01.平穏を裂くは紅の

小降りだった雨は激しさを増しており、皆の体はあっという間に水浸しになっていく。
イオンを見つけるなり腰に差した剣を抜きながら駆け出したルークに、六神将の青年が振り向いた。

「イオンを返せーっ!!」

剣がかち合う高い金属音が鳴って、二人は対峙する。
ハッキリと見えない視界でも分かるその姿に、皆が息を呑んだ。

「……!?」

「お前かっ…!!」

まるで写し鏡のように、二人の姿は似通っていた。
髪の色から目鼻立ち、動きや瞳の色まで何もかも。

剣が跳ね返され、ルークがよろけつつも間合いを取る。
張りつめた空気の中、ガイとアニスは我に返って真っ先に走りだした。

「ルーク!」

「アッシュ! 今はイオンが優先だ!」

陸艦から次は仮面をつけた少年が現れ、アッシュと呼ばれたルークに瓜二つの青年は剣を収める。

「わかってる!」

「……おい、連れて行かれるぞ!」

ディルもハッとして、呆けている皆や一人冷静に眺めていたジェイドに促すが、誰も動こうとはしない。

「おいって!」

「……? アイツ……」

叫んだせいで六神将の目がこちらに向けられる。
攻撃されるかと一瞬怯んだが、相手はおかしな物を見るような目をしただけだった。

「……アッシュ、シブレットはどうした?」

「どうしたって、艦内に居──」

青年も前に倣ってこちらを見るなり、口を僅かに開けたまま静止する。
古典的だが一応顔に異物がついていないかの確認を行ってみた。勿論正常だ。

となるとあとは一つしかない。
今少年が言ったシブレットという単語が、皆が言っていた謡手のことを指しているのならば……

悪寒がした。それが雨に晒されているせいだったら、幾分かマシだったろうに。

直後に耳に届いた旋律は、ディルの体を金縛りのように固めた。






『トゥエ ネゥ ネゥ クロア トゥエ ネゥ ネゥ クロア ネゥ』

これは、譜歌だ。

音が耳に届いてすぐに、ジェイドはそう理解した。
一般的に知れ渡っているそれとは違ったが、自分は何回かこの歌を聞いたことがあったからだ。

自分達と敵側の間に光の壁が出来る。
アニスらがイオンに手を伸ばしたが、光に触れた手はバチィッと音を立てて拒絶された。

「これは……!」

「アッシュ! シンク! 今のうちにイオン様を!」

三人目の神託の盾の兵士が、陸艦から身を乗り出して叫んだ。
蒼色の髪に六神将と似た衣装、頭には帽子が落ちるか落ちないかの位置にのっていて、手にはメイスが握られている。

その場に居た人物のうち半数は、その男を知っていた。
ティアとアニスは、今度こそ間違えることなくその名前を呼んだ。

「「シブレット謡手!!」」

乗り出しすぎて落っこちそうになっていたシブレットは、名を呼んだティアとアニスを見て目を丸くした。

「お前ら、なんでこんなとこに居るんだ!?」

「それはこっちの台詞ですよぅ! イオン様を返して下さい!!」

「は!? 何言ってんだ、イオン様を誘拐したのは……、! ジェイド大佐!」

そのまま目線を上にあげた相手は、ジェイドと目が合うなり陸艦から出てきた。
障壁の岐波まで近付いて、壁を隔てて呼びかける。

「大佐! これはどういう事なんですか!? 大佐がイオン様を誘拐したなんて嘘ですよね!? 教団内で噂になってて……いや、俺は信じてませんけど、でももしそれが本当だったとしても、何か理由あってのことですよね!?」

YES以外の答えは聞きませんといった勢いのシブレットを、アッシュが無理矢理引き摺っていく。
シブレットは暫くこちらを指して抵抗していたが、力負けしてイオン共々艦内に消えていった。

嵐が去ったとはこのことか。陸艦が去ると共に見事なタイミングで雨が止み、取り残された一行を雲間から溢れた陽光が照らした。

「あいつ……俺と同じ顔……」

「……どういうこと?」

敵が居なくなって気が抜けたのか、その場にしゃがみこんだルークは、自分が戦っていた相手に対する衝撃が相当大きかったらしく、まだ半分放心状態といったところだった。

そしてもう一人。彼と同じく自身のドッペルゲンガーを見たディルはというと、取り乱すでも怖がるでもなく、静かに陸艦の去った方角を見つめているだけだった。

その顔には何の感情も浮かんでいなかったが、ぶら下がった両腕の先を見て、ジェイドは目を細めた。


彼の両手は、白くなる程に強く握りしめられていた。






「何で邪魔するんだよ!!」

イオンの扱いとは対照的に、乱雑に陸艦の床に放り投げられたシブレットは、先ずそのことに対する不満より自分の目的の妨害をされたことに抗議した。

「ボクの話聞いてた? まったく、アッシュもアンタも身勝手な行動が多すぎる」

「俺は大佐に用があっておまえらに着いてきてたんだって知ってるだろ!?」

「だとしても、こっちだって段取りってもんがあるんだ。同行するなら少しは合わせて欲しいね」

親に叱られた子供のように、反論する術をなくしたシブレットは拗ねたようにそっぽを向く。

「……それよりあっちに居たアンタにそっくりなアレ、何?」

「は? なんだそれ」

「……おい、まさか気付いてなかった、なんて言うんじゃねぇだろうな」

アッシュに呆れたように言われ、シブレットは数分考える素振りを見せたが、結局申し訳なさそうに笑った。

「ごめん、イオン様と大佐のことに必死で、他は全然見てなかった」

「とんだ間抜けだな」

「バカじゃないの」

その返答を予測していたかのように、さっきまでバラバラだった二人は息を揃えて言った。
同時に貶されたシブレットは当然怒ったが、相手にされることは無く、それを哀れに思ったイオンが慰めるまで、彼は膝を抱えて床にののじを描き続けていた。
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