02.焔に近付きすぎた鳥

――――暗い。

閉じたままの目蓋が最初に感じたのはそれで、ゆっくりと開いていくと明かりのついていない電飾が見えた。

どこかに寝かされているのか、起きる前のことをまだ思い出せていないまま、ディルは自分を包んでいるシーツの暖かさが離れがたくて頭まで被る。

そのまま二度寝に入ろうとすると、指先に何かが触れた。

「どうだ? 熱下がったか?」

シーツを下げて髪を割く掌が額に触れる。その向こうには、心配そうなガイの顔。

「マシにはなったみたいだな」

「……ここは?」

「ホテルだよ、知事が借りてくださったんだ。ほら、水」

ディルは渡されたグラスに入った水を一気に飲み干して、空になったそれを脇にあったテーブルに置いて礼を言う。

「思い出した。……ごめん」

「謝ることじゃない。ただ今度からは無理せず、しんどかったら事前に言ってくれ。急に倒れられると皆心配するからな」

「……そういえば皆は?」

「それぞれの部屋で休んでるよ。ルークは忘れ物を取りに行ってるけどな」

「そうか……、ガイはずっとついててくれたのか?」

「まぁ何もしてないけどな。腹減ってないか? 簡単なものでいいなら作るぞ」

そこまでしてもらうのは悪いと首を振ったが、ガイはさっさと材料を買いに部屋を出て行った。
恐らくは自分より年下だろうに、しっかりしたものだとディルは感心する。

この恩をどこかで返す機会があればいいのだが。というか自分は何かと恩を受けてばかりではないだろうか。
今皆についてきているのも親や自分の恩だ、そしてそれもまだ返せていない。それどころか返す恩ばかりがこうして増えていく。

やっぱり料理くらいはやろう、自分の得意なことまで他の誰かにやってもらっていては返せるものも返せない。
そう思い立ち上がって、ディルは初めてあることに気付いた。

(……あれ、服が……)

自分が身に纏っているものがいつものものと違う。タオル地で出来たワンピースというか、つまりバスローブだ。
自分のものはどこにいったのかといえば、窓際につるされていた。触ってみると微妙に湿っている。

ああそういえば雪に突っ込んだんだっけ。
なるほどそれでかと納得はしたものの、いつ着替えたのかまったく覚えがない。

というか、熱でぶっ倒れていた自分が自力で着替えられるのだろうか。さっきまで寝ていたのに? さっきまで……

(部屋に……ガイが……)

まさか。いや、別に女でもないんだから問題はないのだけれど。ご丁寧に下着まで脱がされてしまっているのはいかがなものか。
全部濡れてたんですね、確かにそのままじゃ風邪悪化しますもんね。そう理解も納得も出来るのだが、何とも言えない気持ちになってディルは項垂れた。

こんな姿ではもちろん外をうろつく訳にもいかず、それどころかこれでは誰に会うのも気が引け、結局その場で待機するしかった。






「ガイ、ディルの具合はもういいのですか?」

そのディルが自分のしたことで落ち込んでしまっているとは思わない青年紳士のガイは、食材が並ぶショーケースを眺めているところでジェイドに名を呼ばれて振り返る。

「ああ、大分熱も下がったし、さっき目を覚ましたよ。腹減ってるだろうし、何か食わせた方がいいと思って」

「そうですか、安心しました。……ところで、ルークはまだ戻っていませんか?」

「俺は見てないぞ? ……確かに忘れ物取りに行ったにしてはちょっと遅いな。ルークに何か用か?」

「いえ、大したことではありません」

「そうかい。ならルークを見かけたら声をかけとくよ」

会話を切ってまた食材の吟味を始めたガイに、それ以上の用はないジェイドもさっさとエレベーターに乗り込む。
己の部屋に向かう途中にディルの部屋の前を通るので、一応声だけでもかけておくかとノックして開ける。

「失礼、具合はどうですか?」

寝ている可能性も考えていたが、バスローブ姿の相手は起き上がってベッドに腰掛けていた。
流石にまだ万全では無さそうなディルは、赤ら顔でジェイドを見る。

「……ああ、ジェイドか。もう大丈夫、さっきは悪かった」

「私は別に構いませんよ。貴方がそこまで寒さに弱いと知っていれば、無理に連れてくることも無かったのですが……」

「いや、ついて来たいって言ったのは俺だし……恩返しに来てるのに、これじゃ足手纏いだな……」

申し訳なさそうに言うディルに、部屋の戸を閉めたジェイドが歩み寄る。

「貴方は良くやってくれている方ですよ。昔はどうあれ、今の貴方はただの民間人ですから。こんな危険な旅に同行出来ているだけでも大したものです」

「……それって慰めてくれてるのか?」

「落ち込んでいるように見えたので。……ところで、その格好は?」

「え? ああ、これはその、さっき雪に倒れ込んだせいで服が全部駄目になったから、寝てる間にガイが着替えさせてくれたみたいで……」

「成程。ですがいつまでもその格好ではまた熱が上がりますよ。動けるのならシャワーだけでも浴びて、早く寝巻きにでも着替えなさい」

ジェイドの物言いに、ディルはふっと柔らかく笑った。
さっきお兄さんと呼ばれているのを聞いた時は意外だと思ったが、こうしていると確かに兄だなと感じる。

「なんですか」

「なんでも。じゃあシャワー浴びてくる」

「ええ、そうして下さい」

若干まだフラついている足取りで部屋に備え付けられているシャワールームに向かうディルを見て、一応出てくるまでは見守っておいたほうがいいかとジェイドは部屋で待機する。

先に戻ってきたのはガイで、食材の入った紙袋を抱えた彼は、ジェイドを見て僅かに驚く。

「なんでジェイドがここに居るんだ? ディルは……」

「軽く様子を見に来ただけですよ。ディルはあちらです」

あちら、と示された方とシャワーの音を聞いて得心しつつ、ガイは食材の入った紙袋をテーブルの上に置いた。

「シブレットの言ってた通りか……」

「? 何の話ですか」

「前にあいつが、あんたがディルを特別扱いしてるって言ってたんだよ。俺はそんなこと無いだろうって返したんだが……シブレットの勘違いでもなさそうだな」

「そんなつもりはありませんが……私が病人を見舞いに来るのはそんなにおかしいでしょうか?」

「おかしくは無いが、そういう事は他人に任せるタイプだと思ってたんでね」

「……まあ、それは否定出来ませんが。ですが彼は私が連れてきたようなものなので」

本人は親切に対して自発的に恩返しをしているつもりなのだろうが、実際はこちらが先に恩を売ってそう仕向けているだけだ。
これまで彼にしてきた事の中に、純粋な親切などひとつも無い。

ジェイドのその言葉に、ガイは「おっかないねぇ」と苦笑する。

「そうまでして連れ回すほど、あいつのことを気に入ってるのか?」

「気に入っているというのは違いますが……」

ただ、ハッキリさせておきたい事がある。

ジェイドはその腹の中は明かさず、適当な言葉で笑って誤魔化した。
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