04.亀裂の入った大地の上で
以前イオンが六神将に連れ去られた際に一度訪れていた事もあり、ザオ遺跡まで迷うことなくやって来た一行は、パッセージリングのある最深部を目指す。鼻歌交じりに先頭を行くアニスに、緊張感がないとナタリアがごちる。
「それより、アッシュの言葉をそのまま信じて大丈夫なのか?」
「アッシュのことを信じられませんの?」
「いや。ただ罠じゃないかと思うことはある」
「確かに……可能性は否定できないわ」
「パッセージリングの性質を考えても、情報は正しいものだと思いますよ。ただし、彼なりの目的と意図があり、私達を利用しているのは確かですがね」
「……今は外殻大地を無事に降ろすことだけを考えようぜ。それにアッシュだって、外殻大地を消滅させようなんて考えてない筈だ」
「そうね……こうしている間にも、事態は進んでいるんだものね」
「どうしたの〜? ちらっちゃと終わらせよ〜」
「はは……アニスみたいにしているのが、今は一番なのかもな」
「同感」
ガイに短く同意して、シブレットはメイスを振り回しながら、アニスと一緒にスタスタ歩いて行く。
歌詞がパッセージリングだけで占められた適当なメロディーが二倍に増えて、他のメンバーは苦笑。
「なんか今度はヤケになってるな……」
「貴方が放置するからですよ」
「俺じゃなくてあんただろう! 前に機嫌が悪かった時だって、あんたの一言で直ったんだから、今回だって上手いことやってくれればいいだろうに……」
「私はベビーシッターではありませんので。今のところ作戦に支障はありませんし、無理に機嫌を取ろうとする必要も無いでしょう」
そんなことを話しながら進んでいくと、やがてパッセージリングの見える広い吹き抜けに出た。
その広さ高さに歓声を上げるアニスと共に、一行は長い通路を下ってパッセージリングの前へ。
操作盤はシュレーの丘と同様に閉じられていたが、ティアが近付くと譜石が反応して開く。
「……良かった。ここでも私に反応してくれたわ」
「やっぱり総長が封じてますか」
「その様ですね。しかし……セフィロトが暴走……?」
「なあ、赤いところを削り取るんだよな?」
「ああ、はい。お願いします」
前回の操作で慣れたのか、ルークは危なげなく超振動を操り、パッセージリングの機能を封じている暗号を消していく。
「この後は?」
「光の真上に上向きの矢印を彫り込んで下さい。次に命令を記入しますが、古代イスパニア語は……わかりませんよねぇ?」
「当たり前だろっ!」
「俺はちょっとなら分かりますよ? 代わりましょうか?」
「いえ、強引に暗号を消去していますから、通常の操作では書き込みが出来ません。ルークの超振動で無理矢理に削っていかないと……という訳で、今使っているフォニック言語でお願いします。文法はほぼ同じですから、動くでしょう」
「なんて書くんだ?」
「ツリー上昇。速度三倍。固定=v
その後もルークはジェイドに指示された通りにパッセージリングを操作し、全て終わると昇降機のようなスピードで大地が下がり始めた。
念の為にと降下が完了するまでその場で待機していたが、特に問題なく終わって皆胸を撫で下ろす。
「良かった……へへ、何か上手く行きすぎて、拍子抜けするくらいだな」
「あんまり調子に乗らない方がいいんじゃないのぉ?」
「……う、それはそうかも」
「お、しおらしいな」
「調子に乗って取り返しのつかねぇことすんのは……怖いしさ」
正常に機能している目の前のパッセージリングと、かつて自分が壊してしまったパッセージリングの姿を重ねて、ルークは胸の前で拳を握った。
その重責に押し潰されてしまうのではないかと危ぶんで、ルークに手を伸ばしたティアは、しかしそれを果たせずに倒れる。
突然のことに動転した一行は、一拍置いて彼女に駆け寄る。
「おい、大丈夫か!?」
「ごめんなさい、大丈夫よ……体調管理も出来ないなんて、兵士として失格ね」
「兵士とかそんなことを気にするより、もっと体の心配をなさい。本当に宜しいんですの?」
「有難う。でも本当に平気よ」
「それなら外に出ましょう。魔界に辿り着いているのか、確認した方がいいですから」
遺跡の外に出ると、青かった空は赤黒く染まっていた。 瘴気に覆われた砂漠を見て、間違いなく魔界だと皆が確信。
「でも、ここからどうやって外殻に戻るの?」
「そうか、アルビオールはエンゲーブの住民を運んでる途中だったな」
「合流場所はケセドニアです。ノエルの腕なら、降下中の大陸にも着陸出来たとは思いますが……」
「とりあえずケセドニアに行ってみましょう。ディルも待っているでしょうし」
「そうですわね。ティアを休ませようにも、此処でという訳にもいきませんし」
「え? ナタリア、私ならもう大丈夫……」
「いいえ、まだ顔色が優れませんわ。無理は禁物ですわよ」
「きっと疲れたんだよ。何だかんだで、休み無しでここまで来たんだもん」
という女性陣のやり取りを他所に、またも険しい顔で黙り込んでいたシブレットは、ジェイドを呼び止める。
「ルークがやってたやつ、俺には出来ないんですか?」
「超振動のことですか? まず無理でしょう。本来、超振動というのは二人以上、それも完全同位体の干渉によって起こる現象です。ルークが一人でやれているのは、彼が――元を辿ればアッシュがですが、第七音素と同一の振動数を有しているからです。但し、第七音素の完全同位体というのは天文学的な確率の話ですから、普通は有り得ないことなのですよ」
「……つまり、ルークは特別って事ですか?」
「まあ、そういう事です。とは言え、それが原因でヴァンに目を付けられたのですから、アッシュにとっては喜ばしい話では無いのでしょうが。ルークにとっても、アクゼリュスでのことを考えると……」
「……でも、今はその力のお陰で、崩落を回避出来てるわけですよね」
「そうなりますね」
「だったら、例えレプリカでも……多くの人にとって、ルークは居て良かったってことになりませんか?」
「そうかもしれませんね」
「…………。ヴァン謡将がアッシュにフォミクリーを使ったのがそういう理由なら、ディルや俺にも何か特別な力があるって事ですか?」
「さあ、それについては私は知りません」
「…………そうですか」
と、唇を噛み俯くシブレットの質問の意図と、彼の心境を慮ったジェイドは、
「……仮に貴方に特別な力が無かったとしても、私は貴方が存在しなければ良かった≠ネどとは思いませんよ」
彼が望んでいるのだろう言葉をかけた。
シブレットは目を見開き、まるで神様か何かを見るような目をジェイドに向ける。
そんな彼を、ジェイドは心中で哀れんだ。
今、彼を苦しめているその原因を作ったのは自分だ。
彼はそれを知らず、憎むべき相手を救世主のように崇めている。
見ていられず、背を向けて歩き出すジェイドを、シブレットが慌てて追いかける。
「大佐、俺と初めて出逢った時のこと、覚えてます?」
「覚えていますよ。確かあの時の貴方はまだ謡士でしたね。実力主義の神託の盾とは言え、その若さでそれだけの階級にまで上り詰めているのは、よくよく考えれば凄いことですねぇ」
「……ならあの時、最初に俺に何て言ったのかも覚えてますか?」
――――ああ、それを覚えているのか。
ジェイドはひどく後ろめたい気分になりながら、表面上は何でもない事のように取り繕って答える。
「自己紹介をした覚えはありますが、他に何か言っていましたか?」
シブレットは頭を振った。
彼もまた、ジェイドと似たような気持ちになりながら、眉を下げて笑う。
「覚えてないならいいんです、そのままで」
大したことではないといった風に、シブレットはサラリとその話題を流して、全く関係のない雑談を始めた。
ジェイドもいつもの笑顔で、それに適当な相槌を返しながら思う。
こうしておくのが無難だろうとは思う。
だが実際にはどうなのだろう。これはただ、逃げているだけなのではないだろうか。
向き合うべき問題から目を背けて、結論を先延ばしにしているだけではないだろうか。
レプリカに、オリジナルに、フォミクリーという技術に、己の気持ちに。
どう接するのが最善なのか、ジェイドは分からずにいた。