08.嘘吐きは誰?
その光は、地上から真っ直ぐ上に向かって伸びていた。別々の場所でそれを見た一同は、甲板に集まる。
「ジュード、今のって!?」
「クルスニクの槍みたいでした!」
「光の発信源は、ジルニトラで間違いなさそうだ」
「あの光……再び断界殼に穴が……」
「けど、前と違って、船が入って来なかったわね」
「集めたマナを、エレンピオスに送った感じじゃなかったか?」
となると、事前のアルヴィンの予想は正しかったのだろう。
異変はそれだけではなく、アグリアが迫ってくる敵の影に気付く。
皆は横付けしたその船から降りて来る敵兵を迎え撃とうとするが、砲撃のせいで先に船が壊れそうだった。
敵を斬り伏せたガイアスが叫ぶ。
「艦橋! このまま船をジルニトラへ突っ込ませろ!」
その無謀な指示を聞いたイバルは、どうせ結果は同じだと、半ばヤケになりながら船を降下させた。相手も負けじと追ってくる。
戦いの場は空から海へと移った。
イバルがジルニトラに右翼を突っ込ませると、ジュード達はそれを伝ってジルニトラへ乗り込む。
その場に集まってきた兵士達は蹴散らしたものの、空からは絶えず敵の増援が送り込まれてくる。
「こいつら、キリがないよ!」
「もうっ、ごちゃごちゃと……うるさいっ!」
悪態をつきながらミュゼは飛翔し、上空に居る複数の船を、精霊術で次々に殲滅していった。
拉げて巨大な鉄クズになったソレが海に降り注ぐ。
最後に一際大きな船が爆発と共に消えて、辺りは静かになった。
ミュゼは散歩でもしてきたかのような振る舞いで、ジュード達の元へ戻って来る。
「ミュゼ、すごい……」
「ジュードの使役のおかげ。力が戻ってきたようです」
「それほどの力の持ち主だったのか……」
「さっすが、ミラのお姉さん!」
「心強いです、ミュゼ」
仲間達はその偉業を褒め称えたが、ラスヒィは恐ろしさも感じていた。
ミュゼはその警戒を知ってか知らずか、優しく微笑みかける。
「私はここで、皆様に力をお貸しします」
「どういうつもりだ?」
「ここを落とされたら、作戦は終わりでしょう?」
「そうか……では、任せていいんだな?」
「有難う、ミュゼ。気をつけてね」
「ジュード、ご無事で。――ミラ、忘れないでね。あなたはマクスウェルなのよ」
ミラにそう告げて、ミュゼは優雅なお辞儀をすると、再び空へと飛び去っていった。
ミラは何やら思い詰めた表情をしていたが、一瞬のことで、すぐに持ち直す。
「時間はあまりありません。敵の増援を防いでいる間が好機です」
「なら、ここは二手に分かれた方が良さそうだな」
自然とメンバーは、ガイアス達とジュード達に分かれた。
そこへイバルも参上する。
「俺も手を貸しましょう、ミラ様」
「お前、まだ居たのかよ?」
「ジャマだからこっち来んなー!」
「はっはっは! 当然だ! 俺はガイアスに付こう」
「イバル?」
「偽物! 貴様には負けんぞ!」
どうやらまだジュードに対抗心を燃やしているらしい。
彼がそのつもりでも、ガイアス達が同行を許すだろうかとラスヒィは思ったが、意外にもすんなりと受け入れられる。
「ジャオの抜けた穴でも埋めて貰おうか」
「余裕っ!」
「…………」
「よ、余裕だっ!」
「行くぞ。奴らの企み、ここで必ず阻止する!」
大丈夫なのだろうか。
皆は呆れと心配を含んだ目でイバルを見送った。
プレザは振り返ってアルヴィンを見る。
「アル…………」
「なんだよ?」
「…………。死なないで」
目の前で繰り広げられたそのやり取りに、ラスヒィはまた胸がざわつくのを感じた。
アルヴィンはじっと去り行くプレザを見詰めている。
(……だから、想い合っているのなら、蟠りを解消すればいいじゃないですか……)
モヤモヤする。
二人の間の話なのだから、第三者がこれ以上口を挟むべきでは無いのだろうが。見ていられない。
気を紛らわせる為に、ラスヒィは率先して船内に入った。
ジルニトラは他の船の何倍も大きい。広いエントランスホールには、立派なシャンデリアが吊り下げられている。
「これは……まるで豪華客船ですね」
「その通り。このジルニトラは、エレンピオスの海を旅した旅客船だ」
「え、戦艦じゃないの?」
「ああ。二十年前に断界殼の一部が破られた時に、巻き込まれてこっちに来ちまったんだ」
その説明で、ラスヒィはピンと来た。
以前彼が話していた、子供の頃に家族で乗って、事故に遭った旅客船、というのが、恐らくこのジルニトラのことなのだろう。
つまり、アルヴィンはリーゼ・マクシアに望んで来たわけではなく、漂着しただけなのか。
それは帰りたくなって当然だなと、ラスヒィはアルヴィンの胸中を思う。
「二十年前か……エレンピオスの軍勢に、断界殼の一部が破られた時だな」
「そんなことがあったの?」
「エレンピオスはクルスニクの槍もなく、どのようにして断界殼を破ったのですか?」
「詳しいことは私も知らないが……」
「クルスニクの槍のオリジナルを、エレンピオス軍が開発したんだ」
「知っているのか?」
「聞いた話だ。今あるクルスニクの槍は、それをマネして造ったもんらしい」
「それって、精霊が欲しかったから?」
「……エレンピオスは、黒匣に支えられて発達した世界だ。黒匣と精霊は、文明の要なんだよ。黒匣が無けりゃ、何も出来ない……俺達には霊力野とやらはねーのよ」
その告白に、皆驚いてアルヴィンを見た。
霊力野、というのは、人々が産まれ持つ、精霊術を扱う為に必要なマナの源泉だ。
それが無い、ということは、彼は精霊術を扱うことも出来ない筈。
「なら、今までどうやって戦って……」
「そうだよ。アルヴィンの武器は、火の精霊術を使ってるって、前に言ってなかった?」
「ごめんな、あれもウソ。これはエレンピオスの技術で作られたものなんだ」
「……だが、黒匣では無いようだな」
「ああ。いくら俺でも、黒匣を持ってマクスウェル様には近付かないよ。――でも、アルクノアが黒匣を使う理由は、これで分かっただろ?」
精霊術に生活を支えられているのは、リーゼ・マクシアも同じだ。
霊力野を持たない彼らが、そのハンデを補う為に黒匣を使っているというのなら、それは仕方のないことなのかもしれない。
「ですが、このまま黒匣を使い続ければ、精霊の数は減る一方でしょう。精霊が居なくなれば、霊力野や黒匣があっても、精霊術は使えなくなる……何か他の手は無いんですか?」
「あるなら、とっくにそうしてるって。逆に教えてくれよ」
「それは…………」
「おたくらから見れば、俺達エレンピオス人は、精霊を殺す野蛮人に見えるのかもしれないけど……俺達も生きる為に必死なんだよ」
「……事情は分かった。だが、それでもクルスニクの槍の存在を赦すことは出来ない。エレンピオスの為に、リーゼ・マクシアを犠牲にすることもな」
「俺だって、それを容認してるつもりはねーよ。だから今、こっち側に居るんだろ」
ホールの奥にある扉には、封鎖線が張られていた。
クルスニクの槍はこの奥だろう。一行は船内を駆け回り、制御装置を探して破壊する。
途中、イバルが敵に捕まったという話を耳にしたが、
「助けに行く?」
「……全てが終わってからでいい」
というジュードとミラの短いやり取りで、救出は後回しにしてホールに戻る。
すると突然、地響きのような音と共に、船内が揺れた。
「なんですか!?」
「……精霊が、また大量に消滅した……」
「クルスニクの槍を使ったってことか……」
「急がないと!」
こんなペースで使われては、あっという間に人々のマナは枯渇してしまう。マナが無ければ、精霊も生きられない。
そうなれば、リーゼ・マクシアは滅んでしまう。マクスウェルが守ろうとした、この小さな箱庭が――――
(…………? 今のは…………)
ラスヒィは首を傾げた。
今、連想したのはミラの姿では無かった。
誰のことを考えた? 振り返ってみても、靄がかかっているかのように輪郭が不鮮明で、ハッキリとしない。
ここ最近の、この現象は何だ。
自分は、知らない筈のことを知っている――或いは、知っていたことを忘れて、そのことすらも忘れている≠フか。
(……だから、それは有り得ない。記憶に欠けは無いのだから、知っている筈が……)
不可解な現象の答えは得られないまま、ラスヒィは皆に続いてホールへと向かった。
封鎖線は解かれており、一行は意を決して扉を開く。
予想通り、クルスニクの槍はジランドと共にそこに在った。
ガラス張りの床の下には、捕らわれている四大精霊の姿も見える。
「ご苦労なこった。わざわざマクスウェルを連れて来てくれるなんてな。――アルフレド・ヴィント・スヴェント。裏切った理由を聞かせて貰おうか」
「簡単だよ。あんたが昔から大嫌いだっただけだ」
「……一生リーゼ・マクシアで過ごす覚悟が出来たようだな」
教会でのミラとの会話を知っているのか、はたまた偶然かは分からないが。
「関係ねえだろ」と返すアルヴィンの隠しきれない動揺を、ジランドが嗤う。
そして、氷の矢が一行を襲った。
ナハティガルを殺した矢だ。ラスヒィは己に飛来した矢を、剣で叩き落とす。
「……セルシウスさんですね」
確信を持って言うと、名を呼ばれた大精霊が姿を現した。
セルシウスはラスヒィと、皆を障壁で守ったミラを順に見る。
「あなたがマクスウェルとは……随分姿を変えたな」
ミラを知っているのか。まあ、大精霊であれば知っていても不思議では無いかと皆が考えていると、突然ジランドがセルシウスの頬を張った。
「俺の許可なく、口を動かすな」
大精霊に向かってなんて不遜な。
だがセルシウスは反撃も反論もせず、「はい、マスター」と大人しく従う。
「ひどい……どうしてそんな人に従ってるの?」
レイアの問いにも、セルシウスは言い付けを守り答えなかった。
代わりに、ジランドが答える。
「道具は主人に仕えるのが当然だろう?」
「精霊と人は一緒に生きていくものでしょ! それを道具だなんて!」
「こいつは精霊だが、ただの精霊とは少々違う。こいつは
「オリジン……? それは……」
無を司る原初の大精霊の名だ。
だが続くジランドの説明は、ラスヒィの知るそれとは違った。
「増霊極を使い、精霊の化石に眠っていたセルシウスを再現した。こいつは、精霊術自体が形を成した存在だ」
「源霊匣のマナを、お前自身が術として使ってるのか!?」
「くくくく……だから道具だってんだ。納得したか?」
精霊の化石は、人で言うところの亡骸だ。
その存在に敬意も払わずに、こんな形で利用するとは。
「あなた……最っ低!」
「ティポのデータを盗ったのは、このためだったんですか!?」
「お嬢さん、あんたには感謝してるぜ。源霊匣が生まれたのも、リーゼ・マクシアが燃料になったのも、そいつのデータのお陰なんだからよ」
「…………っ!!」
「なんだ、嬉しくて泣きそうか?」
エリーゼの傍に居るローエンは、俯く彼女を見てジランドを睨む。
「貴方という人は……!」
「指揮者。ジジイの出る幕はもうないぜ? それとも、踊り足りないのか?」
「ええ。ジジイはしぶといのが売りですので。我が友を弄んだこと、決して赦しません」
「しぶといと言やぁ、一人殺した筈の奴が混じってるな」
ジランドはそう言ってラスヒィを見た。
その視線を断ち切るように、ラスヒィを背に庇うように、アルヴィンが剣を構えて前に出る。
「二度は無ぇ……ジランド、借りは返させて貰うぜ」
「仲の良いこった。そんなにそいつがお気に入りなら、二人纏めて地獄へ送ってやるよ」
対峙する二人を他所に、ラスヒィはただ静かにセルシウスのことを見ていた。
大精霊。再現されたものであろうが何だろうが、セルシウスは大精霊だ。
その大精霊が、人間に良いように使われるとはどういう了見だ。
「――――っ」
セルシウスはその視線に耐えかねて目を背けた。
そのリアクションを見て、ラスヒィは我に返る。
(……今、私は、何を考えて…………)
抱いた怒りがまだ残っている。
だが何故そんなことを思ってしまったのか、自分でも分からない。
今この場で怒りを向けるべきはジランドであって、セルシウスでは無いはずだ。彼女は被害者であって、何の非も無い。
困惑するラスヒィの隣で、ジュードも戦闘の構えを取る。
「僕達は負けない……絶対!」
「ふん。何の力も野望も無いくせに、のぼせ上がってるてめぇを見てると、ムカついて反吐が出るぜ。場違いなガキが!」
「貴方みたいな人が、力とか野望とか口にしないでよ! 僕は、貴方が間違ってるのを知ってる!」
そして、ジュードにとっての正しき者≠ナあるのだろうミラも、剣を抜いた。
「最早お前などと語る口はもっていないが……最後に一つだけ問おう。お前とジュード達の違いが解るか?」
「ハッ! 知るかよ」
「だろうな。――だからお前は愚か者なのだ」
ジランドの背後で、沈黙していたクルスニクの槍が駆動し始める。
またマナを吸い上げるつもりだろう。阻止したいが、その為にはまずジランドを何とかしなければ。
「マクスウェル、お前だけは生かしてやる。だが……他は皆殺しだ!」
「リーゼ・マクシアの精霊と人は、私が守る!」
ジランドの銃が火を吹いた。
それを皮切りに、両者は激突した。