぱり、好きなんじゃねーか」
可愛いねえと熱を持った頬でふにふにと遊んでくるアルヴィンに、ラスヒィは返す言葉も無く俯く。
誰にも、ドロッセルにもバレてはいないのに、どうしてよりによって一番厄介な人にバレてしまうのだろうか。
「……誰にも言わないで下さい」
「告ればいいのに」
「そんなことしたって、クレインを困らせるだけです」
「じゃあ一生片思いのままでいーわけ?」
「別に……私は、クレインと仲良くしていられるならそれで……」
「ふーん」
ぐるりと体を回されて、今度はベッドの上に座らされる。
アルヴィンはラスヒィの肩を掴んだまま、冷めた目で見下ろす。
「でも、クレインはそうは思ってないかもな」
「……ど、どういう意味ですか」
「クレインが言ってたろ、シャール家は元々ナハティガルに従順ではないって。その上で旦那とそれほど親しくしてんのには何か裏があるんじゃないかってことだよ」
「……裏?」
「つまり、旦那のこと利用する目的で仲良くしてるんじゃないかってこと」
「……アルヴィン、それは本気で言っているんですか?」
肩に置かれていた手を払い落として、スッと立ち上がる。
ラスヒィの顔からは、さっきまでの弱々しい表情は消え失せていた。
「クレインがそんな人だと、本気で思っているんですか」
「可能性としては有り得ない話じゃないと思うけど?」
「ご忠告どうも。ですが、クレインは貴方が思うような人間ではありません。いくら私が世間知らずの愚か者だとしても、友人のことぐらいは貴方より知っています。──クレインは民を想い、部下を想い、家族を想うとても優しい人です。彼のことを悪く言うのであれば、私でも怒りますよ」
「……そりゃあ怖いな」
微塵にもそうは思っていない様子で笑う相手に、彼の言葉に真面目に返すのはやめたほうがいいかもしれないなとラスヒィは溜息を吐く。
「話はそれだけですか? 早く寝たほうがいいですよ」
「あー、そうだな。んじゃ、そうするわ」
「おやすみなさ────」
廊下まで見送ろうと一歩を踏み出したラスヒィの体が、アルヴィンに強く押されてベッドに戻る。
背中から体重をかけてダイブしてもふんわりと包み込んでくれるそれは流石シャール家のものだと感服するが、そんな評価をしている場合ではない。
さすがに大人の男二人が一箇所に重心をかけると苦しいのか、スプリングが軋んで悲鳴を上げた。
ラスヒィは押し倒された格好のまま、何のつもりだという意味を含んでアルヴィンの名前を呼ぶ。
「旦那って、ほんと綺麗だよなぁ」
「? 有難う御座います。もしかして自分の部屋のベッドに戻れないほど疲れて……」
いるんですか。
そう続くはずだった言葉は、唇を塞がれたせいで消えた。
塞いだのは相手の同じ部位で、何が起こったのかわからなかったラスヒィは数秒間呼吸さえも忘れて固まる。
暫くして息苦しくなったのと、歯を割って侵入してきた舌に吃驚して、相手を突き飛ばした。
「は……っ、な……!?」
「……あれ、初めてだった?」
「はじめて……って、何、今、何を……」
「じゃあ俺部屋戻るわ、おやすみ旦那。ファーストキスごちそーさん」
────ファースト、キス?
ばたんと閉められたドアを呆然と見ながら、その言葉を頭の中で反芻する。
何をされたかを理解したラスヒィは、クレインへの気持ちを指摘された時よりも顔を真っ赤にして、アルヴィンが出て行ったドアに人様の物だということも忘れて全力で枕を投げつけた。
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●ミラ=マクスウェル
カラハ・シャールの領主(以下クレイン)と街の民の救出に手を貸してくれた一人。
イル・ファンに何か目的があるらしく、近日中にガンダラ要塞を抜け彼の地に向かう予定。
蛇足だが、ドロッセルに誘われたお茶会を随分楽しんでいた様子。これもまた彼女にとって未知の体験だったらしい。
やはり精霊の主という線は消しきれないが、その割に本日目にした微精霊の集合体の正体をそれと見抜けていなかった点に矛盾を感じる。
後日続筆。
●ジュード・マティス
同上。救出の際に率先して行動していたことや、旅の途中エリーゼ(下記参照)を保護し傍に置いていることから見ても、随分なお人好しと思われる。
ナハティガルと対峙することに関しても私を気遣ってくれていた辺り、やはりとても心優しい少年の様である。
最近よくミラさんの方をちらちらと目で追っているところを見かけるが、何か気になることでもあるのだろうか?
後日続筆。
●エリーゼ・ルタス
ハ・ミルにて遭遇。齢はまだ十程度なのに対し、使用する精霊術は他と一線を画している。
しかし内面は歳相応なもので、可愛らしい(と本人は言っている)ぬいぐるみを肌身離さず持っており、一見するとただの少女にしか見えない。
ハ・ミルでは不当な扱いを受け苦しんでいたが、これからはそのような目に遭わずに居て欲しいものである。
ちなみにカラハ・シャールにて、ドロッセルと随分親しくなった。
後日続筆。
●ローエン
カラハ・シャールにて遭遇。彼に関しては、まあよく知っているのでプロフィールに関しては特に書き留めることはない。あえて言うなら、前に会ったときより髪は伸びていた。
クレイン救出の際に同行したが、その腕前はかなりのものだった。クレインが数年前に雇った執事だとだけ聞かされていたが、雇われる前は軍人か何かだったのだろうか?
後日続筆。
●アルヴィン
………………彼が何を考えているのか全くわからない。
後日続筆。
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