08.嘘吐きは誰?

アルヴィンは一目散にジランドに向かって行った。
他の面々も、斃すべき敵はこちらだと言わんばかりに、ジランドに殺到する。

セルシウスはジランドの援護に回ろうとしたが、ラスヒィが術で阻止。

「貴女の相手はこちらです」

「………………」

セルシウスはほんの少し躊躇う素振りを見せたが、ラスヒィは構わず攻撃を続けた。
剣先から放たれる光の衝撃波を、セルシウスが作った氷の壁が阻む。

「そう言えば、ファイザバード沼野で命を救っていただいた件のお礼がまだでしたね。有難う御座いました。ですが、どうして私を助けたのですか?」

「………………」

セルシウスは答えない。氷の壁を自ら砕いて、その破片をラスヒィ目掛けて飛ばす。

ジランドの命令がまだ解けていないせいだろうか。それほど彼に従順な者が、どうして初対面の人間をわざわざ助けたのか。

不思議に思いつつ、ラスヒィは攻撃を避け、セルシウスに向けて指を鳴らした。
すると、ラスヒィの姿がセルシウスの視界から消える。

不意に背後に殺気を感じて、セルシウスはその場から飛び退いた。
そこにラスヒィが振り下ろした剣が突き刺さる。

「あれ、よく避けましたね」

感心したようにラスヒィは言った。

セルシウスは距離を取って反撃しようとしたが、ラスヒィは瞬きの内に距離を詰め、剣でセルシウスを斬り付ける。

「くっ…………」

「セルシウス!!」

自分と同じく苦戦している様子のジランドからお呼びがかかって、セルシウスはそちらへ向かった。
ラスヒィは追おうとしたが、ジランドとセルシウスが協力して放った光線術に、ミラ達共々吹き飛ばされる。

「痛ってぇな……! 旦那! 大丈夫か!?」

アルヴィンは近くに転がされたラスヒィを助け起こした。
だが触れた瞬間、ゾクリと悪寒が走り、思わず手を離す。

「…………旦那?」

ラスヒィは怒りに満ちた目でジランドを睨んでいた。
怒って当然の状況ではあるが、何か様子がおかしい。

かつてクレインを亡くし、ガンダラ要塞に向かっていた時も、似たような状態にはなっていたが。
あの時とは何かが違う。

ラスヒィは遠くに居るジランドに向けて手を伸ばし、手首を捻りながら指を折り畳んだ。
すると、ジランドの動きが不自然に止まる。

固まった訳ではない。まるで、急に戦意を喪失したかのように、武器を下ろしてボンヤリと佇む。
仲間達も異変に気付いて、攻撃の手が緩んだ。控え目なパンチやキックを喰らって、ジランドはよろめいて倒れる。

「……なんだ、何が起こった……?」

「………………」

「おい旦那、今何したんだ?」

「………………」

「旦那!!」

アルヴィンはラスヒィを引き寄せて、耳元で叫んだ。
ラスヒィはビクッと肩を跳ねさせて、驚いた顔でアルヴィンを見る。

「え、何ですか?」

「何ですか、じゃ無いだろ。今の旦那がやったんだろ?」

「今のって…………」

ラスヒィはジランドに向けている己の手を見た。

ジランドはと言うと、元に戻ったのか、困惑した様子で辺りを見渡して、すぐ近くにいるミラ達に銃を向け直している。

「そんな精霊術、今まで使って無かっただろ。隠しておいたとっておきか?」

「…………わ、分かりません」

「はぁ?」

使っておいて分からないは無いだろうとアルヴィンは呆れたが、ラスヒィは本気で戸惑っているようだった。
まるで幽霊でも見るような目付きで、己の手を見詰めている。

「……まあいいや。それより、俺達も混ざろうぜ」

「……はい」

アルヴィンは改めてラスヒィに手を貸し、立ち上がらせた。
さっきのような悪寒は全く感じない。何だったのだろうと思いつつ、二人で戦線に復帰する。

ミラ達も勢いを取り戻し、全員でジランドとセルシウスに立ち向かった。
結果、ジランド達の膝を折らせることに成功する。

「……ようやく、源霊匣を生み出せたってのに……くそ……」

「あんたの目的は、せいぜい向こうの奴らに恩売って、のし上がる為だろ。源霊匣とやらに、何の意味があるって言うんだ」

「……源霊匣は黒匣とは違い、精霊を消費せずに、強大な力を使役出来る。だから、人と技術に溢れたエレンピオスには必要なんだよ……」

「どういうこと……?」

「エレンピオスは、精霊が減少したせいでマナが枯渇し、消え行く運命の世界だ」

「……そんなの、黒匣を使い続けた、貴方たちの自業自得じゃない」

「源霊匣が広まれば、エレンピオス人も、マナを得られる……」

「今更何を……二千年前、黒匣に頼る道を選んだのはお前達だ」

「俺じゃねぇ!!」

ジランドは吼えた。
次いで、源霊匣を握る手に、黒い稲妻が走る。

「があああぁ……!!」

「おい、大丈夫か!?」

突如苦しみ出したジランドに、非情になり切れないアルヴィンが駆け寄ったが、ジランドはその助けを拒む。

「俺が死んでも、リーゼ・マクシアの運命は変わりはしねえ……! お、俺達の計画は……断界殻がある限り、続けられるぞ……ザマぁみやがれ……! ぐ、ぐああああああーっ!!」

断末魔を響かせて、ジランドは事切れた。
使役する者が居なくなったことで、セルシウスも実体を保てなくなり、消失する。

「し、死んじゃった……?」

「……セルシウスを使った反動が出たのかもしれません」

「力を得るためとは言え……高い代償だ」

これだけ反動が大きければ、実用化など出来ないのでは無いだろうか。
ジランドの行いがただの私利私欲の為では無かったのだと知り、ラスヒィはほんの少しだけ彼に同情を寄せた。

アルヴィンはジランドの傍に屈んで、開いたままの両目を指で下ろし、彼が使っていた黄金の銃を手に取る。

「これは返してもらうぜ。ジランドール・ユル・スヴェント……叔父さん」

「――――!!」

叔父。
今更二人の関係性が分かって、ラスヒィは戻ってきたアルヴィンを沈痛な面持ちで迎えた。
アルヴィンは「そんな顔すんなよ」と小さく笑う。

「旦那にとっては、ジランドは親の仇だろ」

「それはそうですけど、でも……」

「俺だって、ジランドと仲が良かったわけじゃない。顔合わせないようにしてたくらいだ。だから気にすんな」

「……………………」

「俺には旦那が居てくれるんだろ?」

確認するように言われて、ラスヒィはそれが自分の役目なのだと思い至り、暗い感情を引っ込めて頷いた。

そうして戦いを終えた一行に、別行動だったガイアス達も合流。

「すでに決していたか……」

「一足先にな」

「でも、なんだかこれじゃ……」

後味が悪い。
ジュードのその気持ちはミラにも理解出来た。
だが、やるべき事は変わらない。

「リーゼ・マクシアの為にも、アルクノアの野望は挫かなければならないんだ」

ミラは迷いなく、一人クルスニクの槍へと歩いていく。
四大精霊を捕らえていた槍の機能を停止させ、召喚の陣を描くと、長らくその呼び掛けに応じることの出来なかった四大――イフリート、ウンディーネ、シルフ、ノームが、ミラの元に参上した。

彼らの無事をミラは喜んだが、すぐに気持ちを切り替えて、槍本体を見据える。

「マクスウェル……」

「こればかりは、お前でも邪魔はさせない。――破壊する!」

ガイアスに妨害される前に成し遂げようと、ミラは四大に手で合図。
四大は上空に浮かび上がり、そこにマナが集う。強力な精霊術が構築されていく。

だが、それが発動することは無かった。

突然、部屋全体を異常な重力が襲った。
まるで上から巨大な何かに踏まれているかのようだ。重みに耐えられず、その場にいた全員が床に突っ伏す。

「……なんだ、この術は……!」

「お……押し潰されちゃいます……!」

「ジランドの罠……!?」

「……いえ、これが彼の用意したものなら……先の戦闘の時に使っているでしょうから……別の……」

「ババア! てめえの術はどうした……!」

「桁が違い過ぎるわ……!」

誰も何も出来ずに居る中、ガイアスは力を振り絞って立ち上がろうとする。
だが伸し掛る重みはどんどんと増していく。床にも亀裂が入り、膝立ちになるのがやっとだ。

「この程度の術、破ってみせる……!」

「破る……そうだ、クルスニクの槍を使うんだよ! あれは術を打ち消す装置なんだ……!」

「けど、もうマナが残ってないんじゃ……」

「……ここに居る全員が、マナを振り絞って槍に注ぎ込めば、あるいは……」

「アハハ! あれに自分から力をあげるって……!?」

「命懸けか……」

「だがやらねば……いずれにせよ終わりだ……!」

皆は覚悟を決めたが、問題は誰が槍を操作するかだ。

ガイアスはまだ膝立ちで耐えているが、槍の近くまで歩いて行くのは難しく思えた。他のメンバーは、最早動くことすら出来ない。

その様子を見て、ミラが雄叫びと共に立ち上がった。
仲間達が見守る中、泥の中を進むような足取りで、一歩、また一歩と槍に近付いていく。

時間をかけて、何とか操作盤の前に辿り着いたミラは、振り返って優しく笑う。

「……わざわざ、皆が死ぬ危険を冒す必要は無い」

「…………ミラ……?」

更に重力が増した。
部屋自体がもう限界だった。ガラスの床は今にも割れて崩れそうだ。

ジュードはミラの考えを察して叫ぶ。

「ダメだ……ダメだよ、ミラ!!」

「ミラさん……まさか、貴女一人だけでやるつもりですか……!?」

クルスニクの槍の発動に必要なマナの量は、一人で補い切れるようなものでは無い筈だ。
仮に足りたとしても、ミラが保有するマナは枯渇するだろう。そうなれば、彼女は死ぬ。

「なぜだ……あんたはその手で世界を、人々を守るんじゃないのか!? まだ為すべきことってのが残ってるだろう!!」

「……断界殻が消えれば、アルクノアの計画は完全に潰える……そうだろう?」

「……! お前…………」

「……っミラ! 僕は……ミラが勝っても、居なくなっちゃうんじゃ……!」

ジュードはミラを止めようと、軋む体を動かして必死に前に進もうとしたが、アルヴィンがその腕を掴む。

「…………やめろ」

「なに言ってるんだよアルヴィン! 離してよ! 本当にミラが死んじゃう!!」

ミラはそんな彼らと、他の仲間達を順に見た。
何も言わず、ただ微笑んで、操作盤を叩き始める。
その両脇に、イフリート達が並んだ。

「お前達……ジュード達と共に去れと言ったろう」

四大は動かなかった。
最期までミラの傍に――ミラにもその気持ちが伝わる。

「すまない……巻き込んでしまったな」

『貴女、何か変わりましたね』

「私はマクスウェルとして生きたいだけだ」

『それで自分から死のっての?』

「矛盾しているのは分かっているよ」

『だたら、ヤメるでしよ!』

「……ジュードを失望させてしまう。ジュードの前では、このままで……ジュードが好きで居てくれる、マクスウェルとしての私でありたい」

ミラはこの旅で見てきたものを振り返った。
ラフォート研究所での出逢い。四大が居なくなり、剣を振る事も満足に出来なかった自分を、ジュードは支え、導いてくれた。

彼の言葉が、その真っ直ぐな瞳が、ミラ=マクスウェルを誇り高い存在にしてくれる。
だから、彼が憧れている、そのミラ=マクスウェルを守りたい。

例えそこに偽りがあっても。

『マクスウェルが何を恐れる?』

イフリートの言葉で、ミラはそれを自覚した。

「そうか……私は、恐れたのか。失うことを……」

今この体を動かしている、この強い感情も。
ここ最近ずっと消えなかった、正体の分からない不安感も。

全て、原因はそこにあったのだ。

操作が終わり、クルスニクの槍が、ミラと四大のマナを吸い上げ始めた。
皆が口々にミラの名を呼んだ。止めたくても、体は動かない。ただ見ていることしか出来ない。

その中で、ラスヒィは焦っていた。

何かが警鐘を鳴らしている。
だがそれが何なのか分からない。焦燥感に煽られて、鼓動の音は強く速くなっていく。


ミラが死んでしまうから? ――――違う。

皆が危ないから? ――――それも違う。


――――断界殻を消させてはならないからだ。


答えに辿り着いたと同時に、焦燥感が消えた。
夢の中で、「これは夢だ」と気付いた時のように、急速に思考が晴れていく。


慌てる必要など無い。
あそこに居るのは、マクスウェルでは無い。


あれはただの人間だ・・・・・・・・・


「……さらばだ、ジュード」


クルスニクの槍が起動した。

砲身から放たれた閃光が、部屋を――正しくはジルニトラ全体を覆っていた精霊術を打ち破る。

ジュードがミラの名を叫んだ。
四大は消え、抜け殻になったミラの体が、風に吹かれた落ち葉のようにあっけなく倒れる。

異常な重力からは解放されたが、ボロボロになったジルニトラはついに崩壊した。
あちこちで爆発が起こり、振動で床が割れ、天井は剥がれ落ち、全てが海に沈んでいく。

安全な場所など何処にもなかった。
皆、降ってくる瓦礫から逃げ惑うことしか出来ない。

こうなると、船に留まるよりも、さっさと海に飛び込んだ方が、助かる可能性は高い。
ローエンもそう考えたのか、エリーゼやレイアを連れて、燃える船から飛び降りた。ガイアス達がそれに続く。

アルヴィンは、ミラに駆け寄ろうとするジュードを強引に引っ張って行った。
残っているラスヒィにも声をかける。

「旦那! ここに居たらマズい、降りるぞ!」

ラスヒィは、険しい顔で槍を見ていた。
壊せなかったことを悔やんでいるのだろうか。だが今はそれどころでは無い。

「旦那! 早く来いって!!」

先程よりも強く、アルヴィンはラスヒィを呼んだ。

ラスヒィはアルヴィンの方を向いた。
見たことの無い表情をしていた。申し訳なさそうな、それでいて、何か強い決意を感じる顔。

「…………旦那?」

ラスヒィはアルヴィンに掌を向けた。
同時に、突き飛ばされたような衝撃を体に受け、アルヴィンは手を繋いでいるジュード諸共、空中に投げ出される。

「なっ…………」

為す術もなく、二人はそのまま海に落ちた。
すぐに海面に浮上したアルヴィンを、ラスヒィは船の上から見下ろす。

運が良ければ、皆助かるだろう。
それぞれの姿を確認し、ラスヒィはそのまま奥に引っ込む。

「!? 何やってんだよ旦那!! 早く飛び込めって!!」

何度呼んでも、ラスヒィは戻っては来なかった。

アルヴィンの視線の先で、一際大きな爆発が起こった。
衝撃が波となってアルヴィン達を押し流し、ジルニトラはどんどん遠ざかっていく。

「……やめろ……なんで……なんでだよ……旦那!!」

呼ぶ声すらも届かなくなって、一人船に残ったラスヒィは、自分を取り囲む炎と、未だ壊れずに残っているクルスニクの槍を見上げた。

これを破壊するのは、かなり骨が折れそうだ。
少なくとも今この場では無理だろう。恐らくこの場所が炎に呑まれる方が早い。

「お戻りになるのですね?」

不意に上空から声がした。
傍に降り立ったミュゼを、ラスヒィは咎めるような目で見る。

「先程は申し訳ありません。纏めて始末出来る、絶好の機会でしたので」

そう言って頭を垂れるミュゼに、ラスヒィは喉元まで出かかっていた叱責を溜息として吐き出す。

「断界殻の存在を知った者は消す――これがマクスウェル様より与えられた、私の使命なのです」

「……貴女とミラさんは、マクスウェルの何なのですか?」

「私達は、マクスウェル様によって生み出された存在……マクスウェル様の忠実なる僕です」

「では、先程のミラさんの行動も、マクスウェルの指示によるものですか?」

「いいえ。あれは彼女が勝手にやった事です」

「……そうですか」

となると、ミラは自らの意思で、己の命を犠牲にすることを選んだのか。
ジュード達を守るために。

マクスウェルは困っているかもしれないが、ラスヒィはミラの覚悟と生き様を胸の内で称えた。
彼女の死を悼む間も無く、迫る炎が肌を焼いていく。

「……ミュゼさん、介錯をお願い出来ませんか? このまま死ぬまで焼かれ続けるのは辛いので」

「はい、仰せのままに」

ミュゼの髪が触手のように蠢いた。
そのうちの一束が捻れ、槍のような形を取る。

これに貫かれるのはそれはそれで痛そうだが、焼死よりはマシだろう。
ミュゼが一撃で仕留めてくれることを祈りながら、ラスヒィは目を閉じる。

「私はここで務めを果たします。マクスウェル様に、どうぞ宜しくお伝え下さい。メオネス・・・・様」


ミュゼの髪が、ラスヒィの心臓を貫いた。

そうして、ラスハイルト・I・ファンという名の人間は、その人生に幕を下ろした。
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