04.亀裂の入った大地の上で

「あれ、ディル? キムラスカの方へ行ったんじゃ無かったのか?」

エンゲーブからここまでの移動中、碌な食事も休息も取れていない皆を少しでも労おうと、行きつけの酒場に顔を出したディルは、顔馴染みの店員にそう言われて首を傾げた。

「さっきマルクトの軍人やら神託の盾兵士やらと一緒に、ここを通っただろ?」

「え? …………ああ、そういう事か」

相手の言っているのが自分のことでは無いと理解したディルは、何と説明すべきか逡巡して、

「あれは俺の……生き別れの双子の兄弟だよ」

という、いつかシブレットが言っていた仮定の話をそのまま使った。

ちょうどそのタイミングでルーク達が帰ってきて、シブレットとディルが同時に存在しているのを目の当たりにした店員は、「本当にソックリだな」と驚きつつも引き下がる。

アスターとの話し合いの結果や現在の状況などを方々から聞いたディルは、ザオ遺跡には行かずケセドニアに留まることを選んだ。

「降下させるとは言っても、体感的には崩落と似たようなものだろ? アスターさんだって降下を経験してる訳でもないし、一人くらい経験者が残ってた方が、混乱は少なく済むと思う。あんた達を信頼してない訳でも無いけど、不測の事態への備えだって必要だろ」

「そうですね。こちらとしても、その方が助かります」

「でも、不測の自体に備えるって意味なら、もう少し残った方がいいんじゃないか? ディル一人じゃ限界があるだろ」

「……別に大丈夫だろ。セントビナーでも上手くやってたみたいだし」

黙りこくっていたシブレットが呟いたのを聞いて、それを賛辞として受け取ったディルは、己の頑張りを彼が認めてくれていることに少し驚きつつも同意。

「あの時の経験も多少は役に立つと思う。そっちの手が足りてないって事ならついて行くけど……」

一方、先のシブレットの発言を、ディルとは別の受け取り方をしたガイとジェイドは、

「いや、その点は問題ない。こっちの人数は足りてるさ。そうだろ、旦那?」

「ええ。降下作業自体は人手の要るようなものでもありませんし」

物言いたげな顔でシブレットを見つつそう答えた。







「なあ、何だってあいつはディルをあんなに嫌ってるんだ?」

ザオ遺跡へ向かう道すがら、またも静かになったシブレットを前方に見据えながら、ジェイドの隣を歩くガイは言った。

同じく覇気のないシブレットの背中を見ているジェイドは、「何故いつも私に聞くんですか」と肩をすくめる。

「シブレットと一番付き合いが長いのがあんただからだよ」

「少なくともこれまでの彼は、あんな風に誰かを露骨に嫌ったりはしていませんでしたよ。ですから、私にも分かりません」

「分からないって事は無いだろ。最初は単にディルをライバル視してるのかと思ってたが、あれはもっと根の深い……アッシュやルークと同じ――」

「この場合、そういう事にしておいた方がいいと言っているんですよ。シブレットのあの態度の所以を明らかにしたところで、どうにか出来る問題では無いでしょう」

「だがいつまでもあれじゃ困るだろ。さっきだって、何もあんな突き放すような言い方しなくても……」

「その辺りのことはディルは気にしていない様ですし、貴方がそこまで気遣う必要も無いと思いますが?」

「あんただって気にしてただろう」

「私の懸念は貴方のソレとは違いますよ」

「? なら一体――――って、ルーク、どうした?」

道の途中で蹲るルークを見て、ガイはジェイドとの話を打ち切ってそちらに向かった。
顔を顰め、額を押さえていたルークは、二言三言呟いて立ち上がる。

「また例の頭痛か? 確かアッシュの声が聞こえるんだったな」

「……ああ。俺、あいつのレプリカだから」

「……オリジナルって、そんなことまで出来るのかよ」

忌々しげに呟くディルの横で、偽物であるという話を聞いてから塞ぎ込んでいたナタリアが顔を上げる。

「アッシュ……! アッシュは何て言っていましたの!?」

「え……うん……砂漠のオアシスへ来いって。話があるってよ」

「兄さんが裏で糸を引いているんじゃないかしら」

「それはどうでしょう。一概にヴァンの味方とは考えにくい」

結局オアシスに寄る事で話は纏まり、指定された場所へ向かったルーク達は久しぶりにアッシュと顔を合わせた。
周囲に他の気配は無く、罠を警戒していた面々は一先ず安堵。

「やっと来たか……」

「話ってなんだよ」

「何か変わったことは起きてないか? 意識が混じり合って、かき乱されるというか……」

「はぁ? 意味わかんねぇ……お前が俺との回線を繋いでこなければ、変なことは起きねぇし……」

期待していた答えでは無かったのか、アッシュは溜息を吐きながら、一行の顔を流し見て、興味無さげに他所を向いているシブレットに目を留める。

「おい、もう一人は何処へ行った?」

「……あ?」

「だから、お前じゃない方だ」

「ディルの事でしたら、ケセドニアで待機して貰っていますよ」

知らずと火に油を注ごうとしているアッシュに、見兼ねて答えたのはジェイドだった。
聞いたアッシュは「そうか」と落胆するだけだったが、過敏になっているシブレットは噛み付く。

「お前がアイツに何の用だよ? オリジナル同士、レプリカの悪口で盛り上がろうってか?」

「は? オリジナル同士って……まさか、お前の方がレプリカなのか?」

「だったら何だよ」

「シブレット謡手、その話は今は……」

ジェイドと同じくこの話を早急に終わらせたがっているティアは、ルークの顔色を窺いながらやんわりと制する。
一方でそんな各々の心情を汲み取れていない――というより、汲み取る余裕の無いナタリアは、心配そうにアッシュを見詰める。

「アッシュ、何かありましたの? どこか具合が悪いとか……」

「……別に」

「おい、それだけかよ」

「……エンゲーブが崩落を始めた。戦場の崩落も近いだろう」

「そんな!」

「このままでは、戦場にいる全員が死んでしまいますわ!」

「馬鹿野郎。ここに居たら、お前も崩落に巻き込まれて死ぬぞ!」

「そんなことは分かっています。ですから私達は、セフィロトの吹き上げを利用して、ケセドニアを安全に降下させるつもりですの」

「……そんな事が出来るのか?」

アッシュはその作戦を立案したのがジェイドであると見越して彼の方を向いたが、ジェイドは「さあ?」とはぐらかすに留める。

「食えない野郎だ。もし今の話が本当なら、同じ方法で戦場も降下させられるんじゃないか?」

「でもシュレーの丘に行くのが間に合うかどうか……」

「問題ない。そもそもセフィロトは、星の内部で繋がっているからな。当然、パッセージリング同士も繋がっている。リングは普段休眠しているが、起動さえさせれば、遠くのリングから別のリングを操作出来る」

「つまりザオ遺跡のパッセージリングを起動させれば、すでに起動しているシュレーの丘のリングを動かせる?」

「……ヴァンはそう言っていた」

自分はヴァンの動向を探ると言って、話を終わらせたアッシュは一人去っていった。
ナタリアは名残惜しそうにしていたが、今は先に崩落を止めなければと、彼とは別の方向へ歩き出す。

シブレットもナタリアとは別の感情でアッシュが去った方角を見詰めていたが、アニスやガイに呼ばれてナタリアの後に続いた。ジェイドがその数歩後ろを歩く。
複雑な表情でその場に立ち尽くしていたルークも、ティアに名を呼ばれて我に返った。

「ごめん、今行くよ」

「また一人で考えごと?」

「何だよ、またって」

「貴方、最近そうやってよく一人で考え込んでいるでしょう。色々思うところはあるでしょうけど……あまり思い詰めないで」

「大丈夫だって。それに、思い詰めてるのは俺じゃなくてシブレットじゃないか? さっきアッシュに突っかかったのだって……あいつ大丈夫かな」

「……それは仲間として心配しているの? それとも、彼の境遇が貴方と似ているから?」

言葉に詰まるルークに、ティアは神妙な顔で「ケセドニアに着く前にも言おうとしたけれど」と切り出す。

「シブレット謡手のことも、貴方自身のことも、レプリカ≠ネんて括りで見るのはやめて。どんな経緯で生まれたのだとしても、今ここにいる貴方はルークという一人の人間よ。少なくとも私は、貴方が他の皆と違うだなんて思っていないわ」

「ティア……そう思ってくれてるのは嬉しいけど、でも実際に俺はレプリカで……」

「レプリカだから何? 人より劣っているとでも言いたいの? 酷い扱いを受けて当然だって、そう思っているの? そうやって全ての物事をレプリカだから≠ニいう基準で考えるのはやめて。そんな理由で心配するのは、シブレット謡手に対しても失礼だわ」

「それは……」

ルークはティアの主張を咀嚼して、確かに失礼ではあったかもしれないと受け入れて頷いた。
ティアは分かってくれたのだと安堵して微笑み、先んじて歩き出す。

(……ティアの言ってることは分かる。俺だって、シブレットの事をディルのレプリカだって目で見てるわけじゃないし、レプリカって存在を貶したいわけでもない。けど……)

命があり、意思があり、どれだけ普通の人間と同じように見えていても。
人間とレプリカの間には、決して壊せない透明な壁が隔たっているような気がしてならない。

シブレットを心配してしまうのは、彼も今自分と同じ孤独感や疎外感や劣等感を感じているのではないかと想像してしまうから。
レプリカとして扱う事が失礼だとしても、実際にレプリカだからという理由で生じる問題はある。なのにそれに蓋をして、さも無いことのように振る舞うのは正しいことなのか?

ルークはそれをティアに告げても聞き入れては貰えないのだろうと、告げることはせずに胸の奥底に沈めた。
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